7: 理人の休日
とある休日に翔と飲む約束をしていた。
飲む、ったってどうせアイツの愚痴大会だ。
見た目ガテン系のくせに、翔は繊細で仕事で溜まったうっぷんをたまにこうして晴らしてやらないと、仕事のクオリティに影響する。大学からの付き合いだから、お互い気兼ねなく飲める。
休日なので、メガネはせず、髪もセットするのもめんどくさいので洗いっぱなしだ。ラフなTシャツにパーカー、コットンパンツで、我ながら年より若く見える。
流行りのコジャレた店に行くのは仕事がらみの時、個人的な話をする時は大衆居酒屋、と二人の間では暗黙の了解。居酒屋に行くくらいなら、まあいいだろう、と家を出た。
居酒屋に行く前に翔からメールが入った。
『最悪~!電車止まった!閉じ込められた!!出れたら連絡するから時間潰してて』
マジか。
大抵車移動だが、今日は飲むつもりで電車で待ち合わせしたのだが、家飲みにすれば良かったか?
しかも、空を見上げれば雲行きはあやしく雨が降りそうだ。
ふと目に止まったポスターに、近くのギャラリーで写真展をやっていると書いてある。暇だし、写真を見るのは嫌いじゃない。覗いてみることにした。
ギャラリーはビルの1階に入ってて、中に入ると意外と広い。個展ではなく、何人かの共同展示だった。見ている客はまばらで、ゆっくり見れそうだ。
1つ1つ、見ていく。
それぞれ個人テーマがあるようで、被写体は自然物や人物、動物、更にカラー、白黒、セピア、中にはわざと色をいじって個性的なコントラストのものもあり、かなり多種多様だった。
その中で1人のカメラマンの作品に目を止めた。
被写体は自然物や人物で、特に個性的というわけでもないのに、なぜか目を引く。
撮った人のやわらかな目線をそのまま切り取ったような写真に既視感を覚える―――
いくつかある作品の中で、ある写真で止まる。
それはどこかの森の中の河原で、女性が佇んでる写真。女性は全身が映るほどの遠さなのに、なぜか存在感があり、それでいて風景に違和感なく溶け込んでいる…。
この雰囲気…。あのポスターに似ている……。
と、気付いて写真に近づいてよく見たら、更に気付いた。
日向…奈都……?
写真の中の女性が、同じ会社の社員だった。
……、なぜ?モデル……してたの……か?
と、そこで初めてカメラマンの名前を見た。
「日向彼方」
名字が同じ…。身内か?
と、考えていたらふいに隣から声がした。
「ここ、本当は釣り場なんですよ。見えないでしょう?」
いつもとは印象が違う彼女が隣にいた。
俺の知ってる日向さんは、たいてい髪を1つに結わえ、ほどほど流行りのあたりさわりのない服装。まるで大勢の中に溶け込みたいような見た目だ。顔立ちは整ってて、日本人にしては明るい茶色の瞳が印象的だ。せっかく元がいいのにもったいないな、と思っていた。
それが、今はクリーム色の膝丈の裾がふわっと広がるワンピースを着て、パンプスを履いている。どこかのパーティーにでも行けそうなフォーマルな装いだ。ゆるくウェーブしてる肩までの髪がフワフワと柔らかな彼女の印象をより際立たせていた。
不謹慎にもまじまじと見てしまった。
そして、俺だと気付いていない。
確かに俺だって普段事務所でしてる格好と、まるで違う。
「これは、アンタ?」
写真の女性を指差して聞いてみた。
「……はい……。」
照れて、小声になってる。
「モデルさん?」
「いえ。この写真だけ、どうしてもって頼まれて…。」
「そう。うん、すげーいい写真だと思うぜ。この風景に溶け込んでるようでいても感じる、透明な……存在感……」
お互い写真を見ながら会話してるので、彼女は俺の顔をほとんど見ていない。
チラっと横を見れば、真っ赤になっていた。
「ありがとう……ございます……」
ヤバい。
なんだこれ。
心臓をわしづかみされたような痛み。
この歳になって、まさかこんな感情が湧くとは思わなかった。
と、スタッフルームのドアから若い男が顔を除かせて、「なっちゃん」と手招きした。
日向さんはこちらにペコリと頭を下げて、扉の中に入ってしまった。
去っていく時の後ろ姿を見て、確信した。
彼女が俺がずっと探していた女性だということを。
*****
「彼女だった?確信したの?」
「そう」
枝豆をくわえたまま目線を上げる翔に頷く。
「やっぱりか~。なんとなくそうかな、とは思ってたんだよね」
「じゃあなんで言ってくれなかった」
思わず責める言い方になる。
あの後、やっと動き出した電車で駅についた翔とおちあい、行き付けの焼き鳥屋で腰を落ち着けた。
「だって、俺があのポスター見たのはだいぶ前だよ?雰囲気だけで判断出来ないしさ」
グビグビとジョッキのビールを飲みながら、翔はこともなげに言った。確かに俺の方がはるかにあの画を見ているし、思い出せる。
「で?どうする?お前のミューズは、俺の勘では人間不信ぽいぞ。」
「……。だよなぁ…。」
あのポスターではあんなに純粋な笑顔だったのに、今はうつむきがちで他人を拒絶してる感じだ。それも多分、本人は無意識で。
「彼女、26だっけ?あのポスターだと……高校生か大学1~2年くらい?その後の6、7年間で何かあったんだろうな」
「……。」
何か、が何であろうと彼女を見つけてしまったなら、手を伸ばさずにはいられない。
「理人。おまえちょっと強引なとこあるからな。ああいうタイプはあんまりグイグイ行くと逃げられるぞ」
「わかってる」
「どうだか。一見クールに見せてるけど、結構猪突猛進だからなー」
先手必勝と言ってくれ。とはいえ、暴走しそうな自信がある。
「……絶対捕まえてやる」
「こわ!理人さん、こわっ!!」
翔はふざけて怯えたふりをする。
「今まで色恋沙汰には興味を示さなかった理人がかわいいこと言ってる。そんな君に朗報。」
翔を見たら、ニヤリと笑っている。
「今度の仕事で、あのポスターの商品のメーカーとやりとりするぞ。誰か当時のことを覚えてる人がいるんじゃないか?」
今までずっとわからなかったあのポスターのモデルとカメラマンが分かった今、当時のことを聞いても何か新しい情報があるかは定かではない。が、聞いてみるだけ聞いてみるよ、という翔に任せた。
そのあとすぐの新しい案件に、今まで組んだことのない日向さんの名前があったのは翔の親切心かはたまたイタズラ心か…。
これで、ちょっとは彼女に近づける……かと思いきや、そうは行かなかった。
まずは、彼女が仕事の会話以外で、プライベートの話をしてるのを聞いたことがない。
俺も仕事の時は無駄な会話をしない方だが、他の奴との会話を小耳に挟む…くらいはあるかと思ったが、全くさっぱりない。
たまに同期の山岡さんと話しているのに気付いたが、個人的なことを話すのは彼女だけ。他の社員とはほぼ交流がないようだ。というより避けている。
飲み会や食事の誘いを片っ端から断られて嘆いている男性社員を見た。
なのに男性社員から密かに人気があることを本人は気付いていない。
以前、会社総出の屋外のイベントの設営で、太陽の下で見た彼女の大きな瞳は、日本人離れした明るい茶色で、日があたるとガラス玉みたいにキラキラしていた。加えて色白で華奢な体つき、肩までのフワフワの髪質はよくできたフィギアみたいだと思った。
それを見た男性社員どもが急に色めきだったことに、ちょっとイラっとした。
同じ仕事をしてても全くさっぱり近づかない。
にもかかわらず、変な場面を見られて余計に避けられる事態となった。




