5: 目線を合わすのは止めて下さい。
午後からテレビ局のスタッフが来た。
初日なので、ちょっと大所帯。カメラマンの他に照明、音声、ディレクター、AD、ちょっとお偉いさんぽい人もチラホラ。
これから1ヶ月もこんな大人数で事務所や外出先にいられたら仕事にならない、と神沢さんが懇願して、明日からは2~3人に絞ってくれるそうだ。
とりあえず、テレビ局との連絡係を仰せつかった私は、全員と名刺交換をし、今後のスケジュールをすりあわせる。
っていうか、神沢さん…。
普通、スケジュールとかって前もって多少打ち合わせしたりしないんですかね?なんでスタッフ来てから予定組むはめに?
神沢さんは感覚の人だから、たまにこういうことがある。いいと思ったら即行動、なので周りがフォローするのが大変なのだ。
今回のも多分、ノリでオッケーしたんだろうな…。
そうこうしてたら、いつの間にか撮影が始まっていた。なるべくいつもの事務所を撮りたい、とのことでカメラを意識しないよう言われた。
私はテレビスタッフと打ち合わせるふりをして、なるべくカメラに映りこまない位置に移動する。
如月さんはテレビカメラがあろうと、普段と全く変わりなく、神沢さんと今進行中のパッケージデザインの打ち合わせをしている。もちろん、後でパッケージの部分はモザイクをかけてもらう。放送予定日よりそのパッケージの商品発売日が遅いからだ。
しかし、ツンツンの金髪ガテン系とメガネのスーツが打ち合わせ…。
どちらも単品で見ても耐えうるビジュアルなんだけど、それが二人揃ったら……。なんていうか、ある意味テレビ映えするなぁ…。
確かにこれが普段の神沢デザイン事務所ではあるけどね。
テレビスタッフの多分1番若い女の子…確かADの谷中沙絵さんが、こそっと耳打ちしてきた。
「あの、スーツの人も社員さんですか?」
「あ、はい。」
「社長さんもワイルド系イケメンですけど、あのスーツの方もクール系イケメンですねぇ…。」
ほぅ、と顔を赤らめ呟いた。
テレビスタッフなんて芸能人を見慣れてるはずなのに、それでもため息をつかせる二人。どんだけなんだ……と思ってしまった。
と、ふいに顔を上げた如月さんがこちらを見る。
いつも通り、メガネの奥は無表情……だったのが、一瞬ふわりと優しげに細められた。
「―――っ!」
あんなっ、あんな表情見せないでよっ…!!
必死になって冷静になろうとしてたら、隣の谷中さんが真っ赤になっていた。あちゃー、見たな……。
すぐに如月さんはまた神沢さんと話始めた。
けど、隣の谷中さんは完全に如月さんに落ちたな…。
初日だったのでそんなに長居もせず、テレビスタッフは帰っていった。神沢さんは撮影が終わるとすぐに別件で外出してしまった。
やれやれ、やっと自分の席に座れる。
角度的にカメラに映りそうで、撮られてる間は理由をつけてうろうろしていたので、疲れた。
席について、ほっと一息ついていると
「お疲れ様です。そんな所すいませんが、ちょっといいですか?」
後ろの耳元のかなり近い位置で声がした。
ぞくん、と背中が反応してしまった。
振り替えると如月さんが、応接室を指差している。応接室以外に、軽い打ち合わせや大きな物の製作が出来る大きいテーブルが事務所にはある。しかし今そこには造花がこれでもか、というくらいこんもり乗っている…。別のグループがイベント装飾に用意したもので、これからグループ総出で花に加工を施していくらしい。
「今後の神沢さんのスケジュールとテレビ局のスケジュールを打ち合わせしたいのですが」
仕事なら仕方ない。おずおずと頷いて大人しくついていった。
またこの空間に二人きり…。
き、気まずい…。のは私だけで、如月さんはいつもの如月さんだ。
「この日は神沢さんはメーカーとの打ち合わせで外出です。他の日にしてもらえるか聞いてもらえますか?」
「はい。スポンサーとの関係で、基本的に他社と接触がある時は撮らない、と言ってましたので大丈夫だと思います。逆に個人や店舗、官公庁等で撮影可能な相手がいたら、撮影したいそうで、相手側との交渉は局の方でするそうなので、連絡先を教えて欲しい、と言っていました」
「わかりました。それは神沢さんに確認してみます」
淡々とお互い仕事の話を進める…。
メガネ仕事モードの如月さんは、本当に無駄なことは一切しないので、逆にちょっと安心した…。
一通りスケジュールの確認をした。後で局の方の窓口の谷中さんに電話しなければ。
「では、以上ですね。失礼します」
と、部屋を出ようとしたら、腕を捕まれた。
息を飲む間もなく低い声で聞かれる。
「'かなちゃん'って誰ですか?」
「なん……っ」
なんでかなちゃんのことを知ってるの?と一瞬思ったけど、そうだった、この人はかなちゃんからの電話に出たんだった。
「先日の電話、そうとうドスが聞いた声だったので」
何を言ったんだ、アイツはー!
「彼氏……ですか?」
そういうことにしておけば、私に構わないでくれるだろうか?
「そ、そう……です……」
メガネの奥が細まる。
「……嘘、ヘタすぎ」
なんで、そこで嬉しそうに笑うかな。
そもそも、何なの。
あの時、三枝さんとのことを口止めしたかったわけではなかった。
じゃあ何?
なんで私に構うの?
特に如月さんに好かれるようなことも、嫌われるようなこともしてないのに。
コンコン
「すいません。日向さんにお客様なんですが…」
外から万由子の声がした。
如月さんがドアを開けながら
「ああ、打ち合わせはもう終わったのでこちらにお通しして……」
と、言いかけて止まった。
万由子の後ろに既にお客様――かなちゃんがいた。
「かなちゃん!どうして……」
と言いかけて、ハッとした。
「かなちゃん」が誰なのか、如月さんの前で自分で教えてしまった……。
そーっと如月さんを見れば、相変わらずの無表情だが、「へえ、こいつが」と目が言っている気がする。
その、かなちゃんも如月さんに挑発的な視線を送る。
「あなたがこないだの電話の人?」
「そうです。初めまして。如月理人と言います」
「名前を聞いても意味ないよ。もう関係なくなるから。さ、なっちゃん帰るよ」
そう言って私の腕をつかんで歩き出した。
「日向さんはやめませんよ」
後ろから如月さんが言う。
足を止めて振り返ったかなちゃんは如月さんに向かって
「アンタはダメ」
と言った。私に向き直る。
「なっちゃんは無意識にああいうのホイホイなの?」
「ああいうの?」
「俺様粘着系」
笑いそうになって、口が思わず歪んでしまう。
会ってまだ5分と経ってないのにかなちゃんは如月さんの本質を見抜いた。
しかも見た目は全く素通りして。
こういう所、かなわないな、と思ってしまう。
「ぶっ!……あははは!」
そこに突如笑い声がかかった。
見れば神沢さんが丁度帰ってきたところで、今のやりとりを聞いていたらしい。
「ごめっ……、ぶふっ……、ヤバい、ツボった……くくっ……」
如月さんは無表情だし、かなちゃんは不機嫌、万由子は困り顔で、私もどうしたらいいのかわからない中、神沢さんだけが大爆笑している。
「とりあえず、えー、君?日向さんの身内?こんな事務所のど真ん中は困るから、こっち来て」と、神沢さんはかなちゃんを応接室に案内した。
かなちゃんは、以前私から神沢さんの金髪の話を聞いているので、すぐ社長だとわかったようで、大人しくついて行った。
更にかなちゃんと二人で話す、といって私も如月さんも追い払われてしまった。




