47: 会社ではやめてって言ってるでしょ
申請した有給を全て使わずに出社した。
万由子によると、理人とのことは例の電話で、もう社内中に知られてる、というので、注目を浴びながら社内に入るのが嫌で、1番最初に出社してやろう、とかなり早い時間に会社に着いた。
「おはようございます」
と、ドアを開けたら既に神沢さんと理人がいた。
毎朝、会社の鍵を開けるのは神沢さんなので、神沢さんがいるのはともかく、理人まで早く来てるとは思わなかった。
でもって、スーツじゃない。私服だ。
しかも、前のシンプルな感じでもない。
流行りのダボっとしたシルエットのベージュのロングカーデに、深いバーガンディのクロップドパンツ、中にはシンプルだけど仕立ての良さそうな黒いニットを着て、シルバーのドッグタグネックレスまでしてる。
完全なるデザイン事務所の社員!って感じのオシャレファッションだった。
「ど、どうしたの!?」
「なにが?」
全く分かってない感じの理人の横で、神沢さんがニヤニヤしてる。
「あー、日向さんこういう理人は初めてか。こないだの私服、理人にしては大人しいなと思ってたんだよな。私服の理人、こーゆー感じだよ?」
マジですか。
メチャクチャ格好いいんですけど?
元がいいだけにこういう難易度の高そうなオシャレファッションが映える。
そういえば、スーツの時だってサラリーマンのような着こなしではなく、カラーシャツやオシャレな柄のネクタイはもとより、ボタンダウンやドゥエボットーニのシャツだったり、ラペルピンやカフスボタン、ポケットチーフに至るまで、かなりオシャレな着こなしだった……。
まじまじ理人を眺めると、ファッション雑誌のモデルのようだ。
思わず見とれて顔が赤くなる。
「惚れ直した?」
ニヤリと理人が笑う。
「前から、かっ……格好いいよ……?」
照れつつ素直に言ったら、理人の顔も赤くなった。
「今度、奈都をコーディネートしてみたい。いっつもシンプルじゃん」
「私?いやいや、服変えても私はそう変わらないよ」
「前に見たワンピースかわいかった」
あの写真展の時のことか。
「全身コーディネートして全て買ってもらえば?こないだの礼として」
神沢さんがウィンクして言った。
チラホラ出社してくる社員の好奇の目を無視して、メールチェックをする。
私のことより理人も注目されてる。
誰かが出社するたび、理人のファッションを見て黄色い声が上がったり、ビックリしてたり、反応は様々だ。
もしかして理人は私が注目されるのを見越して、皆の視線を反らすために私服で出社したのかな……と気づいた。
「もう、俺のカッコはどうでもいいから仕事しろ。守山、こないだ依頼されてた美容院の小冊子、お前副リーダーやれ」
「マジですか!?あれ、ページは少ないけど、各支店に配るから部数多いやつですよね?」
更に言葉もラフなままで指示してる。
溜まってる雑用を片付けて、ちょっと一息入れようとリフレッシュコーナーでハーブティーを入れて、ソファー席に座った。応接室ほどではないが、ここのソファーも座り心地がいい。
向かい側は天井までの広い窓なので、ビルの建ち並ぶ街並みや、下のコンビニに吸い込まれていく人並みなどが見える。
ぼーっと外の景色を眺めていたら、横から声をかけられた。
「ちょっと……いいかしら?」
振り向けば、そこにいたのは神崎さんだった。
うあ。1番気まずい人が自ら赴いてきた!
隣に座ると、ふぅ、と軽く息を吐いた。
「理人さんの、あんな表情初めて見た……」
「えっ……?」
唐突に語りだしたので、あんな表情がいつのことなのかわからない。
「あなたが休みの日、あなたと電話してたでしょう?」
それって、アレか。万由子がいうところの『デレを盛大に披露』した時の……。
!
あんな表情って、理人どんな顔して言ってたのー!
いつものあの甘々な顔を晒してたのか、と思ったらこっちまで顔が赤くなる。
「私、あなたよりずっと前から理人さんのこと好きだった」
「……」
「だけど、もうあきらめるわ。そんな顔を見せられたら、ねぇ」
と言った目線が私の後ろに向いてる。
振り返ったら、甘やかに頬笑む理人がいた。
「奈都、探した」
「ちょっと休憩を、と思って…」
「俺も一息入れる」
そう言って神崎さんとは反対側の私の隣にピッタリ座り、頭を肩に乗せてきた。
「あの……、ここ、会社」
「うん?知ってる」
いやいやいやいや。隣の神崎さんも気になるし、私がアワアワしていると、クスリと笑う声がした。
「理人さん、好きが駄々漏れです」
穏やかな表情でツッコむ神崎さんは、以前のピリピリした雰囲気は微塵もなかった。
「うん。悪いな」
理人は全然悪びれもせず言った。
「以前の理人さんに戻りましたね」
「ああ」
神崎さんは素の理人を知ってる人だったのか。
「私、理人さんのこと好きでした」
「……。知ってた。ありがとうな」
「はい!」
神崎さんはあっけに取られてる私をよそに、理人にニッコリ返した後、「じゃあ戻るわ」と行ってしまった。
「理人……」
「んー?」
「ここ、会社」
不埒に延びてくる手を太ももからどけて言う。
その時、私の携帯がブルブル震え、着信を知らせた。
谷中さんからだった。
「もしもし、お世話になっております。日向です。……はい、…はい……。一応、確認だけさせて頂きたいのですが……。ええ。はい、よろしくお願いいたします。失礼します」
「何?映像確認?」
肩に乗っかっていた理人は会話が聞こえていたらしい。
「向こうでも気をつけてくれてるんですけど、一応、社内を撮った部分だけでもチェックしときたくて…。クライアントさんにご迷惑かけられないし」
神沢さんの密着取材の撮影はほぼ撮り終えていて、後は会社の資料撮影や細かいチェックのみになっていた。
その中でもこちらにとって重要なのが、撮してはいけない案件のチェックだ。
発売どころか発表前の商品が万が一でもテレビでフライングしたら、神沢デザイン事務所の信用はがた落ちだ。
「俺も見ようか?一人より二人で見た方が抜けがないだろ」
「そうですね。お願いします。ふが!」
急に鼻をつままれた。
「敬語になってる」
そんなこと言われても仕事の話だと、無意識でそうなっちゃう。
と、思ってたら不意にキスされた。
「莉乃だけど」
唇が離れたら、理人が話し出した。あの後の莉乃さんがどうなったのか、私はまだ聞いてなかった。
「教授の実家に行くそうだ」
「どこ?」
「山形」
「旧家らしい。向こうで釣り合った人を探してお見合いするそうだ。教授が謝りにきて……。教授も仕事の切りをつけてから大学を止めてそっちに行くそうだ」
「……そうなんだ……」
理人の話によると、結局莉乃さんはどうして理人と結婚出来ないのかを理解してないままだと言う。神沢さんと共に、教授に平謝りされて、警察沙汰にはしないことになったらしい。
神沢さんは「これで貸しができた。いつか使おう」と、なかなかにあざとく納得したらしい。
当の理人は、大学の頃に自分がハッキリした態度を取らなかったのが悪い、と言っている。
「休憩終わり」
理人はそのまま立ちあがり何事もなかったかのようにスタスタ行ってしまった。
彼は優しいから、莉乃さんのことをすごく心配していることも、自分を責めていることも、分かってる。
私の口を出せることはもうないことも。
私もソファーから立ちあがり、ゆっくり伸びをして自分のデスクに戻った。




