44: 泊めて
行きはかなちゃんが運転してくれて、帰りは神沢さんが運転してくれた。助手席には道香さん。後ろはちょっとキツイけど私を真ん中に三人で乗った。
ほぼ丸1日拘束されていた理人は、疲れているようだった。
私の隣で、手を繋いで頭を私の肩に乗せている。
いつものウッディなハーブの香りがしない理人がなんだか嫌で、車に乗るまで近寄らなかったら、もんのすごい悲しそうな顔になったので、今はピッタリくっついていることを許している。
「で?相楽のとこに行ったわけか」
目はつぶってるけど起きている理人が続きを促した。
「お前、日向さんに後でたーっぷりご褒美あげろよ。相楽んとこに行くのに、かなり勇気を出してったんだからな」
「い、いや、あの……。そこまでではないっていうか……。どっちかって言うと、かなちゃんの接近禁止令の方が気になって……」
「「はっ……!?」」
神沢さんと道香さんが二人同時に聞き返した。
理人には相楽さんとの事件を説明したけど、二人には細かい所まで言ってなかった。
「昔、俺がアイツの前歯折っちゃったんで」
かなちゃんがサラリと言った。
ぶっ!と神沢さんが吹き出した。
「マジか。やるな彼方くん」
「それでも、奈都、ありがとう。本当は奴と会いたくなかっただろ?」
理人が繋いだ手に力を込めた。
「ううん。理人が心配でそれどころじゃなかったから……」
目を開けた理人が私の顔を見て、嬉しそうに微笑んだ。
それを見て、やっと理人が見つかったんだ……、と今さら安堵して泣きそうになった。
*****
相楽さんが莉乃さんと繋がってる、と閃いてからすぐさま相楽さんに会いに行った。
自分でもビックリするくらい、躊躇もなく相楽さんに会うことに抵抗はなかった。
だって、理人の居場所を知ってる可能性があったから。
電話とかで連絡すれば、逃げられるかと思い、かつて住んでいたマンションを尋ねたら、まだそこに住んでいた。
「あれ、もうここまでたどり着いちゃった?」
かなちゃんと道香さんは車で待っててもらい、神沢さんと私だけで部屋の前まで行ったら、開口一番そう言われた。
「理人は……、莉乃さんはどこにいるんですか?」
「埼玉の一軒家」
あっさり教えてくれたのはいいけど、そこが何なのかがわからない。
「本家の昔の人がさ、投資だか趣味だか義理だかで買った家なんだけど、まあ、基本は賃貸にしてて、たまに隠れ家的に使ったり…。今は空き家になってたから。莉乃ちゃんに頼まれた時、あそこなら丁度いいかなって」
実際に着いてみたら、本当に普通の一軒家だった。でも、住宅街からはちょっと離れていて、林の中にポツンと建っている寂しい家だった。
莉乃さんの言い方だと、ものすごい辺鄙な所で買い物にも不自由……みたいに私達は思っていたのに、そんなことなかった。
確かにスーパーがありそうなお店があるエリアまで、歩いたらちょっと遠そうだけど都内の一等地じゃあるまいし、そんなのは普通だ。
多分、莉乃さんの感覚では「ない」っていう距離なんだろう。
本家の持ち家はここ以外にも何軒かあって、それぞれ隠語のように地名が付けられていたらしい。
*****
「それで、箱根……」
理人が言った。
「他に、軽井沢や伊豆があるらしいぞ。千葉や埼玉に」
「騙された…。せっかくスパイの暗号みたいに翔に伝えたつもりだったのに」
「あはは!あれな!わかったけどな。「箱根」と「二人しかいない」と」
「それにしてもなんで相楽まで一緒に来たんだ?アイツのことだから、場所を貸した責任……とかそういうことじゃないだろ」
さすがに相楽さんの性格をだいぶ把握してる。
「楽しそうだから、って……。莉乃さんに協力したのも、最初、依頼を断ったからかと思ってたんだけど、違ったみたい。本当に何を考えてるのかさっぱり……」
「あんな奴のことは理解しなくていい」
理人がバッサリ切った。
*****
別れ際の相楽さんを思い出す。
「なっちゃん、ごめんね。なっちゃんを困らせてやろう、とか思ってたわけじゃないよ。たださ、面白くなりそうだなー、と思って莉乃ちゃんに協力したの」
相楽さんを警戒して、ずーっと理人が私の側から離れなかったけど、着替えに行った時にすかさず近づいてきた相楽さんに言われた。
「面白そう……って。確かにちょっと…かなりズレてるとは思いますけど、莉乃さんだって大真面目ですよ……」
「大真面目ねぇ。どうしてお嬢様っていうのはこう、片寄ってるんだろね」
かの子さんのことを思い出したんだろうか。
「なっちゃんだったら良かったのにな」
不意に相楽さんが一歩近づいてきた。
「普通な娘。常識的で愛情があって、普通の両親に普通に育てられた娘。俺も分かってるんだよ?自分がおかしいってことは。でもそれが俺だし。変えられない。俺がおかしい分、普通の娘が良かったんだ。それが、なっちゃんだったら良かったのに……」
相楽さんの手が伸びてきた。
以前みたいに恐怖はもう感じない。
この人は、もしかしたら私が思ってるより自分と周りのことを分かっているのかもしれない。
それでも、変わらない。変えられない。
不意に知らない香りに包まれた。左右から伸びる両腕が私をとらえて一歩下がる。
「触らないでもらえます?」
理人の低くて固い声が、耳元からした。
「あーあ、残念。人のモノとか気にしないけど、如月くんから奪うのはなかなか大変そうだしねぇ……」
そう言って、スタスタと車の方へ言ってしまった。
*****
「とにかく、無事に奪還できて良かった。明日は日向さんは元々だけど、理人も休み!薬の影響がわからんから、体調悪いようなら病院行くこと。彼方くんも、お疲れ様。車で来てくれて助かったよ」
理人と道香さんのマンションに着き、一旦全員が降りた時、神沢さんが言った。どうやら神沢さんはこのまま道香さんの所に泊まるらしい。
「もう遅いし、ここ事務所に近いしー」
とか、言い訳してたけど道香さんといたいんだろう。
クスクス笑っていたら、かなちゃんがさっさと運転席に乗り込んで「じゃあ」とか言い出した。
助手席のドアに手をかけても開かない。ロックされてる。
「えっ……?」
キョトンとしてたら、かなちゃんが窓から顔を出して理人に行った。
「服、貸してやって下さい」
「おう」
理人が普通に答えてる。
「えっ、え?かなちゃん?」
「お父さんにはちゃんと説明しとくから」
と、ニヤリと笑ってかなちゃんはそのまま行ってしまった。
「ウチ、泊まる?」
理人がニヤニヤしながら聞いてくる。
ムーっとしながらも言うしかない。
「泊めて」




