43: 赤ちゃん出来てるもの
最近流行りの香りにこだわった洗剤を使ったらしく、手渡された俺のパーカーはものすごいフローラルな香りがしていた。
「ごめんなさい。Tシャツはまだ乾いてないの。とりあえず、こちらだけでも」
「あ、ありがとう……」
とりあえずお礼を言うと、莉乃は嬉しそうにニコニコしている。さっとパーカーを羽織る。ずっと上半身裸だったので、これだけでもやっと人心地ついた感じだ。
しかし普通、Tシャツの方が先に乾くだろ。
逃がさないための工作?さっきの親子丼を考えると、俺のTシャツにも何かあったのかもしれない……。
でも、機嫌のいい今ならもうちょっと聞けるか?
「ここは地下?今、何時かくらい教えてもらえないか?」
「今は……日曜日の午後10時すぎくらいですわ」
案外あっさり教えてくれた。
「明日、仕事なんだけど帰してはくれないわけ?」
「まあ、そうでしたわ。じゃあ、神沢先輩に休むと伝えておきますわ」
「いや、仕事のことで連絡したいことがあるから、俺が電話してもいいか?」
莉乃が考えこんだ。
料理をしたり、洗濯をしたり、これは莉乃にとっての結婚ごっこなんだろう。
夫の仕事を邪魔する妻なんていない、とかそっち方面で攻められないかと考えていたら、莉乃がスカートのポケットから俺の携帯を出して、差し出してきた。
「いいのか?」
「はい。お仕事の邪魔はしたくありませんもの」
もっとゴネられるかと思った。逆にこの通話で助けを求めるようなことを言ったらどうなるのか、不安になった。
とにかく翔にかけてみる。
『理人!お前どこにいる!?無事なんだな?』
繋がったとたん、ものすごい剣幕で言われた。
「すまん。約束すっぽかしたな。明日だけど悪いがまた有給使わせてくれ。あと、駅伝部のロゴマークデザインだけど、俺と翔と二人で打ち合わせに行くことになったから」
翔に余計なことを言わせないように、こちらの用件だけを途切れなく言った。
電話口で翔がスッと息を飲む音がした。
『わかった。体調が悪いわけじゃないんだな?』
「ああ、大丈夫」
『テレビ局の担当者が心配してるぞ』
翔の言う「担当者」が谷中さんではない方だとわかってる。
「オヤジとムスコの看板を緑に塗るなって言っといて」
そう言って通話を切った。
さりげなく携帯をサイドテーブルに置いた。
「莉乃、俺をここに連れてきて、何がしたいんだ?」
真っ直ぐ見て、言った。
「りーちゃんの、奥さんにして下さい」
「悪いけど、それは出来ない」
「なぜですの?私、お料理も、お洗濯も、花嫁修業はちゃんとしてきましたわ。りーちゃんが広告とはいえ違う女性を探すのも許してきたじゃないですか。見つかってもう満足でしょう?そろそろ戻ってきてくれてもいいでしょう?」
「莉乃は、そう思ってたんだな」
「なに……、何か違いますの……?」
「俺達、付き合ってなかっただろう」
莉乃が驚愕の表情をした。
やっぱりか……。
「だって、大学の時はいつも一緒にいたじゃないですか…」
「一緒にいたからって付き合ってたわけじゃない。莉乃をそんな風に思ったことは1度もない」
刺激しないように、とは思っていたがここはしっかり否定しないとダメだ、と感じてつい強く言ってしまった。
「もてあそんでましたの……」
「あのな……」
脱力した。
「そもそも、キスもしてなけりゃ、手も繋いだことすらないだろ」
呆れて言ったら、真っ赤になった。
と、突然がばっとのし掛かってきた。
「でも、もう手遅れですわ!だって、私達、裸で一緒に寝てしまいましたもの!!」
押し退けようと腕を掴んだ時、部屋のドアが勢いよく開いた。
「理人!!」
1番前にいたのは翔。
叫んだ顔のまま、止まってる。
その後ろに奈都、彼方、三枝、更になぜか相楽までいる。
おもむろに彼方が携帯を取り出し、俺に向けた。
ハッと気づいた。
俺の今の状況を。
ベッドの上で莉乃に上に乗られ、パーカーの前は全開で、ズボンに手をかけられてパンツごとちょっとズレてる……。
「うわあああ!彼方、待て!!はやまるな!」
叫びもむなしくシャッター音がした。
「これで、一生脅せる……」
不穏な呟きが聞こえた気がする……。
「あー……、理人?無事か?」
翔が気を取り直して聞いてきた。
「無事なわけあるか!」
莉乃を押しやって、ベッドから下りる。
奈都が下を向いてるのが気になる。
相楽が後でニヤニヤしてるのがムカつく。
「奈都……」
言いかけて近づこうとしたら、後ろから手を捕まれた。
「りーちゃん、ダメ」
「もう、ごっこ遊びは終わりだ」
腕を振りほどいた。
「ダメよ……。ダメ!だって、赤ちゃん出来てるもの!!」
俺も含めてそこにいた全員が固まった。
「はっ……、裸で一緒に寝たら赤ちゃんが出来るのでしょう?りーちゃんに無断でしたけど、昨晩一緒に……」
真っ赤になってる莉乃以外、皆半目になってる……。
箱入りのお嬢様だとは知っていたけど、まさかここまでとは…。
「ぶはっ!クックック……。ダメだ……耐えきれない……あははは!」
吹き出したのは相楽だ。腹を抱えて笑い出した。莉乃はきょとんとした。
「……莉乃さんも裸で……?」
奈都から不穏な空気が醸し出されてる。下を向いてるから、顔が見えない。
「……えっ……、やっぱり下も脱がせなきゃダメでしたの?」
莉乃が頓珍漢なことを付け足した。もうやめてくれ。
「莉乃ちゃん、ここの鍵、返してもらおうかな」
大爆笑から復活した相楽が、涙目を拭いながら莉乃に向かって手を出した。
「リビングにあります」
相楽が気をきかせてくれたのか、こちらに目配せして莉乃を連れて行った。
部屋に五人が残った。
「理人はここがどこだか分かってるのか?」
翔が話し出した。
「いや……。多分、箱根?」
「埼玉」
「はああ!?」
勝手にあの風景画を元に箱根だと思っていたから、全く違う場所で拍子抜けだ。
「お前らどうしてここがわかったんだ?」
「まあ、詳しい話は後だ。とりあえず帰ろう」
ゾロゾロと部屋を出る。
部屋を出ると短い廊下があって2つほど扉があり、その先に上に行く階段があった。やっぱり地下の部屋だった。
「奈都」
顔を合わせてくれないのが気になって声をかけた。奈都は、チラっとこっちを見た後
「変なニオイする」
と言って彼方の影に隠れた。
避けられるとは……。ショック過ぎる……。
上にあがればそこは広いリビングだった。
莉乃と相楽、あと莉乃の付き人がいた。黒服の女性の付き人は、俺の前に来ると頭を下げた。
「莉乃様をお止めすることが出来ず、申し訳ありませんでした……」
この女性は大学の時からずっと莉乃に付いてる人で、俺も顔馴染みではあった。
「ずっと、如月様を想っている莉乃様が不憫で…。でも先日、如月様と日向様のやりとりを見て、莉乃様の入る余地はない……と思ってはいたのですが……」
この人がこんなに自分の思いを口にするのは珍しい。
「結果、このように皆様にご迷惑をおかけして…。申し訳ありませんでした」
何も言い返せず黙っていたら、莉乃が不思議そうにこちらを見て言った。
「梶原、やあね、何を言ってるの?これからりーちゃんにも仕えてもらうんだから、謝るよりよろしくお願いします、じゃない」
また全員止まる。
これは……、もう、何を言ってもダメなのか……。
「莉乃様、相楽様とこちらのお車でお送り致します。如月様は日向様のお車で」
「わかりました。莉乃を頼みます…」
時計を見ればすでに12時をまわっている。
都内までの小一時間、翔達にどうやって俺を見つけたのか聞いた。




