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クールなメガネ上司の裏表  作者: キョウ
42/48

42: なにを、した

 泥の中にズブズブ埋まっていくように、自分の意思とは関係ない重たい睡眠だった。

 目を開けても、頭がぼーっとする。

 視界に映る景色が全く見覚えのない部屋だが、それを考えるのさえおっくうだ。

 肌寒くて布団を引き上げる。そこで、自分が裸で寝ていたことに気づく。どうりで寒いわけだ。

 何か足りない。

 もっとあたたかいものを抱きしめて寝ていたような気がする。

 あたたかくて、柔らかくて、いい香りがして、とても大切で愛しいもの……。


 ぶわっと彼女の顔を思いだし、ガバリと起き上がった。

 と、同時に吐き気が襲った。

 頭も痛い。

 何?

 何が起こった?

 ここはどこだ?

 今は何日の何時だ?

 ガンガンする頭を抑え、思い出す。

 奈都に親子丼を作ってやった…。

 会う約束のメッセージを送った。

 莉乃が訪ねてきて……

 ガチャリと部屋のドアが開いた。

 エプロン姿でトレイに何やら料理を乗せた莉乃が入ってくる。

「……なに、をした……」

 呂律さえ怪しい。

 自分の体が自分のモノではないかのように、思い通りに動かせない。

「りーちゃん、まだ寝てていいのよ」

 ニッコリ笑って近付いてくる。

 ベッド横のテーブルにトレイを乗せ、莉乃が手を伸ばしてきた。

「ほら、これじゃ風邪ひいちゃうわ」

 その手を振り払う。それすら、ゆっくりぎこちない動きで、簡単に体ごと布団に戻されてしまった。

「お腹、空いてない?りーちゃんの好きな親子丼をつくったのよ」

 親子丼、と聞いて奈都のことを思い出す。

「ごめんね、りーちゃんの好きな三つ葉はないの。今度作る時には入れてあげるわ」


『えー?理人、三つ葉嫌いなの?もしかして香草ダメな人?』


 奈都に親子丼を作ってやった時、俺のには三つ葉は入れなかった。

「俺が、親子丼好きって、誰に聞いた?」

 莉乃が止まる。


 奈都だ。


 起き上がってるより、寝てる方がまだ楽なのか、頭がまわってきた。

 奈都が俺を探してくれてる。

 そうだ、翔との待ち合わせもすっぽかした。

「ここはどこだ?服を返せ」

「やだ、りーちゃん怖い。いつものりーちゃんとしゃべり方が違うわ」

「悪いがこっちが素だ」

「うそよ。りーちゃんはいつも冷静で無表情で周りを寄せ付けない、そんな人よ」

「寒い。服をくれないか」

 莉乃と言い合っても無駄だ。

 解放してもらうには今は大人しくしておいた方がいい。

「そうね。いくら布団に入ってても風邪ひいちゃうわよね。後で持ってくるわ。ね、親子丼食べてね」

 そう言って莉乃は部屋を出て行った。


 はーっと息を吐く。

 ゆっくり起き上がった。

 だいぶ頭が痛いのも、吐き気も収まった。

 横のトレイをちらと見る。

 食欲はないが、後で何か言われるのが嫌でひと口だけ食べた。

 味が薄い。

 醤油と砂糖の味はするが、出汁の味がしない。

 卵は火が通り過ぎてポソポソしている。

 そのくせ鶏肉は火が通っているかギリギリの所だ。

 また何か薬でも入れられていたら嫌なので、箸を置いた。

 幸い、ペットボトルの水も持ってきてくれていたので、穴がないか慎重に確認して飲んだ。

 部屋を見渡す。

 いたって普通の寝室のような造り。

 今寝てるベッドがあって、サイドテーブルと、椅子。ローチェストの上には花瓶。壁には風景画があるが、窓がない。

 地下?

 外が見えないので、時間もわからない。


 土曜日の夜に莉乃がマンションまで来た。

「お渡ししたいものがあるので、少しだけいいですか?」

 とインターホン越しに言うので、部屋に上げるのは嫌で、マンションのエントランスに待たせて、携帯だけ持って降りた。

 そこから記憶が薄いのだが、マンションの管理人の目を盗んで俺を連れ去った……と思われる。

 防犯カメラに映っているだろうか?

 泥のように寝ていたのは、睡眠薬か何かを飲まされたのかもしれない。


 翔と待ち合わせしていた時間はとっくに過ぎているだろう。

 異変に気付いて、探してくれているだろう。多分、奈都も一緒に。

 猛烈に奈都に会いたい。

 ゆっくりベッドから下りて体を動かす。

 裸なのは上半身だけで、下はスウェットをはいたままだった。

 一応、ドアを確認するもやっぱり鍵はかかっている。

 ローチェストの中は空っぽだ。

 花瓶の隣に俺のメガネが置いてあった。


 莉乃の中での俺は、メガネで無表情で周りを寄せ付けない孤高の王子様なのか……。

 それは俺が作り上げた虚像。

 周りを寄せ付けたくなかったのは本当だが、それはまとわりついてくる女子に限ってだけで、それなりに友人はいたつもりだ。

 莉乃は莉乃が見たい部分しか見えない。

 大学の時からそういう傾向はあったが、今は病的なまでに自分にいらない情報をカットしてる気がする。


 何気なく、ぼーっと風景画を見つめていた。

 なだらかな山が左右から裾野を広げて、手前にある湖に映っている。その向こうには雪を被った富士山。

 湖には小さいけど赤い遊覧船らしきものが描かれている……。

 カメラのピントが合うように、この景色がどこか解った。っていうかあまりにも有名な風景なのに、思いつかなかったのはまだ頭がボケてるからなのか。

 ここがこの風景画と同じ箱根だとは限らない。

 とはいえ、もしここの場所がわかっても外に連絡する手段がない……。


 とりあえず寒いし、まだ万全じゃない体を休めようと布団に戻った。

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