38: 想像出来ません。
「また伺いますわ」
の言葉通り、莉乃さんは次の日家に来た。行動が早い…。
幸いというか、かなちゃんもお父さんもお母さんも仕事で私しかいなかった。
さすがに家に上げるわけにも行かず、駅前の喫茶店を指定して後で待ち合わせることにした。
お店に着くと、優雅に紅茶のカップを持ち姿勢よく座っている彼女がいた。
普通の街中の喫茶店なのに、そこだけセレブ御用達のティーサロンみたいな雰囲気になってる。後ろに立つお付きの人のせいもあるけど、莉乃さん本人のいかにもお嬢様っていう存在感がそうさせるのかもしれない。
ふと、隣にあの硬質な空気をまとう無表情な理人がいたら、お似合いかもな……などと考えてしまった。
デザインに疎い私でも、バランス感覚くらいある。
甘やかで上品なお嬢様の隣に硬質でクールなメガネスーツ……。
合うなぁ……。
でも裏理人の、口が悪くて大型猫科動物は合う……かなあ?そっちの組み合わせがうまく想像出来なくて、ボケっとしてたら莉乃さんがこちらに気付いた。
「りーちゃんに、奈都さんと会うな、と止められたんですけど、どうしてもお聞きしたいことがありまして、伺ってしまいましたの」
理人に止められてるのに来たのか……。
頼んだコーヒーに砂糖を入れて、くるくるかき混ぜながら半目になりそうなのを堪えた。
この人、このお嬢様な雰囲気でのほほんとして見えるけど、実は図太い?いや、ただ単に自分の思い通りにならない世の中なんてあり得ないと思ってる、お花畑の世界の人なのかな?
莉乃さんの人物像を計りかねていたら、莉乃さんがじーっとこちらを見ていることに気付いた。
「奈都さんは、あのポスターの方なのですよね?」
「えっ……と、はい。あれは弟が撮った写真でして……。莉乃さんもご覧になったことが?」
「はい。りーちゃんがあのポスターを見てから、それまでのりーちゃんとは変わってしまったのを見ていましたから」
変わってしまった…。
「あっ、変わったというのは、悪い意味ではないですよ!それまで、どちらかというと受け身で、あまり物事に興味を示さなかった彼が、あのポスターにだけはすごく心を動かされたようで……」
唐突に止まった。
それまでは明るく朗らかに話していた彼女が、うつむきがちになり、ボソリと言った。
「私と、会わなくなっていきました……」
面食らった。
ここで私は謝るべきなの?と一瞬考えてしまった。そのくらい急にしょげた。
「ポスターの撮影者や奈都さんを探そうと、方々に手を尽くしていました…」
「そ、それは聞きました」
「なので、りーちゃんが奈都さんを見つけることが出来て、本当に良かったと思っているのです」
「はあ……」
何が言いたいんだろう?理人に何か言われたのかな?
「奈都さんは、本当にあのポスターの方なのですか?」
「えっ……?」
「なんか、あれから年月が経ってるとはいえ、ポスターのイメージとちょっと違うような……」
それ、前に理人にも言われた。
『また、あの笑顔を見せろよ』
そんなことを言われても。って、思った。
色んなことがあって、それを経ての私だから、過去と違うのは当たり前で……。
「りーちゃんは奈都さんを見つけられて、もう満足したと思うのです」
「は?」
なんだか、嫌な言い回しだったような気がする。
「まあ、人間ですものね。月日が経てば変わるのは当たり前です」
ニコニコしながら言う彼女がまた怖く見えてきた。手元のコーヒーはすっかり冷めてるし、一口飲んでも味があまりしない……。
「りーちゃんは『ポスターの彼女』を探していたのです。でも、そんなのは幻想だった。だって『ポスターの彼女』はあの時の奈都さんであって、今の奈都さんではないから」
自分でも、『ポスターの彼女』は、『かなちゃんマジックにかかった私』だと思ってる。
でも、目の前でほぼ初対面の人に、別人呼ばわりされると、なんだかモヤモヤする。
「なので、見つからない『ポスターの彼女』を探すのはあきらめて、もう私の所に帰ってきてもいいんじゃないかしら、と思っているのです」
「……」
「もし、奈都さんがりーちゃんを引き留めているなら、もうそろそろ……どうかしら?」
「……どうかしら、って言われても……」
半分真実をついてるような、半分彼女の妄想のような話に、ついてけない。
ど、どうしよう、この人。
なんとかしてくれないかと思い、ずっと黙って立っている、お付きの人をチラっと見たら、目を反らされた。と、反らした視線の先に見えたものに驚愕してる。
振り返って、目線の先、店の入り口の方を見たら、そこにはスーツじゃなくてメガネもない、私服姿の理人がいた。会わないでまだ2日だというのに、すごい久しぶりみたいな感じがする。
理人は、ものすごい冷気をまとって無表情のまま、ゆっくりこちらに近づいてきてる。
「まあ、りーちゃん!会いに来て下さったの?よくここがおわかりになりましたね?」
うわあ。
あの冷気をものともせずに、にこやかに声をかけられる彼女が怖い。
彼女の会話に頷きもせず、莉乃さんを睨んだまま理人は私の隣に立った。
見上げてる私の方を向いた理人は、私の腕を取って、ぐいっと立たせた…。と思ったら、目の前の無表情でキレイな顔が、ぶわりと色香を漂わせ柔和に笑った。
「奈都、迎えに来た」
一気に身体中が熱くなる。
昨日の電話のことも思い出し、顔が赤くなる。
更に追い討ちをかけるように、腰に腕をからませ、耳にキスされた。
「り、理人!」
焦って言うも止まらない。莉乃さんをみれば、ポカンとした顔で固まっている。お付きの方は驚愕の顔のまま真っ赤になってる。
「……あの、りーちゃんかと思ったんですが、別の方?双子でした?それともお付きの方?」
この場合の「お付きの方」とは影武者のこと?
もしかして、と思ったんだけど、やっぱり莉乃さんは表理人しか知らないんだ…。と気付いた。
確信を持って理人を見たら、ニッコリ笑われた。理人は莉乃さんに向き直って言った。
「莉乃さん、前もって言っておきます。見合いには行きますが、お断りするつもりです。お父様ともそのようにお話してあります。確認してみろ。じゃあな」
最後だけ裏理人になってた。
伝票と私をつかんで踵をかえし、スタスタと出口に向かう。チラリと振り返れば、莉乃さんは立ち上がって呆然とこちらを見ていた。




