35: まだ会いたくありません。
「会社での如月さんもそうだもの。私、業務連絡以外で如月さんと話したことない」
万由子が言ったことはわかる。私も前はそうだったから。
「奈都が話す如月さんと、私の知ってる如月さんは別人みたいだもん。こないだ定食屋さんに来た如月さんも普段と全然違った。奈都を見つけたとたん、雰囲気が柔らかくなって奈都に向ける甘々な視線はこっちが照れるくらい、好きが駄々もれだったよ?」
顔が熱くなる。と、同時に胸に暖かいものが込み上げる。
「じゃあ、理人があんなに甘々なこと言ったり、すぐくっついてくるのは私だけなの?メチャクチャ優しく触れてくるのは私だけなの?」
半泣き状態で、自分が何を口走ってるのかわかってなかった。
万由子と道香さんが、きゃー!と大盛り上がりしてる。
「やだー!理人の甘々とかデレた顔とか見たことない!見てみたい!!こないだちょっと見たけど、あれは序の口なのー!?」
「うわー!如月さんのあの硬質な顔がふにゃける所なんて想像出来ないー!あー、でもそうなったら破壊力すごそう!ギャップ萌え!こないだの守山への牽制もスゴかったし!」
「ちょ……、ごめん……、二人とも落ち着いてー!」
ひとしきり騒いだ後、道香さんがニッコリ笑って言った。
「わかってると思うけど、理人ああ見えてすごく優しいから、莉乃ちゃんのことも無下に出来なかっただけだと思う。でもなっちゃんに見せる優しさとは違う。自信、持っていいんだよ?」
「道香さ~ん……」
また涙がこぼれる。
「私も翔にずっと素直になれなかったけどね。でも理人となっちゃんを見て、すごく仲良くしてるの羨ましくて…。あの時のなっちゃんのおかげで翔と向き合えたから……、私もなっちゃんの力になりたい」
「あの、さっきから言ってる「翔」って、神沢さんのことですか?」
万由子が遠慮がちに聞いてきた。そうだった。そこは説明してなかった…。
道香さんが真っ赤になって頷いた。
「はわ~!スゴい、美男美女カップル……。並んでるとこ見たい!」
「そういう万由ちゃんは彼氏いるの?」
「写真、見ます?」
と言いながら万由子はカバンから携帯を取り出した。
「うわ!」
画面を見たとたん、変な反応した。私の方を向いて着信履歴を見せる。
「如月さんからメッチャ電話来てた……」
カバンに入れて、広い部屋の端に置いてたから、着信音に気づかなかった。
あわてて、私も道香さんも自分の携帯を見た。
どちらにも理人からの着信が並んでいる。
「ヤッば!これはちょっと危ないくらいね」
道香さんのは理人からの合間に神沢さんからも着信があったようだ。
私達を見て「しー」と言いながら、道香さんは神沢さんにかけ直した。
『道香?日向さんと一緒?』
「教えなーい。そっちこそ理人と一緒なんでしょ?」
『……そう。もう、見てられないくらい落ちてる。そのホテルのラウンジにいるから来いよ』
「! なんで、場所……」
『会いたい』
黙って聞き耳を立てていた万由子と私の顔がニヤける。神沢さんもたいがい道香さんにデレデレだ。
「きょ、今日はダメ。女子会なの!理人は身辺整理してこいって言ったでしょ」
『くっ、わかったよ。また連絡する』
笑ってたな神沢さん。
落ちてる理人もなかなかレアかもしれない。
でも、私はまだ理人に会いたくない。
言ってくれなかったのが、私を思ってのことだとしても、それは私の喜ぶことじゃない。怒ってるんだからね!ってことをわかって欲しい。
「いいのよ。まだ会いたくないんでしょ?」
道香さんにまで甘やかしてもらって、私はなんて果報者なんだろう。
その夜はキングサイズのベッドで三人で並んで寝た。いつまでも下らない話や恋愛話をして、学生の頃に戻ったみたいで楽しかった。
あのまま一人で帰ってたら、ベッドで爆音コースだったと思う。
一人で泣いて眠る夜にならなかったことに、すごく安堵して眠った。
*****
勢いで有給を5日も取ってしまった。
でも実は仕事のことも考えて、大丈夫そうだから多目に申請したのだ。
幸い(?)にも今は、テレビ関係の仕事と雑務しかない。こないだの撮影から、向こうの都合で次の撮影は一週間後だ。谷中さんからの連絡は私の携帯にかかってくるから、会社に行かなくても支障はない。
この際、色々整理しよう。と、部屋の片付けを始めた。
「なっちゃん……、何やってんの?」
2階でガタガタやってたら、かなちゃんが覗きにきた。理人はかなちゃんにも電話していたようで、かなちゃんは私が休んでる理由を知っている。
「ごめん、うるさかった?」
「いや、いいけど。買い物行くって言ってなかった?」
「そうだった」
「つきあってもいいよ」
かなちゃんは、私がまた落ち込んでると思って気をつかってくれている。
でも、昨晩の女子会のおかげでそこまで沈んでない。理人を信じてもいるし、ただ言ってくれなかったことに怒ってるだけだから、気持ちが落ち着いたら連絡しよう、とも思ってる。
昼間なら理人は仕事で、さすがに追いかけてこないだろう、と買い物に出た。
デパ地下で、昨日のお礼に二人に何か女子力高めなスィーツを、と賑やかな店内をかなちゃんを連れてうろうろする。
「そういえばかなちゃん、神沢さんと二人で話合った時って、何を話してたの?」
後で聞く、と言っていながらまだ聞いてなかった。
「あー、あの時ね。神沢さんにいきなりなっちゃんのトラウマを指摘されて」
「!、な、なんて……?」
「メディア関係の仕事を避けてたんだって?まあ、気持ちはわかるけど。あの時、神沢さんがすごい真剣に言ってくれたんだ。「日向さんを任せてもらえるかな?」って」
止まってしまった。
だって、理人ならともかく、神沢さんまでそこまで気にかけてくれていた……ってことだよね?
それは多分、私というより理人のため。
あの二人の強い繋がりを感じて、口元がムズムズしてしまった。
「え?何?ニヤニヤするとこ?」
かなちゃんに鋭く指摘された。
「日向奈都さん、ですよね?」
不意に後ろから声をかけられた。
見ると、まっ黒なストレートの長い髪に、くりっとした黒目がちな可愛らしい瞳の、いかにもお嬢様っていう女性がいた。
それが、高科莉乃さんだとすぐわかった。




