33: 逃げられた
「うん……、大丈夫。分かってる。ちゃんと理人のこと、信じて……る」
奈都はそう言うけど、こちらを振り返ってくれない。
今は何を言っても言い訳にしかならなそうで、何も言えない。
「すまん…。もちろん断るの前提で、会うだけのつもりで……」
「だから、分かってるってば。教授からの話で断れなかったんでしょ?」
焦ったように被せて言うのは彼女らしくない。
「すまん…。」
そしてこちらもらしくなく、謝るしか言葉がない。
「分かってる……。でも、ちょっと……、今は理人の顔……見れない」
まさにあれだ。
『鈍器で頭を殴られたような』という表現を今、体感した。
そのまま前にゆっくり進む彼女は、うつ向いたままで表情がわからない。
でも、応接室のドアを出ていく横顔に、光るものがあったのを見逃さなかった。
「理人!」
翔に呼ばれるまで、数秒固まってしまった。
急いで事務所をのぞくと、守山が奈都のことを心配そうに覗きこんでいる。
奈都はそれにも反応せず、ずんずん進み外に出るドアへ向かっていた。追いかけようと奈都に近づいたら、間に守山が立った。
「泣かせたら、俺が抱きしめるって言いましたよね?」
「どけ」
押し退けようと腕を上げたら、その手をつかまれた。つかんだ相手を見たら、山岡さんだった。
「二人とも、やめて下さい。私が行きます」
かわいらしい外見とは裏腹に、彼女がキッパリした性格だということは知っている。その山岡さんが有無を言わさぬ圧で俺と守山を睨み、さっさと奈都を追って事務所を出て行ってしまった。
「理人、俺も聞いてないんだけど、顔貸せ」
後ろから、静かに発せられた声は固い。
あー、翔も怒ってるな、これは。
*****
「どうせお前のことだ。相楽のことを断ったから、今回は断れない、自分が我慢すれば済むと思ったんだろ」
長く友人やってると思考がモロバレで痛い。
「お前はいいかもしれないが、周りのことを考えてない。俺もだが、今回は特に日向さんだ」
翔の言いたいことは、この先を言われなくてもわかる。
「あー、そうだな。今回は俺が悪かった…。」
「急にしおらしくなるなよ。怖いだろ」
あまりに素直に認めたからか、翔が拍子抜けしてる。
「さすがに、奈都のアレは……、キッツイ……」
目の前にあるコーヒーまみれの書類に目を落とす。
「元カノって、アレか。教授の娘さん…莉乃ちゃん?」
「浮かれてた自分と、過去の自分を殴りたい」
「元カノって言ったって、莉乃ちゃんとは……、あれ、付き合ってたうちに入るのか?」
翔が雑巾片手にテーブルを片付け始めた。それを手伝い、ため息をついた。
*****
「莉乃と、会ってやってくれないか?」
帰り際に言われた一言。
覚えてはいる、けど、ずっと忘れてた存在を急に出されて困惑する。
「莉乃さんは……、ご結婚されてないんですか?」
生粋のお嬢様の莉乃が、いまだに結婚してないことに驚いた。相手がいなかったら見合いでもして、早々に家庭に入るタイプだと思っていたからだ。
「大学の時に見初めた相手が忘れられないらしくてねぇ…」
意味深に頬笑む教授を睨む。
高科教授はその昔、広告を作らせたら右に出るものはいない、とまで言われ、早めに第一線を退いた今でもたまに企業から依頼が来るような人で、物腰は柔らかいのに着眼点は鋭く、俺も尊敬する師ではある。
が、やはり親バカなのか、一人娘にはめっぽう甘い。
相楽みたいに歪んで育ってはいないが、莉乃はお嬢様故のちょっと世間からズレた所があった。
「申し訳ありませんが、私には今お付き合いしている人がいるので、莉乃さんとお会いすることは出来ません」
「ほう!君、彼女が出来たのかね」
意外そうに言われた。
「大学の時は、あの…デカくて派手で女子がまとわりついていた神沢君とつるんでるわりには女っ気がなかったのに」
基準が翔とかやめてくれ。
「色々ありまして」
そっけなく返して、この話を終わりにしようとした。
「お見合い、してみないかい?」
「は?」
「莉乃と」
「いや、あの、話聞いてました?」
「莉乃も踏ん切りをつけたいと思ってるんだよ。正式にお見合いして、そこで断られたらさすがに諦めるだろう?」
怪訝な顔で見返すと
「相楽君の方を断って、こちらも断るかね?会うだけでいいんだよ。お見合いとして会って、それで断るのはいい。どうだね?」
こんの、くそジジイ!
「断りますからね」
「かまわないよ。会ってくれるなら」
「ああ、でも、大学の時の君は覇気のない目をしていたが、今の君なら息子になって欲しいところだがね」
そんな称賛全く嬉しくねぇ。
*****
「理人、ヤバいぞ。日向さんから有給休暇願いが出た」
ウチの事務所では、勤務時間や有給提出等を全てネットで管理している。
有給をとる時は仕事の進み具合等あるので、なるべくは会社に直接電話連絡するように、とは言ってあるが、メール連絡も可としている。
奈都からはメールが来たらしい。
「今、日向さんはテレビ関係だけだから、許可したぞ」
ああ、せっかく捕まえた、と思たのにまた逃げられた…。いや、逃がすような隙を作った俺が悪いのか…。
「だ、大丈夫か?」
翔が心配そうに聞いてきた。俺の顔は今そんなにヤバい感じなのか?
「あと、道香からメールが来てるか、確認しろ」
は?なんで三枝のメール?
自分の携帯を取り出してメールを確認する。
『なっちゃんを預かった。返して欲しければ身辺整理して出直してこい』
読んだ後、翔にも見せた。
男二人で目を合わせたまま沈黙する……。
「あー、道香のヤツ、気になるから仕事終わったらこっち来るって言ってて、出ていった日向さんとカチ合ったらしい」
「はあ…。まあ三枝と一緒ってわかってるなら、まあ……」
「有給、5日出てるぞ」
……マジで逃亡する気だったな。




