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クールなメガネ上司の裏表  作者: キョウ
32/48

32: もう聞きたくない。

「このお話、大変申し訳ないのですが、今回はご縁がなかったということで、お断りさせてもらってもよろしいですか?」

 にこやかな顔で神沢さんがキッパリと言った。

「あー、やっぱり?」

 たいして残念そうでもなく、相楽さんは目の前のテーブルに置いてあった書類にタラタラとコーヒーをかけ、空になったプラスチックのカップを後ろになげた。

 隣に座ってる相楽さんのお付きの人がハラハラしている。以前会ったことのある、私が知ってる人とは違う人。前の人も突拍子もないことをする相楽さんに振り回されて、いつも大変そうだった……。

 神沢さんはそれを一瞥して、表情を変えずに続けた

「役不足で申し訳ありません。先程そちらの資料で説明した通り、うちの事務所では建築関係の実績に乏しく、ご希望の内容に添えないと判断致しました」

「使えねー。デザインはここで建物は別んとこ、ってことはできねぇの?」

 やろうと思えば出来る。神沢さんも理人も、協力してくれる建築事務所を知らないわけでもない。でも、そこまでやるつもりはない。

「他をお当たり下さい」

 応接室は一瞬止まった。

 神沢さんから珍しく出ている威圧感で、相楽さんが止まったからだ。

 理人をチラリと見れば、無表情で相楽さんを見ている。あれはあれで怖いだろうな……。

 と、視線を前に戻したら相楽さんがこちらを見ている。

「なっちゃーん、なんとかならないの?」

「なりません」

 なんとかならない理由を、懇切丁寧に明記した書類は私が作成したものだ。それをコーヒー漬けにされて、私はポーカーフェイスが保てそうにない。


「まあ、断ってもいいけど、今ウチでやってる取材もオコトワリすることになるヨ」

ニヤニヤしながら相楽さんは言った。

 何それ?脅し?

「構いません。なんなら今ご連絡頂いても」

 神沢さんは涼しい顔で答えてから、私を見た。私は携帯を取り出して谷中さんにかける。

 ワンコール鳴った所で相楽さんが両手を上げた。相手が出る前に通話を切った。

「なっちゃん、やめて。わかりましたよ。降参。神沢くん、なかなか骨があるね」

 相楽さんは立ち上がった。

「残念。神沢デザイン事務所に作ってもらった、っていう箔を付けようと思ったのに」

 先回りして、応接室のドアを開けて待っていたら、通りすぎざまにグイっと顎をつかまれた。

「なっちゃん、キレイになったね。また遊ぼうよ?」


 朝、相楽さんがこの事務所に来た時は、理人が見えないようにずっと手をつないでいてくれた。それで震えそうになる膝をなんとか押さえた。

 応接室に座って、神沢さんが淡々と説明しだしたら、たいぶ冷静になれた。

 でも今は、以前と変わらない得体の知れない沼のような細い目で見られて、ゾワリと鳥肌が立った。その瞬間、振り解くより先に後ろに引っ張られ、いつの間にか理人の腕の中にいた。

「あらあら、こないだもいたね君。如月…理人くんだっけ?」

「名乗った覚えはないのですが?」

 理人の声が固く冷たい。

「確かに名刺はもらってねぇけど、親戚の見合い相手の名前くらい知ってるよ」


 頭の中が真っ黒になった。

 私はもちろん、神沢さんも理人も息すら出来ないくらい止まった。

 理人の腕の中にいるのに、一気に心が冷えていく。

 追い討ちをかけるように、相楽さんはさも愉快そうに言った。

「しかも、元カノとでしょ?変な感じだよねぇ。それも元サヤって言うのかな?」

 やめて。

 もう、これ以上聞きたくない。

 相楽さんは私の顔を見てニイと笑った。

「じゃ、ボクはこれで失礼するよ。なっちゃん、気が向いたら連絡してね」

 バタン、と応接室のドアが閉まった。本来なら事務所のドアまでお見送りするのが礼儀だけど、三人とも止まったまま動かない。


 私を抱えていた腕がゆっくり下がる。

 後ろから理人の震える声がした。

「……奈都……」

「どういう、こと……ですか?」

「奈都、ゴメン。話そうとは思ってたんだけど……」

「どういうことって聞いてるの」

 理人の顔が見れない。振り返れない。

「……教授に相楽のことを聞きに行ったとき、そういう話があって…。もちろん、断るつもりだ」

 理人のことだ。相楽さんの話をあそこまで深く聞いた手前、その場で断り切れなかったんだろう、ってすぐ分かる。

 でも、分かるのと感情は別物だ。

 足が、勝手に動く。理人から離れる。

 後で理人が息をのむ音がした。


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