30: ちょっと落ち着いて下さい。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って」
「やだ。待たない」
狭い車の中で抱きしめられてるこの状況。
定食屋を出て車をとめたコインパーキングまで少し歩いた。ここまでは普通だったのに、車に乗ったとたん、理人はギュウと抱きしめてきた。
なんでいきなり!?
「守山に抱きしめられたのか」
それかー!
理人は意外にも独占欲が強い。ってことを、こないだ思い知らされた。理人が納得するまで散々鳴かされたというのに、こんなとこで火がついてしまっては困る!
「理人、ホントちょっと待って!っ……んん!」
両耳のあたりをガシッとつかまれ、噛みつくようなキスが降ってきた。
思いが通じあってからの、箍の外れっぷりがスゴい。
なんとなくわかってはいるんだけど、多少セーブして欲しい。
バシバシと胸板を結構な力で叩いたら、やっと唇を離してくれた。
「ごめっ……」
欲情した顔を堪えるようにして、謝ってきた。あ、本人もわかってはいるのか。
「うん。大丈夫だよ…。……え、と……、不安?」
「あー、不安っつーか、ずっと探してたから……、腕の中にいるのが嬉しくて、調子に乗ってるだけデス」
顔を赤くしてそっぽ向いてる。なにこれ、かわいいんですけど。
「う……、調子に乗ってるのはいいんだけど、仕事中はわきまえましょう」
理人は、おもむろにスーツのポケットに入れていたメガネをかけた。
「わかりました。では、出発しますのでシートベルトをして下さい」
と言って前を向いて無表情になった。
肩を震わせて口を押さえていたら、横からボソリと聞こえた。
「笑うな」
*****
「………………。理人、言っていいかしら?」
「ダメだ」
「やだ、言うわよ。だって、何コレ。こんな理人見たことないんだけど。すっごい新鮮。ムカつく~!」
今日は黒髪のショートボブに玉虫色のスーツ、シャツは白いけど、立襟にはこれでもか!というくらいのヒラヒラのレース、靴も白い革靴、というのが東海林さんのファッションだ。
相変わらず顔はおじさんなんだけど…。
隣には相変わらずのナイスバディをシンプルなグレーのパンツスーツに包んだ三枝さんが座っている。
服がシンプルなだけに、よりボディラインが際立つ…。
でもって、私の隣にピッタリ寄り添ってるのは、端正な顔に銀縁メガネで硬質な雰囲気を漂わせてるクールなイケメン……。
ここに、金髪のガタイのいい神沢さんが混ざったら……。
こないだは想像しただけだったけど、実際に目の当たりにすると、クラクラしてきた。これ、大学の時、他の人は近寄れなかっただろなぁ……。
三枝さんの会社について案内される時に、受付嬢は理人から目を離さなかった。
応接室でお茶を持ってきてくれた女性も、三人を見てちょっとおののいた後、そそくさとお茶を置いて出ていく間際に、私を一瞥して出て行った。
うん。分かってるよ。
この強烈な三人と一緒にいるだけで、自分の存在感がなくなってく気がする。
なのに、理人は私の横にピッタリくっついて離れない。東海林さんが珍獣でも見るような目で理人のことを見ている。
「まあ、大学の頃から特定の彼女も作らず、卒業後もずーっとミューズを探してるのは知ってたからねぇ…。理人が彼女の前ではこうなるとは思わなかったけど」
「そうよね。私も翔から聞いたけど、見るまで想像出来なかったわ」
三枝さんまで同意してる。理人はそんな二人にかまわず、私の肩に頭を乗せて腰に手をまわし始めた。
「え……と、じゃあ皆さんの前での如月…さんは、どういう感じなんですか?」
思いきって聞いてみた。
三枝さんと東海林さんが顔を見合わせている。
「ごめんね。面白がってるわけじゃないのよ?理人はそのままよ。別に普段はあんな堅物な態度じゃないし。ただ、私達も知らなかった執着する理人が珍しいだけ」
三枝さんが言った。執着する理人……、う、うわー!その言葉に顔に熱が上がってきた。
「そうよぅ!私達はホント良かった、と思ってるのよ。このまま理人は1人でイケオジになってくのかと思ってたんだから!ミューズを探してる時も、もし見つかっても理人に応えてくれるか心配してたの。でも、杞憂だったみたいね。アナタもこないだに比べたらすごい安定してる。理人に愛された?お肌もツヤツヤね」
ニッコリ笑って東海林さんに言われた。これ以上赤くなれないくらい顔が熱い。
そうだった。東海林さんとはテレビ局で倒れた時以来だった。
「で、今回の本題ね」
東海林さんが真面目な顔になった。
「なっちゃん……、うわあ、理人目つき悪っ!わかったわよ、「日向さん」にまずは説明するわね。私、グラビアやショーのメイクアップもするけど、テレビ局で女優さんやタレントさんにメイクすることも多くて、こないだみたいにあそこの局にもよく出入りしてるのよ」
こくこくと頷く。
初めて会った時は、トーカさんを知らなくて失礼だったと思って、その後ちょっと調べた。
テレビに出演するようなメイクアップアーティストは世間に名前がよく知られてるけど、トーカさんは裏舞台で活躍するタイプの人なのに、メチャクチャ有名人だった。
まあ、ビジュアルからして目立つけど、その腕前は一流女優さんからご指名が入るほどで、なかなか予約が取れないらしい。
そんな忙しい人をスパイみたいに使って申し訳ない。
「相楽がどんな奴なのかは、今までも聞いたことあったから、多少は知ってるんだけど、個人事務所を作る、っていうのはちょっと怪しいのよね」
「というと?」
くっつきすぎの理人を押し返してたら、そんな私にかまわず理人は東海林さんに聞き返した。
「そもそも、いつも仕事サボって他人に任せてるような奴なのに、独立したって仕事が来るわけないのよ。局側だってアイツがサボってること知ってるし、一部のスポンサーですら知ってるのよ。他局だって知ってる可能性が高いわ」
「仕事あるかどうかはどうでもいいけど、翔から聞いたけどテナントじゃないなんて、資金は?」
三枝さんが聞いてきた。
「それは確実にご実家からでしょうねぇ」
「要は奴の実家を知ってるのか?」
「知らないの。それも不思議で、局の誰に聞いても、どこぞの次男ってとこまでで、詳しいことを知ってる人がいないの」
「奈都は知ってる?」
首を左右にブンブン振る。当時も資産家の息子とか、政治家の息子とか、局のお偉いさんの息子、とかいろいろ言われてたけど、結局わからなかった。
「一応、その辺も調べておくか」
「翔が言ってた教授から?」
三枝さんは神沢さんから今回の経緯をあらかた聞いたらしい。
それによると、今回の依頼は相楽さん本人からの依頼と共に、理人達が大学の時にお世話になった教授からの口添えもあった、と。
「高科教授からだもんねぇ…。無下に断れなかったんでしょ。教授は相楽さんとやらの実家の誰かと懇意なわけね?」
「俺が聞いてくるよ」
理人がめんとくさそうに言った。それを不思議そうに見た私に三枝さんが教えてくれた。
「理人は教授のお気に入りだったの。だから多分教えてくれるわ」
なるほど。
「でも、高科教授からなら尚更断りづらいじゃない!」
「ま、断る理由がないわけではない」
冷静に言う理人がこちらを見た。
「奈都は分かってるだろ?」
こくん、と頷く。
相楽さんの依頼は神沢デザイン事務所にはちょっと無理なのだ。




