29: 探させてすいません。
「明後日、相楽さんが打ち合わせに来るよ」
週明けの朝1番に神沢さんに言われた。
いつもの応接室。隣には理人。
「わかりました。私はその日、何をしますか?備品の買出しでも、資料集めでも、なんでも言って下さい」
そう言う私を神沢さんは、困ったような目で見てきた。
「一応、聞くだけ聞くよ?相手側から日向さんの同席を求められてるんだけど……」
喉からひゅっと音がした。
体が強張る。
あの人はまだ私にこだわるの?
理人を見たら、「奈都の思うようにすればいい」と目が言っている。
支えてくれる理人がいて、理解してくれる神沢さんや万由子、かなちゃんやお父さん、今の私には前より沢山の味方がいる。今なら相楽さんと対峙出来るだろうか?
「同席…、します」
意を決して言った。
「いいの?」
神沢さんが心配そうに訪ねる。
「仕事として、同席します。ただいるだけじゃなくて、役目を下さい」
「……わかりました。理人も、それでいいね?」
スーツでメガネの仕事モードの理人は無言で頷いた。
その目が私に向くと、優しく細められた。
つい、と人差し指の背で頬をなぞられる。無言でも理人の言いたいことがわかった。
ふと、神沢さんに聞いておきたいことを思い出した。
「あの……、ちょっと疑問があって……」
二人からの視線が集まる。
「相楽さんの個人事務所…ってテナントではなく新築…建物から?だとしたら、建築関係の方とか入ったり……しないんですか?」
「気付いた?」
神沢さんが苦笑いする。
「相楽さんはその辺は曖昧で、一応ウチはデザインやコンセプトは請け負うけど、建築の専門的な知識はないですよ、って言ってはあるんだけど……」
「「神沢デザイン事務所」っていう名前だけで依頼してきたとしか思えない」
理人がバッサリ言った。
*****
応接室から出て自分のデスクに戻ると、守山君が近づいてきた。
「奈都先輩、金曜はありがとうございました。おかけでイベントは大成功でした。あと……、車では、すみませんでした……」
最後の方は小声だ。
「イベント、大成功なら良かった。あの飾りのカオスっぷりは私も楽しかったよ。……謝らないでいいから。私の方こそごめんね?」
結果的に守山君をフッたことになる。でもお陰で理人のことをハッキリと自覚することが出来た。
「ありがとうね?」
と言って守山君を見たら、顔を赤くして複雑そうな表情をしている。「?」と思ってたら、守山君が顔を耳元に近づけて、更に小声で言われた。
「襟足に跡つけられてますよ」
またやられたー!
今日は髪を1つにまとめていたのを、あわててほどく。
さっき理人に会った時に言ってくれればいいのに!絶対わざと付けたんだ!
顔が真っ赤になってる自覚がある。守山君の顔が見れない。
「如月さん……ですか?」
あー、もう、聞かないでぇ…!
いたたまれなさすぎて無言で微かに頷いた。
「そっか……。まあ、奈都先輩がもう泣かないなら、しょうがないか……」
ため息まじりに呟いた守山君は、次の瞬間大声で言った。
「奈都先輩が泣くようなことがあったら、また抱きしめてあげますよ!」
いくら理人のデスクが1番奥だからって、今のは聞こえただろう。守山君は理人の方を見ている。つられてそっちを見たら、そこには背後に吹雪を従えた無表情がこちらを見ていた。
ひいいい!
こないだの守山君の前で泣いたのでさえ、執拗に聞かれ、ものすごい嫉妬を見せられたのに、これはもっとヤバいかも……。
なのに守山君はしてやったり、という顔をしている。
*****
「私の知らないうちにトントン進んでんじゃないわよーっ!」
万由子は目の前の唐揚げにグサッと箸を突き立てた。お行儀悪いぞ。
昼休み、会社からちょっと遠い定食屋さんで万由子とランチをしている。万由子は唐揚げ定食、私は焼き魚定食を頼んだ。
とりいそぎ、万由子には理人と思いを伝えあったことを報告せねば、と私から誘ったのだ。
「ごめん……。私にも怒涛の展開で……、超ド級のジェットコースターの終点にご褒美が待ち構えてた……みたいな感じなのよぅ」
「はぁ、まあでも、前に言ってた「もうこりごり」を飛び越えるくらい如月さんが追っかけてきてくれたわけね。あの、クールな、如月さんが……」
「溜めて言うのヤメテ……」
「だって全然想像つかないんだもん。甘々な如月さんも、口悪い如月さん……はちょっと見たな、全力で追いかけてくる如月さんも」
やっぱりそういうイメージなの?
「さっきのテレビ局の取材でも、社長は太陽、如月さんは月みたい、って言っちゃったし」
あー、それもあながち間違いではない、と思うんだけど。満ちたり欠けたり、いろんな顔があるとこ。いつもは表側しか見せないとこ。
今日は午前中にテレビ局の取材があった。
今回は神沢さんメインではなく、社員から見た社長、ってことで数名がインタビューを受けていて、万由子もその1人だった。
「なんかさ、あのADの女の子にやたらと如月さんのことを聞かれたんだけど……」
谷中さんか。
「なんて?」
「彼女はいるんですか?とか、会社ではどんな感じですか?とか…。次のインタビュー受けるのが神崎さんで、もー、お姉さまの目線が痛い痛い」
万由子は定食の味噌汁を飲み干した。
「まだ奈都が如月さんとくっついたって知らなかったから、あの子には「彼女がいるかは知らない」って言っちゃった」
「それでいいよ。神崎さんもいたなら、余計に」
「会社では隠すの?」
「私は、隠したいと思ってるんだけど」
「……、如月さんは違うのね」
「理人、ああ見えて独占欲すごくて……」
「もしかして、守山君?」
「うう……。そう……。多分、守山君はもう裏理人を見たかも」
「裏理人って…」
万由子が突っ込む。
「っていうか、守山君の気持ちをニブちんの奈都が分かってるってことはついに告られたの?」
「……。万由子は知ってたのね……」
「端から見てたらすぐわかるわよ」
そうだったのかー。食後のほうじ茶をすすりながら、なんだか申し訳なくなった。
今まで、他人を寄せ付けないようにしていた、そんな私に好意を寄せてくれていたのに、気づいてないわ、振るわ……。
「でも、いいんだよ。奈都は今までなんか殻に閉じ籠ってていつになったら出てくんのかな、って思ってたもん。それが如月さんに引っ張り出されて、だいぶ雰囲気も明るくなったし。」
万由子はニッコリ笑って言った。その笑顔が私ではなく、私の後ろに向けられている…。
「奈都、こんなとこにいた」
首に巻き付く両腕と、耳元で聞こえた低音にゾクリとしてしまった。
「り、理人っ!」
「ランチ、山岡さんと行くなら、ひと言言ってから行けよ。探した……」
走ってきたのか、ちょっと息が上がってる。
目の前の万由子の唇がふるふる震えてる。ちょ!笑い堪えてるでしょー!!
「如月さん、私先に戻るので奈都のことよろしくお願いしますね」
そう言って万由子は伝票を理人に手渡した。ちゃっかりしてるな!
理人も当たり前のように受け取って、「ん、山岡さんサンキュ」と実に普通に対応してる…。
「理人、ご飯食べたの?」
「まだ。ここで食っていい?」
「いいけど…。昼休みあとちょっとしかないよ」
さっき、私が食べた焼き魚定食を注文してる。
和食でも好みは一緒なの?
「食ったら三枝んとこ行くぞ」
「へ?なんで?」
「要に相楽のことを調べてもらってて、丁度三枝の会社に行くって言うから」
なんで東海林さんが三枝さんの会社……って、思い出した。三枝さんの会社は化粧品会社だった。メイクアップアーティストのトーカさんとは繋がりがあるのか。でも、わざわざ調べてって……
「言っとくが、奈都のことだけじゃなくて「神沢デザイン事務所」としても取引出来る相手か調査する必要があるからな。気にするなよ」
先回りして言われた。
「わかった。あ、でも私、ランチだけのつもりでお財布しか持ってきてないよ」
「大丈夫。俺、カバン持ってきてやったから。車に置いてある」
さすが出来る如月さんは仕事が早い。




