25: 私のことは気にしないで下さい。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
佐原さんにそっぽ向かれた時より、相楽さんに変な噂を流されて友人だと思ってた人に影口をたたかれた時より、もっとひどい。
気付いたら自分のベットに突っ伏していた。
どうやって帰ってきたんだっけ?
そもそも元は家にすぐ帰りたくなくて、目的もなく繁華街をうろうろしてたんだった。
さすがに疲れて、カフェで休んでいいかげん帰ろうと店を出たところで、目が合ってしまったのだ。
だって、ものすごい目立ってた。
背の高い美男美女が抱き合ってネオンの街を歩いてたから…。
理人の次に目が合った三枝さんが、ものすごく申し訳なさそうな顔になったのを見て、私の方が申し訳なくなった。変に気を使わせてしまった。
挨拶もしないで、走り去ったのは大人げなかった。
名前を、呼ばれたような気がした。
呼ばれてたとしても、止まりたくなかった。早足で繁華街を通り抜けて、多分電車に乗ってボーッとしたまま帰ってきたんだ。
マナーモードにしてた携帯が最初に振動して、名前を確認してから電源を切った。
そもそも私に何の話があるというのか。
三枝さんは顔を赤らめてて酔ってる感じだった。きっと、理人が酔った彼女を優しく介抱するのだろう。
私にしたみたいに。
胸が痛い。
普通じゃん。
仕事が終わってカップルが二人で飲みに行く……なんて普通じゃん。
理人が好きって自覚した直後にこれって……。
あー、できれば見たくなかったな…。
コンコンとノックされた。お母さんの声がした。
「奈都?起きてるの?」
「……何?」
「今、会社の方が来てて…奈都に用事があるっていうんだけど……」
お父さんはまだ帰ってきてないし、かなちゃんもいない。初対面のお母さんに、この時間……。理人には都合の悪いこの条件を利用させてもらう。
「それ、急ぎじゃないから。具合悪いの。帰ってもらって」
「そう?わかったわ」
しばらくすると玄関の明け閉めする音がした。
もう何も考えたくなくて、ベットの上で寝転がってヘッドフォンを着けた。周りの世界をシャットアウトするように大音量でロックをかける。数年前には毎日のようにしていた現実逃避方法にまた手を出してしまった。
幸い、明日は私は休みだ。
守山君はイベントの手伝いだろう。
ドラムの激しいビートに集中して、他のことを考えるのをやめる。
いつしか眠りの世界に堕ちるまで、そのまま目をつぶってやりすごそう……と思った。
「おい。泣くのは俺の前でって言っただろ」
突然、爆音がなくなったと思ったら、ゾクゾクするような艶のある声が耳元で聞こえた。
ぱっと目を開けると、目の前には理人の整った顔がちょっと怒ってる。
「なっ、なななな、なんでっ!?」
「「な」が多すぎる」
なんで、私の部屋に理人がいるの!?
今まで爆音ロックの世界にいたのが、急に現実に引き戻されて頭がついていかない。
更にはこの体勢。
ベットに寝転がってた私の上に、腕をついた理人が上から覗きこんでる……。
「お前、守山の前で泣いたのか?なんで泣いてる?」
「ちょっと待って!まずはどいて!」
理人の肩を押したけど、びくともしない。顔の横の両腕が檻のよう。
「奈都、まずは冷静に理人君と話をしなさい」
お父さんの声がした。
は?
そこでやっと、お父さんが理人と一緒に部屋に入ってきていたことに気付いた。
っていうか、お父さんいるのにこの体勢!理人、どういう神経してんのよーっ!
「理人君、お手柔らかに」
「うす」
「うす、じゃないでしょ!!あっ、お父さん、この状況で部屋を出ていくなんて、ちょっと待って!なんで!」
プチパニックになってる私にお構い無く、理人はまた聞いてきた。
「奈都、なんで泣いた?っていうか、今も泣きそうだな」
もうやだ。
なんなのこの状況。
「なんで理人はここにいるの?さ、三枝さんはどうしたんですかっ」
「ですか?まだ言うかこの口は」
ぐにっと片手で両頬をつかまれた。口がアヒル口になる。痛い。
さっきからお互いの会話が噛み合ってない気がするんだけど…。
「なんで泣いた?なつ?」
しつこいな!
「奈都、こっち向いて」
目線をそらせたら、あの時と同じように、甘い甘い声で囁かれる。
うう、それやだ。
口から手が離れて、その代わり右肩に理人の頭が乗っかった。心臓がものすごい勢いで脈打ってるんだけど。
「言ってくれなきゃわかんねぇ」
「そっちこそ、なんで私にかまうの?」
「わかんねぇ?」
「?わかんない。ポスターの女性だから?」
理人の動きが止まった。顔を上げて、私と目線を合わせる。
「俺にとってあのポスターの女性がどんな存在か、知ってる?」
言ってる意味がわからない。




