23: 自覚させないで下さい。
視界の中には、上質そうなグレーのウールの布地と、それに続く大きな手のひら。
嗅ぎ慣れてしまった香りで、もう誰だかわかる。
「り……、如月さん、見えないんですけど…」
後ろから顔にかけられてる手が離れた。
振り返ったら、いつものようにビシッとスーツを着たメガネの無表情があった。
神沢さんと一緒に朝から外出していて、今戻ってきたらしい。
「守山君、明日の飾りはどうなりましたか?」
手を離した後は私には一瞥もくれず、仕事モードになった。
「はいっ、倉庫の在庫でなんとかなりそうなので、これから奈都先輩と倉庫に取りに行くところです」
えっ……。そんな話してない…。
「昨日、片付けたなら場所とかすぐわかりますよね?」
ニッコリ笑顔を向けられた。
確かにわかる。それに守山君が担当してるイベントは明日だ。倉庫に取りに行った足でそのまま会場に運ばなければならないかも。更にさっきの一覧表だと結構かさばるモノが多くて人手もいりそう…。
そう考えて、手伝うことに同意した。
「そうですか。会社の車を使っていいですよ。その代わり、明日他で使用予定があるので、必ず戻ってくること」
「はい。わかりました」
それを聞いた理人はうなずいて、神沢さんと話しながら去って行った。
守山君は素早く手荷物をまとめ始めた。今すぐ向かうつもりらしい。
「奈都先輩、行く途中でランチしましょう」
「う…うん…。いいけど……。ちょっと如月さんに連絡することがあるから、先に駐車場で待っててもらえるかな?」
そう言って、如月さんの後を追った。
「あのっ……り、如月さん!」
自分のデスクに荷物を下ろしている理人が顔を上げた。
「お願いがありまして…」
と、小声で言うと「なんでしょう?」と笑顔で返してくれた……。けど、目が、笑ってない…。
な、なんで……。怒らせるようなことしたっけ?
「あ、あの……」
思わず躊躇すると、するりと手を取られた。
理人のデスクは事務所の一番奥で、人数もまばらな今なら、誰も気付かないかもしれない。だけど、会社で触れてくるのはやめて欲しい。自分の顔が赤くなってるのがわかる…。
更に理人は私の手の甲を親指でなぞる…。
「……っ!」
勝手に体がビクンと反応してしまった。
「ん?」
相変わらずの笑ってない目で見てくる。
こ、この人は~!
私をからかって遊んでるのね!
「あのっ!下の名前で呼んだり、敬語じゃない喋り方は会社ではしないでもらえますかっ!」
小声ながらも力が入ってしまった。
「なんで?」
うう、まだ笑顔だよ~。こ、怖い…。
「色々と支障が出るからです!」
「支障?」
聞き返された時、はっと気づいてつかまれてた手を振りほどいた。
「理人さん、お疲れ様です。外は寒くなかったですか?良かったらコーヒーどうぞ」
と、言いながら神崎さんがリフレッシュコーナーのコーヒーを持って近づいてきた。
「ああ、ありがとうございます」
無表情に戻った理人は、これまた感情の入らないお礼を言って、コーヒーを受け取らない…。
いや、そこ、せめて受け取ってあげてー!と、心の中で思いつつ、一歩下がった。
「じゃあ、そのように、よろしくお願いいたします。失礼します」
早口で言って、理人の席から離れた。
神崎さんの目線が刺さりそう。
私は自分のデスクからカバンを取って、駐車場に走って向かった。
*****
よりによって守山君が選んだレストランが、昨日理人と来たイタリアンの店だった…。
まあね、この近くで手軽で美味しくて……ってなると絞られるよね…。
「あっ、俺これ食べたい」
と守山君が選んだのは私があまり得意ではないゴルゴンゾーラチーズが乗ったピザ。
「シェアします?」
と聞かれたけど、ごめん、それは出来ないなー。
お互い、自分の注文したものを食べて、シェアはしなかった。昨日は全て理人とシェアして、いろんな種類を食べれた……。
「食い物の趣味が合ってていいじゃないか」
と、理人が言ってたことを思い出す。それだけで、なぜか胃の奥がぎゅっとなった。
その後も、倉庫で守山君と作業してても昨日の理人の影がチラついて、手が止まってしまう。
「奈都先輩、大丈夫ですか?具合、悪い……?」
「え?あー、ごめん。ボーッとしてた」
一覧表を元に、必要なものを次々段ボールに詰めた。商店街のイベントに使う飾りはノンジャンルで、ありとあらゆるものを使って飾るようだった。
いろんなお店がある商店街のお店を、国に見立てて「万国博覧会」として、あらゆるものを包括しているのが商店街だ、というテーマらしい。
で、段ボールに詰めたのは、自由の女神やピサの斜塔の模型、季節問わず桜やひまわり等のいろんな種類の造花、万国旗はすでに会場にあるらしいが、大正ロマン風のポスターから、近未来風のロボットの被り物、はては膨らませればかなりな大きさになる恐竜のバルーンまで、本当にわけわからないラインナップだった。
でもこれ、1ヶ所に全て飾ったらかなりカオスで面白そうな会場になるな、と思った。
会社のバンに荷物を乗せて、イベント会場まで走らせた。
守山君が運転してくれたけど、車内は無言だった。たまにチラチラこちらを見てくる守山君に気付かず、ボーッとしてたらふいに話かけられた。
「如月さんと、昨日は何を話してたんですか?」
「え?」
「だって、あの人が普通にプライベートの話するとか、想像しづらくて…」
笑いそうになった。そうか、守山君には理人はそういうイメージなんだ。
確かに私も最初はそうだった。
無機質な顔と声でサクサクと仕事をこなしていくクールな上司…。
それがあの夜、突然猫科動物に変貌して動揺しまくったんだった。
素の如月理人は全然クールじゃなくて、口は悪いけどすごく優しい人……。
「奈都先輩は……如月さんのことが、好き…なんですか?」
突然の質問にビックリして固まる。
「えっ?」
「如月さんの話になると、なんていうか……、雰囲気が違う」
信号で止まって、守山君は私の方を真剣な目で見た。
――― 好き。
本当は好き。
あの優しい温もりの中にずっといたいと思ってしまうのは、好きってことなんだろう。
でも、望んではいけないものだと自分でブレーキをかけていたのに……
「奈都先輩……」
守山君が頬をついっとなぞった。?と思ったけど、涙を拭われたんだと気付いた。
「やだ……。なんで?」
知らぬ間に流れてた涙に自分でビックリだ。
「泣くくらい?気持ちは伝えた?」
「……言えないの。秘密にしといて」
「言えないって、どうして…。如月さん、彼女でもいるんですか?」
鋭いなー。こういう勘の良さも彼が若手の中でも優秀な所以なのだろう。
「もうこの話はおしまい。忘れて。そろそろ会場でしょ?向こうは誰かいるの?」
明るく言ったつもりだったけど、守山君は乗ってくれなかった。
「奈都先輩が泣くくらいなら、俺にしとかない?」
「え?」
会場の駐車場に止まった。夜の闇にホールの明かりが漏れてる。突然ぐいっと頭を抱えられ、守山の腕の中に閉じ込められた。
「大事にするし、忘れさせてあげる。ね?俺じゃダメかな?」
頭から降ってくる声は優しい。
でも違う。
あの、甘い艶のある低い声と違う。
心から安心できるハーブの香りと違う。
力強いのにふわりと優しい温もりと違う。
―――私が欲しい、如月理人と違う!
気づいたら守山君の胸板を思いっきり押し退けていた。




