19: 昔の話をします。その2
「あー~……、奈都はアイツと付き合ってたのか?」
変な表情の理人が聞いてきた。
首を左右に振る。
ただ、ご飯食べたりしてただけ。
当時の私も、相楽さんにとって自分が特別な存在だなんて思ってなかった。他にも遊んでる子がいることも知っていたし、私も相楽さんのことは、異性としての意識はなかった。
*****
なのに、相楽さんは信じられないことを言い出した。
私のことを「俺に婚約者がいることを知っていながら、付き合って欲しい、と迫られてた」と。
それを周りに吹聴しまくって、ついには私が通っていた大学にまで噂が広まった。
『婚約者がいるのに略奪して、婚約者を自殺に追い込んだ女』
それが、私に付いたレッテル。
もちろん周りから友人達は遠ざかっていった。
心配してくれてた佐原さんは、私がそんなことをしてないことを知っていたのに、相楽さんのバックに怯えて庇ってはくれなかった。
友人達の態度より、佐原さんの方が私にはショックだった。
大学にもしばらく行けなくなって、かなちゃんがすごく心配してくれた。この頃のことはよく思い出せない。部屋にこもってぼーっとしてたら1日が終わってるような毎日だった。
更に、事件からだいぶ経って、周りも静かになってきた頃に、ずっと連絡のなかった相楽さんからまた食事の誘いがあったのだ。
どういう神経してるのか、わからなかった。
謝られるのかと思って、かなちゃんに一緒に来てもらって、待ち合わせ場所に行ったら開口一番
「あれぇ?デートに弟連れなんて、不粋だなぁ」
と言ってまるで悪びれもせずニヤニヤしてた…。
「かの子さんはどうしたんですか?」
「ああ、退院したよ。でももう婚約は解消したよ。いくら良家のご令嬢でもねぇ。年増で傷物なんて勘弁だよ」
*****
「止める間もなく、かなちゃんが殴ったの」
「そりゃ……、殴るわ。逆に彼方を褒めたい」
「でも、そこで相楽さんに通報されて、かなちゃん、傷害の前科持ちになっちゃったの」
「……」
絶句してる。そりゃそうだよね。
「裁判で?示談とかは……?」
「もちろん、やれることはやったけど、向こうはお金かけて有能な弁護士雇って……。敵うわけないよ……」
「もう、メチャクチャだった。なんか、誰を信じていいのか、お金やコネさえあればどうにでもなる世の中なのか……。かなちゃんや家族以外は敵みたいに思ってる時もあった」
理人が痛ましいものを見る目で見てくる。
あんなことがあったのに、まだ気軽に声をかけてくることが信じられなかった。もはや別次元の人種みたい。相楽さんが何を考えているのかさっぱりわからない。ぺたりとしたあの細い目の奥に、私には理解出来ない得体の知れない怪物が隠されているようで、怖かった。
「それで、あんなに怯えてたのか……」
理人は、はーっと深いため息をついた。
「ありがとう。話してくれて」
「こちらこそ、聞いてもらって……ありがとう」
ずっと誰にも、自分から話したことはなかった。
話すことを、思い出すことをずっと拒んできたけど、実際に話してみたら案外過去のこととしてちゃんと話せた。そのことに自分でちょっとビックリしてる。
「理人には申し訳ないことに、だからこのポスターは私とかなちゃんにとってはちょっと黒歴史なんだよね……」
二人して4枚のポスターを見る。
「俺にとっては、転機のきっかけになった写真だ」
「そう言ってもらえると、私もかなちゃんも報われるわ」
理人はニヤリと笑って言った。
「彼方が超シスコンなわけもわかった」
「いい弟でしょ」
「ああ、妬けるくらいにな」
妬ける?そんな感情……どうして……
「さて、そろそろ終わりにするか」
周りを見渡して、理人が立ち上がった。
完全に片付いたわけではない……けど、最初に来た時よりはだいぶ空間が空いた。
時間は5時過ぎ。外はもう真っ暗だった。
ポスターを元のように壁際に片付けた。他の社員に見られて私だと気づかれたら恥ずかしい、という私を笑って、理人は布まで掛けておいてくれた。
「ちょっと、事務所寄るけど…」という理人について行った。私もメールチェックやら細かい連絡やらあったからだ。