18: 昔の話をします。その1
ポスターの人気がクチコミで広がって人気が出たまでは良かった。
でもその後、私とかなちゃんは置き去りで大人の都合で話はどんどん転がり、テレビCMを制作することになった。
もちろん、カメラマンはかなちゃんじゃない。カメラマンはすげ替えられても、私はそのまま起用された。
本当はやりたくなかった。
私はただ、弟のコンクールに協力しただけ、だったのに…。
スタジオでの撮影だった。
かなちゃんが撮った森の中の風景とは全く違うコンセプト。
もはや最初に起用してくれた、広告代理店の担当の佐原さんへの義理だけでやっているようなものだった。
大勢の大人が関わって、右往左往しているスタジオでどんどん強張る表情。そんなとき、声をかけてきたのが相楽さんだった。
「君、せっかくかわいいのに、顔固いね。嫌なら嫌って言っていいんだよ?」
その時の私には天の助けくらいの声かけだった。
それを言われて、その場で泣いて止めたいと言ってしまった。
佐原さんも私が無理してるのを分かっていて、そこから各方面に謝り倒してくれて、撮影は中止になった。
「ごめんね。ごめんね。なっちゃんが無理してるの分かってたのに、もっと早く止めてあげられなくて、申し訳ない……」
いつも飄々とした感じのお兄さんぽかった佐原さんは、この時ばかりは私とかなちゃんにひたすら謝ってくれた。
損害が出たであろうことも分かってはいたが、佐原さんがどうにかやりくりしてくれたらしく、頑なに教えてくれなかった。
「あの……なっちゃん…聞いていいかな?あの時、声をかけてきた人―相楽君と連絡取ってるの?」
と、佐原さんに聞かれた。
あの後、連絡先を聞かれて、何の疑問も沸かず教えていた。何度か一緒にご飯を食べた。かなちゃんを交えて食事をしたこともあった。
その時は相楽さんはまだディレクターではなく、いずれテレビ局に入社予定で、今はあちこちで修行中で、映像関係の会社や広告代理店等、メディア関係の仕事をあちこちで手伝ってる……と言っていた。
当時はそんな働き方もあるのか、と思ったが今にして思えば、親のコネを使ってあちこちに無理矢理雇ってもらっていたのだろう。どこも長く続けている感じではなかった。
相楽さんは、見目は悪くもなく、ひょろりとした感じで、服装はお金をかけたお洒落さだった。ノリが軽くて、おしゃべり上手で、女の子の扱いも慣れていて……。
いつも相楽さんから誘われて出かけてたけど、私も楽しかったのであまり断ったりしなかった。相楽さんと出掛ける回数は増えて行った。
佐原さんが心配して、何度か「彼とはあんまり…」と止めていてくれたのに、いつも会ってもご飯だけだったので、あまり気にしてなかった。
そしてある日、家に見知らぬ女の人が訪ねて来た。
うちの玄関先に立つその人は、とっても清楚なお嬢様、って感じだけど年齢はそこそこいってそうで、とても思い詰めた顔でこう言った。
「利之さんと別れて下さいます?」
「え?」
と聞き返した瞬間、隠し持っていた包丁で、彼女は自らのお腹を刺した……。
*****
「奈都を刺すんじゃなくて?自分を?」
「……そう」
持っていたカラーボールのどっさり入った段ボールを理人に手渡し、棚の上部に上げてもらう。
部屋の床は8割くらい見えてきた。
作業しながら過去のことを話すことにしたのは、理人の提案。「あんまり、がっつり思い出さなくても、ザックリでいいからな」という、あれだけ聞きたがっていたのに、いざとなると気を使ってくれる理人が優しい。
「婚約者だったの。相楽さんの」
ビックリした顔で理人は止まった。
「コネ使いまくりなことで薄々気付いてたんだけど、相楽さんていいところのお坊ちゃんなんだよね。で、ちょっと年上の許嫁がいたの。」
相楽さんはその婚約者さんをメチャクチャ蔑ろにしていた。
平気で他の女の子と遊びに行ったり、約束をすっぽかしたり、そのくせ彼女が誰かと遊びに行くのを許さなかった。
元々、お嬢様育ちで世間知らずだった彼女は、最初はそれが普通だと思っていた。おかしい、と気づいた時には彼女の心はもう壊れかけていた…。というのを知ったのは、もちろん後々だ。
その頃にちょくちょく会っていた私を彼女だと思い込み、あの行動に出たのだ。
「待て、その婚約者はどうなった?」
話が重くなってきて、二人とも片付ける手が止まってる。理人は床に座り込みペットボトルのコーヒーを飲んでいる。私は全く使用されていないキッチンカウンターの下に寄りかかって座っていた。
「多分、生きてる。今のところ」
その妙な物言いに、理人の片眉が器用に上がる。
「あの人、自分を刺した後、私の方に倒れてきたの。血がすごく出て、水溜まりみたいになった……。彼女も私も血だらけで、かなちゃんが呼んだ救急隊もどっちがケガしてるかわからないくらいだった。私も動揺してて上手く説明出来なくて……」
*****
二人して病院に運ばれた。もちろん私はケガなんてしてないから、彼女の手術が始まった時には、血だらけのまま病院の廊下のベンチに放心して座っていた。
警察と彼女の両親が来て、放心してる私を見て最初は完全に犯人扱いだった。
特に彼女のご両親はすごい剣幕で責め立ててきて、警察官が止めに入るほどだった。
「お前みたいな小娘、潰すことなんか簡単なんだぞ!?」
「なんでうちの娘が、こんな目に?あなたみたいな普通の子と違うのよ?」
「もし、あの子が死んだら、お前に責任をとってもらう!!」
幸い、うちの隣の娘さんがバイト帰りに目撃してて、証言してくれた。(最初は怖くなって逃げ帰ってしまったのだけど。)
「結局、彼女は一命を取りとめて、数年後には体は完治した、と聞いたの。私、あのご両親が怖くて、警察の人に言ったの『彼女がこの件以外でも病気とか事故とかじゃなく亡くなったら、連絡を下さい』って…。今のところ連絡は来てないから、生きてる……と思う…」




