17: そんなこと言われても困ります。
如月さん……理人が出してきたものを見て、唖然とした…。
「な、なんで……これ…」
当時、貼られた場所は限られていた、と聞いた。あとは雑誌の広告くらい。テレビCMやネットの広告には載せないことで希少性を出す戦略だった。
夏に向けた炭酸飲料の新製品は、そこそこ売れた。とはいえ、次々に新商品が出る業界で埋もれていくのも早かった。
「これ、彼方の写真なんだろ?」
4枚連作のポスターすべてがちゃんとパネルに入ってこんなところに保管されてるなんて、何度もこの倉庫には来ていたが、知らなかった。
「……そう、かなちゃんの、初めて賞を取った…作品で……」
元々は、写真部だったかなちゃんが部活の活動の1つとして写真コンクールに応募した作品だった。
そのコンクールでは銀賞だったのに、広告代理店のデザイナーの方の目にとまり、炭酸飲料の新製品の広告に起用された。
「で、これは奈都なんだよな?」
ポスターの写真は、森の中の水辺に白いワンピースの女性が佇んでる、という構図。4枚それぞれで角度が違って、表情も違う。
*****
「痛っ!かなちゃん、ここ痛いんだけど!」
「もーっ!さっきから寒いだの痛いだの、可愛い弟の作品のために、がまんして!」
わざわざお父さんに車を出してもらって、森深い山まで撮影しに行った。
春先のまだ肌寒い中、薄手のワンピースに素足で水辺に立たされて、私は文句ばかり言っていた。
逆にそれが良かった。
一枚目は寒さに固まった仏頂面。二枚目は苛立ってる怒り顔。
アングルを変えたい、と持ってきた脚立に乗ってカメラを構えたかなちゃんが、バランスを崩して脚立ごと傾いた時に絶妙に撮れた、三枚目はビックリ顔。
お父さんがあわてて脚立を押さえて、脚立の上で必死にバランスを取ったかなちゃんのポーズがおかしくて、四枚目は全開の笑顔。
かなちゃんはそれを同じ構図ではなく表情がわかるように段々アップになるように撮っていた。
どうやってるのか、写真に詳しくない私はわからないけど、かなちゃんは光をとらえるのが上手い。写真の中の私はかなちゃんの光効果と相まって、別人のように生き生きとした透明感のある人物として写っていた。
*****
「当時、結構斬新だったんだぜ。女優やモデルでもない被写体だし、高校生の作品を企業広告に使って、更に炭酸飲料の広告なのに商品の写真が載ってない…。」
「うん。ちょっと騒がれた。かなちゃんはこれをきっかけに写真を仕事にしようと決めたの」
四枚のポスターを空いた窓際に立て掛けて眺めながら、複雑な思いにかられていた。
かなちゃんの将来の方向が決まったのは良かった。けど、私と相楽さんとの出会いもこれがきっかけだった…。
「俺は、これを見てデザインの道を選んだ」
不意に理人が後ろから言った。
「え?」
振り返るより先に後ろから抱きしめられた。
「美大を出たものの、特にやりたいことがなくてフラフラしてたんだ。その時に駅でこのポスターを4枚連作で見て引き込まれた。調べたら高校生の作品と知って更に衝撃。俺、四年間何してたんだ?って。んで、最初は単純に広告系の職につこうとしてたんだけど、その頃翔が事務所を作ろうとしてる所で、広告に限らず色々やるけど一緒にやらないかって誘われて、今の事務所の立ち上げから参加したんだ」
初めて聞く、理人の過去。
でもまさかきっかけがかなちゃんのポスターだったなんて…。
「ずっと、探してたんだ」
「……?」
「このポスターの女性を」
それって、私……。
「企業に問い合わせても個人情報だから、と教えてもらえなかった。写真を撮った高校生も、コンクールで賞を取った、という情報だけでは探せなくて。このポスターだけは翔がツテでもらってきてくれた」
なんか、恥ずかしさにいたたまれなくなる。
あれ?でも……
「なんで、これが私だって…気づいたの?入社してから数年は気付いてなかった…よね?」
後で苦笑してる。
「わりぃ。気付いてなかった。でも去年?偶然、彼方の写真展を見たんだ。同じように森の中の奈都が写ってるやつ。その時、奈都に会ってるんだけど、覚えてねえ?」
私が写ってる、かなちゃんの写真展…。
「お前、綺麗なワンピース着てて会社と別人だった」
ふいに思い出した。
かなちゃんの写真展のレセプションパーティーと言う名の飲み会に、無理矢理連れてかれたことがあった。写真のモデルも、もうやるつもりはなかったけど、あの頃ちょっとスランプ気味だったかなちゃんに頼み込まれて1回だけ協力した。
「写真を見て、ポスターと同じ奴だってすぐ分かった。なんだろな。彼方の写真は自然体なんだけど独特の雰囲気がある。柔らかい。アイツ、優しいだろ。あと姉ちゃん大好き」
ぶっ、と吹いてしまった。その通りだったから。
そして更に思い出した。
写真展の会場で、かなちゃんの写真を同じように誉めてくれた長身のモデル体型の男性がいたことを……。
「あれ、理人だったんだ……」
「やっぱり、気付いてなかったかー」
「だって、あんまり顔見てなかったし、スーツじゃなかったし!」
「俺は奈都だってわかったけどな」
何その勝ち誇ったような言い方。
グイっと顎を捕まれて振り向かされる。
「あのポスターの屈託のない笑顔を生で見たかった。……なのに、奈都だって気づいた時にはもうあの笑顔はなかった」
びくっとした。
相楽さんとの一件以来、自分が上手く笑えてる気がしない。周りに合わせて上手く立ち回ってるつもりでも、ずっと心の底には澱が溜まってる感じで、たまにそれが浮上してくる。
「また、あの笑顔を見せろよ」
真摯な目で見つめられた。
そんなこと言われても。
「相楽だろ。そろそろ何があったか教えてくれないか?」
この人は、逃げてもごまかしてもどこまでも追ってくる。それが嫌ではないことに、もう気付いてる。私のこの気持ちが何なのかも、本当は分かってる。ダメなのに。頼りたい。理人が私にこだわる訳を知った今、話だけならしてもいいだろうか?
彼女がいる人なのに、頼る後ろめたさを今だけは見ないことにしてもいいだろうか?




