16: 逃がすかよって言ってんだろ
ぼぐっ……
めちゃめちゃ気持ち良く寝ていた所、頭部に衝撃を感じて目が覚めた。
「理人!!何やってんのよ!!」
朝方までは確実に抱きしめていた温もりが、いつの間にか無い。
ガバリと起きたら、なぜか三枝が右手をぐうにして仁王門立ちしていた。
「アンタ、家にまで連れ込んだくせに……逃げられるようなこと……したんじゃないでしょうねぇ!?」
朝っぱらから憤怒の形相の三枝はいささか刺激が強い…。
ガバッとシャツを脱いで聞いた。
「いつ?今さっき?」
「ちょっと!目の前で着替えないでよっ!今さっき!玄関ですれ違ったわ」
三枝があわててくるりと後ろを向いた。
クローゼットから適当な服を選び、車のキーをつかんで家を飛び出した。
「私、これから出張だから、じゃあね!」
という三枝と別れて愛車に乗り込む。
毎日追いかけっこしてるようだ。
こうなったら絶対逃がさねぇ。
昨日のあの奈都を、放っておくわけにはいかなかった。駅で追い付かなかったら事務所どころか、自宅まで行くくらいのつもりだった。
泣いて泣いて、自分の殻に閉じ籠ろうとする奈都をただひたすらに甘やかした。けれど、最後まで相楽の話はしてくれなかった。
まだ足りない。
どうしたら俺を信用してくれるようになる?
そもそもここまで逃げるって、それもどうなんだ?
嫌われてはいない……と思う。多分。
甘い言葉に真っ赤になりながらも、すがるように向けてくるあの茶色い瞳と、スーツの裾に伸びてきた手を信用するしかない。
自宅前まで来たときに、さすがに「俺はストーカーか?」という疑問も浮かんだが、脱兎のごとく走り出した奈都を見たら吹き飛んだ。
無自覚か?あれ。
確かに全力で逃げてる。
どんくさいかと思ったら、意外と足早いし。実際、見失ったし。
でも、逃げる前の一瞬、確かに目が言っていたのだ。
「おいかけて」
と。
*****
『ごめんてー!だって聞かれたら答えるしかないじゃん。神崎さん、アグレッシブなんだもん。なに?いいとこだったの?寸止め的な?』
「違う」
東海林といい翔といい、こいつら俺を何だと思ってるんだ。
それまでふざけてた翔が真面目な声で言った。
『来たよ。相楽ディレクター。個人事務所を新築するそうだ』
「そうか……」
どうやって奈都に会わせないようにするか、頭のなかで算段を始める。
『どう?聞けた?』
「いや、天岩戸はなかなか固くてな」
『もっかいごめん。俺はある程度聞いちゃった』
「例の会社か?」
『そう』
「俺は奈都から聞く」
『ああ、そうしな。とりあえず今日は事務所来なくていいから、倉庫をお願い。アレもそこにあるから。バラすなら丁度いいでしょ』
「……わかった」
通話を切ったところで、向こうから席に戻ってくる奈都が見える。
二人ともカジュアルな格好だったので、ランチも近場の気軽なイタリアンにした。
「こないだもそうだったけど、如月さんはなんで私の好みを知ってるの?」
観念したのか、リラックスしたのか、やっと敬語が取れた。口元が緩みそうになるが、それを見たらまた元に戻りそうで、スルーしておく。
「好み?」
聞き返すと、あらかた食べ終わった皿を指差して奈都が首を傾げる。
「如月さんが注文するもの、ほぼ私の好きなもの」
そんなことを気にせず自分が食いたいものを注文していた。
「そうか。食い物の趣味が合ってていいじゃないか」
「……。まあ、そう……ですけど……」
歯切れが悪い返事だ。
「食ったらまた倉庫の整理だ。翔に戻ってくるな、と言われた」
神妙に頷いてるが、これは相楽のことを心配してるのか、神崎のことを気遣っているのか…。
倉庫にしてるマンションに戻った。
また片付け再開だが、俺はあるものを奈都に見せようと思っていた。しかし、そのあるものがまだまだ奥の方にある。
「如月さん、これはさっきのと同じにしていい?」
数冊のファイルを持って奈都が聞いてくる。
わざと返事をせずに、自分の作業の手を止めずにいた。
「如月さん?」
俺の顔を覗きこんでくる。
目線だけ合わせて無言でいると、どうやら気づいたようだ。
「……っ、……り、りひと…さん?」
真っ赤になって目線を反らしながら小声で俺の名前を呼ぶ奈都は、想像以上にかわいかった。
でもまだ許さない。
顎をつかんでこちらを向かせる。
「ん?」
聞き返してやった。
「り、………………理人」
かなり間があったな。
「おう」
自分の顔が緩んでる自覚はある。やっと呼ばれた自分の名前が、とてつもなくいい響きに聞こえる。
「理人」
「なんだ?」
「――っ、理人」
箍が外れたらしい奈都は何度も俺の名前を呼んだ。
「私を、甘やかさないで……」
両手で頬をつかんで上を向かせる。
「なんで?」
「だって、これ以上されたら……、頼っちゃう」
「いいぜ?頼って」
「ダメでしょう」
「ダメじゃない。頼れよ」
しばし無言の後、目線をさ迷わせる。
「なんだ?こっち見ろ。何が不安なんだ?」
「……。不安とかじゃ、なくて」
なんか、我慢してるような顔してんな。
「言えよ。全部見せろって言っただろ?」
「―――っ!」
なんでだ?急に泣きそうな顔になった。
「俺は信用できない?」
そっと聞いてみた。
「ちがっ……違う!」
即座に否定してくれたのは嬉しいが、何かが引っ掛かってることは確かだ。
俺は奈都を離し、部屋の奥にまとめて置いてある大きなパネルの束に向かった。




