14: 追いかけないで下さい。
家に近付くにつれ、嫌な予感がした。
玄関前で仁王立ちしてる人がいる…。
しかも、遠くからもわかるモデル体型のシルエットで、かなちゃんじゃないことがわかる。
な、なんで?どうやって……??
気づいた時には回れ右して走り出していた。
「奈都!」
呼ばれたけど、止まるわけにいかない。
高校の時に陸上部だったので、多少足には自信がある。あるけど、あんなにコンパス長いのと、どう見たって今現在も鍛えてる体躯の如月さんに追い付かれるのは時間の問題だ。
ここは地の利を活かすしかない。
三軒先の角を曲がりすぐ右側の塀の隙間に入る。隙間を奥に進むと民家の庭だ。ここは幼なじみの家で、小さい頃によくかくれんぼしたことがある。
朝早くから勝手に入って申し訳ないけど、背に腹は代えられない。
如月さんはそのまま道を走り抜けていった。
朝っぱらから人んちの庭でしゃがみこんで何やってるんだか…。
はーっとため息をついて、立ちあがりこれからどうしようかと思っていたら……
「なつー!!」
げっ!?
叫んだ!!
し、信じられない……。あの如月さんが……
愕然と立ちすくんでいると、また聞こえてきた。
「なつ、出てこい!!」
お、怒ってる…。
っていうか、実家の近所で名前を連呼するのは本当にやめて欲しい!
「や、やめて!」
あわてて道に出て、小声で如月さんを止める。
振り返った彼は、ギロリと音がしそうなほどの目付きで私を捉えた。
たいして息もきらしてない如月さんは、大股で私に近づき、がしっと腕をつかんだ。
「逃げたな」
ひぃ!
「ご、ごめんな……さい……」
そのまま自宅の前まで連れてかれた。
さっきは気づいてなかったけど、家の前には深いブルーのSUV車がとまっていた。
「車で…来たんですか?」
「……そう。三枝に叩き起こされて、ぶっ飛ばしてきた」
今の勢いを見たので、その「ぶっ飛ばした」のがどの程度だったのかちょっと恐ろしくなる。
そして、三枝さん……あの後起こしたんだ…。
彼氏が他の女を追いかけてもいいんだ…。
なんだか二人の信頼度の高さを感じて、ちょっと心がチクっとした。
「待っててやるから、着替えとかしてこい。あ、汚れてもいい格好な。もしくは着替えを持ってくること」
と、玄関に向かって背中を押された。今日の仕事に関係してるのだろう。
「ゆっくりでいいからな」
振り替えるとさっきまでの怒ってる顔から、昨日の激甘顔になっていた。どういう切り替えなのか全くわからない。
家に入ると、かなちゃんが信じられないものを見る目付きで見てきた。さっきのが聞こえたんだろうな…。
「あの……ごめ……」
「朝帰りのあげく、痴話喧嘩?」
「ちわっ!?」
「昨日のこと、神沢さんから聞いた」
どんだけ筒抜けなのよ。
「思ったより、大丈夫そうだけど…」
そう言うかなちゃんの顔をまともに見れない。
昨日、散々如月さんに抱きしめられ、慰められて、確かに精神的にそこまで落ちてない。
それどころじゃなかった……っていう部分もあるけど。
廊下で立ち話してたらリビングからスーツを着たお父さんが出てきた。
「おう、奈都。おかえり、おはよう」
「お、おはよう。ただいま……」
き、気まずい……。
「彼方から聞いたから。まー、あれだ。理人さんも悪い人じゃなさそうだし。帰れない時は連絡だけは入れろ」
「……?う、うん」
あれ?なんでかお父さんは如月さんのことを知ってる?
「じゃー、行ってくるな」
と、言い玄関を出て行った。
ドアが閉まってから気づいた。玄関先で如月さんと鉢合わせしてる!と思ったら、ドア越しに聞こえてきたのは普通に挨拶してる二人の声…。
「アイツ、こないだ親父に会いに来たから」
「はあっ!?」
すっとんきょうな声が出た。
なんでどうしていつの間に!?
「なっちゃんが万由さんとご飯食べに行った時に、来たの。うちに。」
「なんで……」
「『娘さんのトラウマを溶かしたいから協力してくれ』って……」
絶句した……。
万由子とご飯したのって、いつだっけ?
その頃はまだ仕事やめるやめないとかの話で、相楽さんのことは「俺様粘着系」としか話してない…。
そもそもわざわざうちに来てまでって、只の社員にそこまでする?
「かなちゃん……、あの時神沢さんと何を話したの?」
私を見下ろしてたかなちゃんは、ため息をつくと、
「後で話すから…。如月さん、待ってるんでしょ?」
と言った。
かなちゃんが初めて如月さんの名前を言ったことに気づいた。
「後で、絶対聞かせてね」
念をおして、あわてて自室に入る。着替えを持って、今度はお風呂場に駆け込む。
「なっちゃーん、お母さんは今日帰ってくるから!俺ももう出るよー」
ドア越しに聞こえる声に返事をする。
あー、これでかなちゃんも如月さんと鉢合わせるじゃないか。
とりあえず、急いでシャワーを浴びて、着替えて、朝食は食べずに家を出た。
如月さんは車の中で、カーナビを操作して待っていてくれた。