11: 逃がすかよ
控え室に戻ったら、メモを残して奈都はいなかった。
「くっそ、アイツ!!」
悪態をつきながら、踵を返す。
さっき見たスマホのメールには『ご迷惑をおかけして申し訳ありません。1人で大丈夫ですので帰ります。神沢さんによろしくお伝え下さい』とカチンコチンの業務連絡のようなメッセージ。
まだそんなに時間はたってない。局の近くにいるハズだ。
奈都のことだから、この時間なら直帰とか考えずに事務所に向かうだろう。ここから事務所へ行くためのルートを頭の中で考えて、走り出した。
局の出口で入局許可証を投げるように返し、走り抜けたら周りが何事かと注目するが、そんなこと構ってられるか。
相楽、とかいう奴に触られた時の奈都の顔が、驚愕を通り越して死神にでも迎えに来られたような絶望の表情だった。
奈都のトラウマの原因は絶対相楽だろう。
しかし、あんな表情をするくらいの何を奴にされたのか…。
さっきから奈都のスマホにコールしてるのに、一向に出ねぇ。
せっかく腕の中に収めたあの温もりをもう離す気はない。
駅に近づくにつれ、増えていく人波の中に小さく縮こまってる全身黒っぽい彼女の背中を見つけた。
ホッとして、勢いでそのまま肩を叩こうと手を伸ばして……気づいた。
通り過ぎる通行人に、怯えてる…。
それでなくても小さい体を更に小さく縮めて、人が近くを通るたびに微かに震えてるのがわかった。
翔が言った「人間不信っぽい」は間違ってた。
多分、一度落ちるとこまで落ちて、克服してここまで来たんだ。『ぽい』どころではない。
「……奈都」
無意識に出た声は、自分でもよくわからないくらい優しく柔らかく響いた。
振り返った奈都は泣きそうな顔をしている。
「……っ……、きさ…っ」
そこまで言って手を伸ばしてきた。
俺が一瞬たじろいでしまったが、その手が遠慮がちにスーツの裾を掴んだのを見て、つい笑ってしまった。
奈都は無意識にやったことなんだろうけど、その伸ばされた手が、俺が奈都にとって大丈夫な存在になってることを表していることに、気付いているのだろうか?
泣く一歩手前の顔を見て、体を引き寄せそっと抱きしめた。
両腕の中で少し固まった奈都に
「1人で泣くな」
と言ったら、強張っていた体から力が抜ける。
往来のど真ん中で抱き合ってるのはわかっていた。でも今はそんなことはどうでもいい。
俺は、腕の中で静かに泣いている彼女をそのまま自宅まで連れ帰った。




