表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クールなメガネ上司の裏表  作者: キョウ
1/48

1: 脳内上司が崩壊するのでやめて下さい

 ちょっと待って。

 とりあえず、おちつこう。

 えーと、なんで今こんなことになっているのか。


 こんなこと、とは会社の応接室のソファーで、誰かの腕に抱かれて寝ている……というこの状況ですよ!!

 横向きに見える、シンプルだけど1つ1つこだわった什器を入れてる小部屋が、見覚えのあるわが社の応接室だということは、わかります。

 窓から差し込む光で、朝だってこともわかります。

 腰に回されたガッチリした腕で男性だということもわかります。

 ……でも、この後ろにいる人が誰なのか…怖くて振り返って確認することが、出来ないっ……!

 あれ、でもさっきからふわりと香るウッディだけどどこか爽やかなハーブのような香りは、どこかで嗅いだことがある…。

日向(ひゅうが)さん、起きた?」

 寝起きのちょっとかすれた低い声が耳元で聞こえて、盛大にビクンと反応してしまった…。

 こ、この声は…。

「……ん……、おはよう…。」

「うひゃう!!」

 振りかえるより先に、うなじに柔らかいものが当たって、変な声を出してしまった。

 今のって……、今のって…、今のって!?

 ソファーの背もたれ側にいる男性が、両手でしっかり腰と首もとを押さえてくれてる状態の私は身動きが取れないけど、とりあえずこの体勢をどうにかしたくて首の腕を外そうと試みる。

「くっくっくっ…。うひゃう、って……」

 そう言って笑う男性を体をひねってやっと見ることが出来た。


 いつもかけている銀縁メガネをしていない瞳は、切れ長で黒目が大きくて意志の強さを表している。眉も鼻筋もスッと通ったその顔は、誰が見てもイケメンと呼ぶ部類に入るだろう。寝ているから、いつもきちんと整えられた髪がくしゃくしゃになってて、額に垂れているのが色っぽい。

 仕事の時は常に仏頂面で近寄り難いその顔が、今はいたずらが成功した悪ガキみたいにニヤニヤしている…。

「如月さん!!」

 がばりと体を起こした私は、勢いでバランスを崩し、ソファーからずり落ちそうになった。

 すかさず、まだ腰にからまってた腕が力を込めて抱き止める。

「あっ…ぶね……」

 目眩がしてきた。

 これは誰?

 顔は私の上司、如月理人(きさらぎりひと)その人なのにさっきから表情もしゃべり方も別人なのだ。

「え……と、この状況…は? あ、おはようございます」

 まだ頭がちゃんと廻ってない。思い付いたことからしゃべったら変な順番になった。

 そう言いながらも自分を見下ろす。昨日着てた紺色のワンピースのままで、靴は脱いでる。カーディガンはソファーにかかっていてスカートはグシャグシャだ。

 如月さんは、ワイシャツとスラックスで、ジャケットとネクタイは向かいのソファーに置いてあった。

 キョロキョロしてる私に、寝たまままだ腰をつかんでる如月さんが面白そうに呟いた。

「覚えてねぇの?それとも寝ぼけてんの?」

 あああ、ちょっとそれやめて。

 私の中の如月さんがどんどん崩壊していく。

 そんな私の心の中を読み取ったのか、ムクッと起き上がった如月さんが、髪をかきあげ、ソファーの前のテーブルからいつものメガネを取り、かけながら言った。

「ああ、違和感がありますか?こちらの口調の方が日向さんには慣れ親しんだ上司、ですか?」

その、色気だだもれな動きと目線に硬直する。確かにメガネをかけて丁寧な口調で話す如月さんは()()()()彼で、慣れてはいるけど、親しんだ覚えはない。


「ちょっと、待っていてください」

 と言って、如月さんはジャケットを手に取り応接室から出て行ってしまった。

 そのまま、ソファーに座った状態で頭を抱える…。

 えーと、えーと、思い出せ。昨日は何してたんだっけ?

 大口の依頼の締め切りが昨日で、グループのみんなで連日必死になって作りあげた小冊子。データでの納品のはずが、相手側のシステムトラブルとかで直接データを会社まで届けるハメになって、グループリーダーの如月さんと、その時手が空いていた私とで二人で相手側の会社まで行ったんだっけ…。

 担当の方にデータを渡して、会社に連絡したら、社長がそのまま直帰していいと言うので如月さんと二人で飲みに行った…。


 ガチャリと応接室のドアが開いて、コンビニの袋を持った如月さんが現れた。

 ウチのデザイン事務所が入っているビルは、1階がコンビニ、2階が歯医者、3階がウチの事務所で、4階5階がエステ店が入っている。

 下のコンビニで買ってきたであろう袋を、テーブルに置いて如月さんは隣に座った。

 向かい側にもソファーあるんですけど…。

「朝ごはん、適当に買ってきたので、食べませんか?」

 メガネをかけた如月さんはいつもの無機質な顔で私の方を向いて尋ねた。

 やっぱりそうよね。こっちがデフォルトよね。

「い、いただきます」

 如月さんが袋から次々出したのは、私もよくお昼ごはんに買うラインナップ。

 ミックスサンドイッチ、チキンのサラダがそれぞれ二個ずつ。ランチではいつも無糖の紅茶だけど、朝だけは一杯砂糖を入れたカフェオレが飲みたい……と、思っていたら正に希望のものが袋から出てきた。

「……なんで……」

 小声で言ったつもりだったけど、しっかり聞こえていたらしい。

「朝は糖分とカフェインを取りたい、と言ってましたから」

 そんなプライベートな話したことあったっけ?


 そもそも、如月さんと接する機会なんて今までほぼなかった…。

 私が勤務しているこの「神沢(かんざわ)デザイン事務所」は社長の神沢翔(かんざわしょう)が設立した社員は20名ほどの小さいデザイン会社。普通の会社と違って、課長や部長等の役職はなく、5~6名ほどのグループを、受けた仕事の度に組んで、仕事を進めていく独特のスタイルだ。リーダーになる人はたいてい決まっていて、如月さんもその1人だけど、私が如月さんのグループに入ったのは今回が初めてだった。


 謎な人なんだよね…。

 もそもそとサンドイッチを食べながら、横で優雅にサラダを食べている彼をチラ見した。

 デザイン事務所なので服装規定はないのに如月さんはいつもビシッとスーツ。なにせデザイン系なので他の社員がかなり個性的なファッションということもあって、社内ではかなり浮く……というのも、もう周知なので違和感は薄れた。スーツとはいえおしゃれで、カフスボタンやたまにラペルピンなんかも使ってて決してサラリーマン風ではない。

 仕事ぶりも服装と同じように、キッチリこなす中にピリリとセンスが光ってて、私にはかなり好みのデザインをする。

 けれど本人はいつも無表情で、銀のフレームから覗く瞳はクールだ。

「仕事の指示は的確で頼れるリーダーなんだけど、何考えてるのかよくわからないんだよねー」とは私と同期の万由子の談。彼女は何回か如月さんの下についたことがある。

 同じグループにならないと、会話すらあまりしないので、存在は知ってても接点はなかったのが、今回初めて同じグループになって、更に謎は深まった。


「日向さん、昨日の服のままだけど、大丈夫ですか?」

 ふいに話かけられ、ドキっとした。

「大丈夫です。着替えがありますので」

 私服でオッケーな仕事場なので、ふいにフォーマルな格好で外出しなきゃいけない時用にスーツを置いてある。更衣室はないが、トイレで着替えられるだろう。お風呂に入ってスッキリしたいところだが、事務所にシャワー室はないし、家に帰ってるほどの時間はない。

「私は自宅が近いので、一旦帰ります」

如月さんは食べ終わった容器を片付けながら言った。

 まだ出社にはかなり早い時間だし、フレックスタイムを採用してるので、予定さえなければ実は何時に出社してもいい。

 こくん、と頷いて如月さんを見たら

「一緒に来ますか?」

 と言われた。

 え?なんで?

ギョッとして固まる。

「服はともかく、メイクとか髪はそのままでも?」

 昨日、どうなって朝までソファーで寝るハメになったのか、まだ思い出せてないけど、服がそのままならメイクもそのままってことで……。

 今の自分の顔がとんでもないことになってることに気付き、とっさに如月さんから顔をそらした。

 と、そらした顔の顎を捕まれぐいっと元に戻された。目の前に如月さんの感情を現さない瞳がある…。

「そのままでも充分かわいいですよ」

 この一言で魔法が溶けるように昨晩のことを思い出した……。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ