プロローグ
【医療関係者、薬剤師など薬について詳しい方へ】
主人公が服用している薬は作者が医者に処方して頂いている実在の薬です。
青少年保護のため、薬名を伏せておりますので作品を読み薬名が解ったとしても感想への書き込みはご遠慮ください。
ご協力の程、よろしくお願い致します。
僕は子供の頃から、喘息を患っていた。医学が発達した現代では日々の吸入さえ怠らなければ発作もおこらない。だが更なる病気、過眠症に襲われた僕は日々の昼間の眠気に戦い続けていた。
コックリコックリと頭を揺らし、時には机に突っ伏して意識を失ってしまう。そんな姿はサボっているようにしか見えなかったのだろう。テストはトップクラスだったものの内申点で大学の推薦を貰えず、大学受験さえも途中で意識を失い、辛うじて合格できたのは2流大学の体育学部だった。
今、考えると不幸だったのだろうがオリンピックに新種目として50メートル走が追加された。今のままでは就職活動さえもままならない。例え就職出来ても居眠りでクビ確実だろうと考えた僕は50メートル走でオリンピックに出場し有名になることを夢見て必死に練習した。
体育学部内で50メートル走に特化した練習が良かったのか。地区予選、県大会、国体と表彰台に登れるようになっていた。
だがオリンピック出場を前に意識を失う発作に襲われた僕は、1錠、ほんの1錠眠気覚ましの薬を飲んだだけなのだ。それなのにその1錠に人生の全てを奪われてしまった。もちろん僕はこの薬がドーピング検査に引っ掛かるようなものだとは知らなかったのだ。
この薬は僕にとって非常に重要だ。突然意識を失う僕にとって命綱同然だ。この薬が無ければ意識を失い電車に飛び込んでしまうかもしれないし、車の前に飛び出してしまうかもしれないのだ。
そのことを何度も記者会見で説明しても誰も納得してくれない。ドーピング検査に引っ掛かる薬を服用した僕が悪だというのだ。日本陸上界に恥を掻かせた。日本人に恥を掻かせたというらしい。
大学も何かと理由を付けて陸上部から辞めさせられ、免除されていた学費さえも返還せよという。もう辞めるしかなかった。
閉鎖しなかったのがいけなかったのかSNSは炎上していて、僕の悪口ならまだマシで『死んでお詫びしろ』とまで書かれてしまった。
ノイローゼにならないわけがない。僕が何をしたというのだ。
薬を使って記録を伸ばす行為は命を失うリスクがあることは周知されている。つまりリスクを覚悟して使った選手が死んでいくことこそ、本当の意味で平等で公平じゃないのだろうか。持病のため用法用量を正しく守り服用している僕だけが何故なんだ。
世間で悪い意味で有名になっていた僕は、オリンピックの正当性を訴えるという謎の組織の人々に狙われ出した。
初めは脅迫状だったが、次第にエスカレートしていく。今考えると近所の人間のイタズラだったのかもしれないが住んでいるところをネット上にオープンにされた。
落書きをされる。後ろから跡をつけられる。ありとあらゆる宅配の食べ物が何十人前も届く。という嫌がらせを受けた。
さらにエスカレートし通りすがりに殴られた。
もちろん警察に訴えたが動いてくれないどころか門前払いだ。被害妄想だろうかと思ったこともあったが、それが真実だと気付いたときには全てが終わっていたのだ。
警察からの帰り道、きっとリークされたのだろう。空き地に連れ込まれ、集団で暴行され、助けを求めたが通りがかる人は見て見ぬふりだった。それどころか別の集団に取り囲まれるとナイフが胸から生え、大量の血液が飛び出したのだった。
ここはどこだろう。
周囲は白い雲の中のような光景。
目を覚ますと1人の老婆が立っていた。
「気付いたかね。酷い人生を歩ませてすまぬ。」
皺だらけの顔をくしゃくしゃにして泣いてくれていた。ここは天国らしい。神様が泣いてくれている。それだけでこれまでのことが何でも無いことのような気がした。
「いいえ。僕が意固地になってしまったのがいけないんです。でも自ら死を選ばなかった。それだけは自慢できます。」
ドーピング検査が陽性になったとき全てを投げ出してしまったなら、自ら死を選ぶしか無かった。
「うん。そうね。偉かったね。」
まるで母親の手で頭を撫でられているようだ。
「僕を殺した人たちはどうなるんですか?」
「人間には転生できないだろうね。草かな。」
草なんだ。自業自得とはいえ僕という人間さえ存在しなければ人を殺すことも無かっただろう。悪いことをしてしまった。
「申し訳ないことをさせてしまった。僕さえこの世にいなければ、人を殺すことなど無かっただろうに。」
「貴方って人は・・・・・・こんなことで慰めになるとは思わないけど。この先、いろんな未来があるの。その一つに貴方が殺された後、世界各地で憲法判断に絞って訴えを出す選手たちが相次いだのよ。多くの違憲判断がでた。そしてドーピング検査の方法が変わったわ。病気の人が損をしないように。」
僕は自分がオリンピックに出場することばかり、考えていたというのに。
「僕は人間に転生できるんですか?」
今度こそオリンピックに出たい。まだあきらめきれないのだ。なんて僕は欲深い人間なんだろう。
「そうね。いろいろ選択させてあげる。こんどこそ後悔しない人生を送ってほしい。」
今の記憶が残ったまま、鍛え上げた身体もそのままに転生できるらしい。病気は治せないそうだ。そうするには完全に生まれ変わるしか方法が無く、記憶が消え、赤ちゃんからやり直しなのだそうだ。
『翻訳』『鑑定』『状態』『箱』といった基本スキルと特出したスキル。僕は『強靭』スキルを選んだ。肉体を鍛えれば鍛えるほど病気から縁遠くなるらしい。
転生先は異世界でも良いと言われたが、古代ギリシャの選んだ。どうしてもオリンピックに出場したかったのだ。
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