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【深木】はらぺこさんの異世界レシピ  作者: 深木【N-Star】
第二章
67/71

№9 危険な夜会1




 ――アルバンさんの衝撃的な告白から三日後。

 私は、それはそれは盛大なパーティーに参加していた。


 極東の国オリュゾンとクレアスの末永い親交と繁栄を願う乾杯で始まったそのパーティーは、準備期間がたったの二週間とは思えないほどの規模と豪華さで開催されており、大国の威信を招待客達に存分に知らしめる。

 その証拠に夕刻から始まりすでに数時間。

 夜通し行われ予定だというパーティーの勢いは衰えることなく盛大に賑わっていて、紳士淑女の明るい笑い声をザウエルク城内に響かせていた。


 

 先行きの見えないほど長く続く大ホールを、キラキラと光を反射するシャンデリアが照らし出す。

 その下では、何千人の人間がいるのか想像つかないほど多くの人がひしめき、色とりどりのドレスに身を包んだ女性達が男性のエスコートを受けながら楽しそうにクルクル踊る。

 社交ダンスを楽しむ男女から柱を隔てた壁沿いにはギャラリーのようなスペースがあり、等間隔で並べられた机では人々が酒や豪華な食事に舌鼓を打っている。



 そんな中、私とレイスは食事を提供してくれるギャラリーの片隅にいた。

 今回ルクト様達が立てた作戦は、私という囮に寄ってきた人々を人気の少ないところに誘導し、人ごみに紛れながら捕縛・回収していくというもので。

 まず、アルバンさんが持ってきた情報を元に勇人君達が行なった裏付け調査によって、明らかになった面子をリスト化。そしてそれをヨハン陛下とルクト様がそれぞれの身分や会場内での役割別に仕分けし、会場から居なくなっても目立たないよう回収の順番を決めたそうだ。

 あとはリストに名が乗っている人々とは関りが薄く、信頼できる騎士や魔法使いを選別し、標的を割り振り、回収するまで監視しておく手筈になっている。


 今の時間は、作戦に参加している騎士や魔法使い達がそれぞれの担当の標的を見つけて監視に入るのを待っている最中で、準備が整ったらレイスに合図が来るとのこと。まぁ、言うなれば束の間の自由時間ってことね。

 ちなみに、勇人君は魔王の血を引いているという男を見張っているらしい。あまり早くにその男と戦い始めてしまうと、戦いの余波などで察知され捕縛しなければいけない面々に逃げられる可能性があるので、そちらも頃合いを見計らって仕掛けるんだと勇人君が言っていた。


 アルバンさんは私に声を掛ける役目を与えられていたため、今朝から失踪中という設定になっている。友人さん達は失踪したアルバンさんを心配しつつも与えられた配置に就いており、敵方の作戦や行動に大きな変化があったらルクト様達に連絡を入れるという二重スパイみたいな状態らしい。

 チラッと耳にした話だとアルバンさん達は元雇われ農家さんだそうなので、そんな危険なことをして大丈夫なのか大変心配なんだけど二重スパイをすることが贖罪の一部となるそうで、この任務を受けておいた方がこれからのためになるみたい。


 私はまだ会ったことがないんだけど、ベルクさんが言うには友人さん達も自分達の将来のために頑張ると言っていたそうなので、あとは彼らの無事を祈るばかりである。

 ――全部終わったらアルバンさんの友人さん達と会いたいな。



 そんなことを考えているとパチッとレイスと目が合ったので、私は緊張を悟られないようおもむろに口を開いて話しかけた。


「さすがに、もうお腹いっぱいだわ」

「そうだな……」


 社交ダンスに興じる男女で賑わうホールを柱越しに眺めながらギブアップ宣言すれば、レイスも重々しい声で頷く。

 そんな私達に、占拠していたテーブルの側で待機していた人々がホッと胸を撫で下ろしているのを目の端で捉えてしまい、心苦しい気持ちで胸がいっぱいになった。

 でも、玉葱のスープに鳥のシチューに生姜焼き、ドリアとボロネーゼのパスタにスイスのフィレ・ド・ペルシェを思わす白身魚のムニエルにグラーシュに似た牛らしきお肉の煮込み料理、チーズや果物、それからマルクさんが作っただろうプリンなどの菓子類。

 どれも美味しくて、お腹が満たされてはワインや果物で休憩し、また食べて、苦しくなったらお菓子をつまみ、また隙間が空いたら新しい料理を追加して、とついつい欲張っちゃったのよね。


 ギャラリーを忙しなく行き来していたメイドさんやボーイさんが合間を見て私達の席の空いたお皿を下げ、飲み物を追加してくれていたもののその内に埒が明かないと判断されたらしく。専属と思わしき人達が数名、卓上が見える位置で待機していることに気が付いた時は衝撃を受けたし、本当に心から申し訳ないと思ったものである。

 緊張を紛らわすために食べ始めたら、美味しくて手が止まらなくなっちゃったのよね……。

 気が付けば暴食の限りを尽くしてしまっていたことを深く反省しつつレイスを見やれば、満足気に緩んでいたアンバーの瞳がパチリと瞬く。そしてスイっと自然な動きで上を見やったかと思えば次の瞬間スッと細められ、ピリッとした緊張感が私の肌を刺激した。


「マリー」

「準備できたの?」

「ああ。行けるか?」

「勿論」


 レイスの言葉に同意すれば、ごく自然な動作で立ち上がり側に来ると私の動きに合わせてスッと椅子を引いてくれる。その姿は大変様になっており、偶然見ていた紳士淑女から「ほぅ」と感嘆の息が漏れた。



 ――すごく成長したよね。

 一年ほど前にオリュゾンの城で調査団の生還を祝い開かれたパーティーに参加した時とは比べものにならほど洗練された動きに、そして鍛えられて一回り大きくなったレイスの体にしみじみとそんなことを思う。

 オリュゾンの人々に別れを告げたあの日から、一年と少し。

 あれからレイスは本来の食材採取や山歩き以外にもフェザーさんやアイザさんをはじめとする周囲の人達から色々なことを学び、多くの技術を身につけて名を上げているみたい。この流れるようなエスコートは、ベルクさんから教わったんだって。

 ベルクさんがなにを思って貴族に引けを取らないエスコート技術を伝授しようとしたのかは不明だし、レイスもなぜ黙って身につけたのかわからないけど、こうして今役立っているのでまぁ、意味はあったんだろう。

 レイスが完璧なエスコート技術を身につけていたから私が客殿とパーティーのどちらを選んでも問題ないとルクト様達は判断したみたいだし、会場で困ることもないからね。



 ――それにしても、レイスは一体どこを目指しているのかしら?



 知識や技術はいくら身につけても邪魔になるものではないし、できることが増えればそれだけ人生の選択肢も広がるので悪いことではない。むしろ良いことだと思う。友人の人生が色んな可能性に満ちていることは私も嬉しいし、彼が重ねた努力を尊敬する。

 しかし間違っても、ベルクさんみたいにはならないでほしいと思う。

 いや、ね? ベルクさんは良い人だし、なんだかんだ言って知識も豊富で、とても頼りになる男性だと思うの。でもやっぱり普段の言動にちょっと難があるというか……。どこかからドレスや装飾品を調達してきてくれたのは大変助かったんだけど、着飾られた私を見て『男が女に服を送る意味を知ってるか?』って息を吸うように口説く姿には、さすがに思うところがあるわけで。

 ちなみにその言葉を聞いたジャンが顔を真っ赤にして怒っていたけど、私が抱いた感想は『現実世界でこんな台詞を吐く人っているんだ……』である。


 ――ベルクさんって気の使いどころが完璧だし、女性の好みもよくわかってるんだけど、なんか残念な人なのよね。

 あの調子では結婚は難しいだろう。口説き文句に熱がないというか、感情が伴なっていないので、一緒に居て快適だし楽しいから友達としては良いけど、恋人や旦那さんにするにはちょっと、と言われてしまうタイプだ。

 そんなベルクさんを見習ってしまうと好きな人ができた時に苦労しそうなので、レイスもその点に関してはパン職人のブールさんとか、フェザーさんとか素敵なご家庭を築いてる方々を参考に頑張ってほしいところである。


「マリー?」


 不思議そうな声で呼ばれてハッと我に返る。

 いけない、いけない。あまりにもベルクさんの言動が目に余るというか相変わらずだったから、要らぬ心配が胸を過って完全に思考が逸れてたわ。


「もう少し休んでから行くか?」

「ううん、大丈夫。行きましょう」


 若干の心配を滲ませて提案するレイスに首を振り、私は改めて会場を見渡す。

 ホールの最奥にある高座にはヨハン陛下や彼の娘であるエマ姫といったクレアス王家の面々と、ルクト様とジャンや護衛の騎士が談笑しており、和やかな空気が流れている。

 開始当初は挨拶周りやパーティー会場の雰囲気に浮足立ってあちらこちらに移動していた人々もすっかり落ち着いたようで、今は思い思いの場所でゆったり過ごしている。この様子なら、人気のない方を目指して歩いても、休憩かなにかだと思って標的も付いて来てくれそうだ。



 ……といっても、私はレイスに連れられるまま歩くだけなんだけどね。



 標的を監視している騎士や魔法使いの方々との連絡はベルクさんが取りまとめているようで、私達が歩く経路や誘い込む先などの指示もどこかからレイスに出してくれるんだって。

 チラリと視線を上げれば、二階のバルコニーの手摺に手をかけてパーティー会場を見守っていたベルクさんがヒラヒラと手を振っていたので、そちらにもお疲れ様ですと会釈して、私はレイスと共に歩き出した。



……あの人も不思議な人だよね。



 思い出すのは、パーティーに参加するのは危険だと主張するレイスとジャンを静止したベルクさんの姿。冷静に二人の考えの欠点を指摘し、パーティーに参加する利点を説く様子はまるで歴戦の戦士のようで、私の知るベルクさんとは別人のようだった。

 本業とは関係なさそうな特殊技能を沢山持ってる上に、町中やオリュゾン城内にも知り合いが多く、ルクト様からの信頼も厚い。本業はレイスと同じく山歩きだというけど、なんとなくそれだけではない気がする。



 ……まぁ、悪い人ではないんだけどね。

 ベルクさんについて考えつつ、レイスのエスコートに従い人波の中に身を投じれば、自ずと人々の会話が耳を掠めていく。




「さすがヨハン陛下。盛大な宴ですな」

「ええ、本当に。他所の国ではこれほど豪華なパーティーを開けますまい」


「物資の豊富さも人材の豊かさも、他の国とは比べものになりませんもの。こうして絢爛な空間に浸っているとクレアスの民で良かったと心の底から感じますわ」


「噂のオリュゾンを招いた所為か、今宵の料理はまた一段と美味ですな」

「ああ。そういえば君はもう豚肉を食べたか?」

「ええ、ショーユを使った生姜焼きをいただきました。添えられていた米ともよくあっていて、大変美味しかったです」

「あのような食べ物が一般的だというのだから、やはり勇者様がお生まれになった世界は違うな」


「それにしてもこのようなパーティーを開かれるとは、ヨハン陛下はよほどオリュゾンを重要視されているらしいな」

「異世界に帰還した勇者様がわざわざ舞い戻り、英知を授けたという国だからな……」

「勇者の授けた知識や技術のお蔭で、オリュゾンは極東の小国と思えないほど豊かだと聞いたぞ」




 人々の話題はやはりオリュゾンのようで、大国と呼ばれる国に一目置かれている様子に頬が緩む。

 オリュゾンの功績全部が勇者様のお蔭になってしまっているのは少し気になるけど、そんな風に伝わることをルクト様達が黙認しているということは、勇者様のお蔭にした方が都合のいいことがあるのだろう。ルクト様はみすみす手柄を取られたりはしないし、そもそも名を捨てて実を取るタイプの方だしね。

 むしろ、より国益を上げるために進んで勇者様の名を借りたのかもしれない。



 ……勇者様のお蔭で、私の存在はまったく広まってないようだし。

 私の存在は、上手いことなかったことになっているようだ。


 こうして耳に入る会話を聞くかぎり、私がオリュゾンでやらかしたことはすべて勇人君が授けた知識を元にオリュゾンの人々によって実行されたことになっているようで、名前はおろか存在した影も形もない。

 そのことに、少しホッとする。


 勇者であることを認めて生きる勇人君のように、異世界人という特別な看板を背負って生きる覚悟は私にはまだない。

 でも、女神様に仇成す人達がいて、放っておくと世界のバランスが崩れてまた魔王が復活するかもしれないと聞いた時、折角平和になったのに許せないと思ったし、私にできることがあるなら手伝いたいと思った気持ちに嘘偽りはなく。アルバンさんの話を聞いて、私にできることがあるならと囮役を承知したことも後悔はしてない。

 私を殺そうとしてるって知らされて緊張と恐怖はそれなりにあるけど、レイス達が守ってくれると信じてるし、なにもせずに黙って見ている方が嫌だと思うから。



 以前来た時にはなかった感情だ。

 ルクト様から世界的な食糧危機を知らされ、助けを求められていると気が付いても、あの時は自分の心が傷つかないことの方が大事だったのだ、私は。

 しかし今回、無期限の孤独に耐え切れずアルバンさんや騎士達やメイドさんと交流することを選び、再会したレイス達に会いたかったと口々に告げられ、私が伝えたものが根付き沢山お世話になったオリュゾンが豊かになったのだと教えられたことで、胸の奥でなにかが変化したのを感じた。

 たぶん、もう見て見ぬ振りはできないだろう。

 すぐに地球に帰るのだからと言って気が付ない振りしていた私に向けられる優しさや人々が伸ばしてくれる手、親しくなり過ぎないよう引いた線を越えて心の内を知ろうとするレイス達をきっともう振り払えない。

 それはきっと別れの時を辛くする。

 地球とアリメントム、どちらも選べなくて泣くことになるかもしれない。


 でも、





『――もう一度、口にできればとずっと思ってた』




 あの言葉の先になにがあったのか、知りたいと思ってしまった。

 この世界で出会った人々と親しくなりたいと感じる心に嘘を吐けず、止められない。

 それならば受け入れるしかないのだろう。

 いつか傷つく日が来ると知りながらも、進むしかない。


 ……大変なことになっちゃったな。


 頑張って心の壁を作り地球に逃げるように帰った苦労をあっさり無に帰した女神様に怒るべきか、この異世界に来る原因を作った人々を恨むべきか、自身の弱い心を嘆くべきか。

 なにが正解なのかはもはやわからない。


 確かなのは、今私が一緒に居るのはレイス達で、私が大地を踏みしめ生きているのはアリメントムという異世界だということ。

 だから私はこれから考えなくてはいけない。

 この世界でどう生きていくのかを。


「マリー」

「ん?」

「こっちだ」


 ベルクさんから指示があったのか、進む方向を変えるレイスに着いて歩く。



 ――今はこっちに集中しなきゃよね。

 ぼんやり考えごとをしていた所為でレイスとはぐれて攫われました、なんてことになったら笑えない。

 もしそんな事態になったら勇気を出して敵方を裏切り協力してくれているアルバンさんや友人さん達やこの会場で標的を捕まえるべく頑張ってくれている騎士や魔法使い達や、たった三日でこの作戦を立てたルクト様達の苦労や今この時も息を潜めて魔王の血を引く男と戦う時を待ってる勇人君に、お詫びのしようがないわ。

 レイスだってこんなに頑張ってくれてるのだから。

 チラリと見上げたレイスの真剣な眼差しに、私も頑張らないと気合いを入れ直し。

 私は世界の危機などなにも知らず、初めて参加する豪華なパーティー会場を楽しんでる異世界の娘として振る舞うべく、笑みを浮かべて興味のあるものを探すかのようにゆっくりと辺りを見渡したのだった。




***




 ――レイスにエスコートされながらパーティー会場を歩き回ること数時間。

 ある時はトイレに行く振りをして連れて来た女性騎士を、個室の中で待機していた魔法使いの皆さんが捕縛し。

 またある時は迷ったふりして誰もいない廊下へ向かい、最奥で疲れたと座り込んでレイスに飲み物を持ってくるよう要求。彼が離れたところで襲い掛かってきた魔法使いを、後方で監視していた騎士が捕縛し。

 またある時は人気のない場所ではぐれたレイスを探す振りをして歩き回り、背後から襲い掛かって来たメイドさんを天井に潜んでいた魔法使い達が捕縛し。

 またある時は気分が悪くなったと言ってレイスに休憩室に連れて行ってもらい、一人になったところで飛び込んできた男達を棚や寝台の中で待機していた騎士達が捕縛し。

 またある時は人気のないバルコニーに一人佇み、着いて来た青年が襲い掛かってきたところを物陰に隠れて居たレイスが昏倒させ、下に居る騎士に投げ渡して回収してもらってと。

 


 あの手この手で襲い来る人々を捕縛回収してもらうこと、しばし。

 


 長く大きいダンスホールを歩き回り、ベルクさんがいた二階のバルコニーや三階、お手洗いや化粧室、厨房やメイドさん達の控室など関係者しか入ってはいけない区画、休憩用に用意されている空き部屋、恋人やいい雰囲気になった男女が足を運ぶ人目を避けた逢引きスポットなどなど。

 もはや足を運んでない場所はないのではないかというほどパーティー会場を歩き回った私とレイスは、現在ダンスホールへと戻ってきていた。


「……休憩するか? マリー」

「そうしてもらえると、助かるわ」


 心配そうにこちらを見下ろすレイスに乱れる息を呑み込んでそう伝えれば、わかったと言うように頷いてくれたので、私はホッと息を吐く。


 ――慣れないヒールと生地たっぷりのドレスの重さが地味に効いてきて辛い!

 安全を考慮した魔法を掛けてあるという衣装は心強く安心できるけど、その分本来掛けられているという疲労回復や軽量化の魔法が不十分らしく、じわじわと私の体力を削ってくる。

 今、全力疾走しろと言われても転ぶ自信しかない。

 そのくらい身体が限界を訴えていた。



 …………歳ね。



 昔はヒールで一日中歩き回っても大丈夫だったのに、なんという体たらく。一年前にフェザーさんの鳥小屋で肉体労働に勤しみ少しは体力が付いたと思っていたのに、車や電車が行き交う地球でのドア・ツー・ドアな生活で失われてしまったみたいだ。

 キョロキョロと辺りを見渡し、休憩できる場所を探してくれているレイスに心の中でお礼を告げ、息を整えつつ高座を見やれば、ルクト様とパチリと視線がぶつかった気がした。よく見れば側に控えるジャンの顔もこちらに向いているし、目が合ったと思ったのは私の気の所為ではないようだ。

 



――君のことは私達が必ず守る。だから安心して協力してほしい。



 

 あの時の言葉どおり、ずっと気にかけてくれていたのだろう。

 オリュゾンの城に帰ってからも幾度となくお礼を言われけど、ルクト様は思わぬ事故に遭いながら誰一人犠牲にすることなく城に戻れたことや、お米や豚肉といった新食材のお蔭で食料危機を乗り越えられたことを心から感謝してくれているようだしね。

 私は欲求の赴くまま料理して食べてただけなのでちょっと心苦しいんだけど、誇り高く、有言実行を体現したような人なので、一度口に出したからには万全の体制を整えて気にかけ、必ず守ってくれることだろう。

 私がオリュゾンにいた期間はさほど長くなく、その中でも王太子であるルクト様と過ごした時間はとても少ないけれど、彼の言葉を信じられるくらいにはその為人を知っている。

 だから私はこうして命を狙われていると知りつつも、落ち着いて協力してられるのだ。

――それに、レイスもずっと側に居てくれるしね。


 気心知れたレイスを私の側に配置してくれた気遣いを含め、感謝の念しかない。

 ありがとうございます、という気持ちを込めて小さく頭を下げれば、そんな私を見ていたルクト様がふっと柔らかく口元を緩め笑う。

 その笑みは麗しく自信に満ちていて、とても美しかった。


 ……本当にすごい人よね。

 高座の上で、大国の国王であるヨハン陛下にも一歩も引かぬ堂々した振る舞いを見せるルクト様に改めてそう思った、次の瞬間。

 ルクト様の麗しい笑みにやられたのか私達の近くにいたご令嬢達が一斉に「きゃぁっ」と可愛らしい声を上げて、勢いよく色めき立った。



「父上から極東の小国だと伺っておりましたが、オリュゾンの王太子殿下があれほど見目麗しい方だったなんて!」


「あら? 貴方はご存知でいらっしゃらないのね。オリュゾンの王家となったノーチェ一族は、元を辿ればバウマン王家の傍系でしてよ」

「私も聞いたことがありますわ。先々代のご当主様は大変優秀な方だったそうで、本家の姫を娶らせて王配に、なんてお話しもあったとか」


「ええ? どおりで素敵な方だと思いましたわ」

「まぁ、王配のお話しが時の陛下のお怒りに触れて、一族ごとオリュゾンへお渡りになったそうですが。しかしオリュゾンは今や飛ぶ鳥を落とす勢いで発展してますし、こうしてヨハン陛下直々に持て成されているほど重要視されているようですから、クレアスの下手な貴族に嫁ぐよりもいいかもしれませんね」




 蕩けるような笑みを高座のルクト様達に向けつつ、恐ろしく打算的な言葉を紡ぐ彼女達のしたたかさに恐怖を覚え、そっと目を逸らす。

 ……さすがルクト様。大国の令嬢達にも大人気ね。

 人気者なんて可愛いものではなく、気を抜いたら捕食されそうな、狙われているという表現が正しいモテ方なんだけどね。


 まぁ、当の本人もなかなかイイ性格をされているので、私が心配する必要はない。ルクト様ならばご令嬢くらい自分で捌けるだろう。

 みすみすどうにかされる人ではないことは重々承知しているので、心の中でそっとご武運を祈る程度に収めた私は呼吸も落ち着いてきたので、さて、と気を取り直して姿勢を正す。

 すると丁度レイスも人の少ない場所を見つけたところだったらしく、一点を見据えながら振り返り私へ手を伸ばした。



「あっちの方が少ない。行こう、マ「きゃぁ! 今こっちを見て微笑まれたわ!」」


 しかしレイスが伸ばしたその手は、私に届くことはなく。

 私とレイスの間を、高座に座るルクト様をよく見ようと集まってきたご令嬢達が次々と通り抜けていく。


「ねぇ、今の見られました?」

「ええ! 私にお手を振ってくださいましたわ」

「いえ! 私に振ってくださったのよ!」


 黄色い声を上げながら精一杯アピールするご令嬢達の勢いは凄まじく、気圧された私は思わず彼女達から距離を取るように数歩後ずさる。

 


 …………皆、若いわね。



 先ほど体の衰えを感じたばかりの私には、貴人に頬を染める令嬢達は眩しくて。

 恋の狩人と化した彼女達に苦笑を零しながら離れてしまったレイスを見やれば、アンバーの瞳を見開き令嬢達を必死にかき分けている姿が目に映る。

 




――えっ?





 必死に手を伸ばすレイスを認識し、驚きが込み上げるよりも早く私の口がふさがれ、グイッと体を引かれる感覚と共に身を襲ったのは浮遊感だった。


「まったく。手間を取らせよって」



 耳元で聞こえた声に、ハッと息を吸ったのがまずかったのか。

 口元にあてられた布越しに甘い香りを吸い込んだ私の意識は、フッと暗転したのだった。






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