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【深木】はらぺこさんの異世界レシピ  作者: 深木【N-Star】
第二章
63/71

№7 嵐の前のボロネーゼ 1


№7 嵐の前のボロネーゼ



 思いがけずレイス達と再会したかと思えば、なぜかルクト様とヨハン陛下が協力関係となり、勇人君と共に女神様に仇成す者達を捕まえることになったあの日から早二週間。

 私はなにをしているかというと、黙々と野菜をみじん切りにしていた。



 ――トントントントントントン。



 もはや私の庭となりつつある厨房に包丁の音をひたすら響かせながら刻んでいるのは人参一本、玉葱一個、太めのセロリを一本(人参、玉葱、セロリが一対一対一になるように)、ニンニク二欠片。それらを人参、玉葱、セロリは三~四ミリの粗みじん切り、ニンニクは一~二ミリのみじん切りにしているところだ。


 ちなみにこのセロリ、現代の地球では普通にサラダや金平など普通の野菜として食べられているけど、昔は整腸剤や香料などとして用いられており、食用ではかった歴史がある。並べられた食材にあったので普通に手に取ったけど、材料の一つとして使うといった時マルクさんが少し驚いていたので、こちらでも薬の一種として使われているのかもしれない。

 あとでマルクさんに聞いてみようと思いつつ、野菜を刻んでいく。マルクさん達に手伝ってもらってるのに、私がゆっくり下拵えするわけにはいかないからね。

 

 現在厨房にはマルクさんとレイスが、隣室にはルクト様やジャンやベルクさんやオリュゾンの騎士達が居ることもあって、今日はいつも居た見張りの騎士やメイドさん達には下がってもらっている。その所為か厨房内はとても静かで、なんとなく落ち着かない。


 ……黙々と調理するのって久しぶりだからかな。


 アルバンさんをきっかけに騎士やメイドさん達と仲良くなってからは、料理やお菓子のご相伴に与ろうと、本来は厨房当番でない人とかも暇を見つけては集まってきていたので結構賑やかだったからね。

 そんなことを考えながらチラリと隣を見れば、マルクさんとレイスが豚肉と牛肉をそれぞれ二百五十グラムずつほどミンチにしてくれている最中で、二人とも一言も発することなくダンダンダンと音を鳴らしている。

 そんな私達の背後にあるお鍋の中には、朝早くから準備したトマトの水煮。

 湯剥きしたトマトを角切りにして十五分ほど煮込んだだけなんだけど、マルクさんに分けてもらったトマトはオリュゾンから持ってきたという品種不明の親指ほどの可愛らしいサイズのもので。そのため本日使う分の四百グラムを用意するだけでも、なかなか時間のかかる作業だった。

 異世界では湯剥きして、刻んで、灰汁を取りながら煮込んでようやく手に入るトマトの水煮が地球のスーパーなら一缶百円前後で買えるのだから文明の進化とは偉大よね。

 ……野菜のみじん切りも挽肉もフードプロセッサー使えばボタン一つで一瞬

しね。


 地球の便利さをしみじみと噛みしめながら、私は包丁を動かす。

 機械の代わりにこの世界には魔法があるけど、どういう形にしたいのかを知らなければどうすることもできないという欠点がある。一言にみじん切りといっても、色んなサイズがあるしね。私の求めているみじん切りがどの程度のものかわからなければ、マルクさんもレイスも魔法でその状態にすることはできないのだ。

 

 というわけで、こうして見本を見せるべく頑張って野菜を刻んでいる次第である。

 ちなみに、人参を基準に溶けやすい玉葱と味のアクセントになるセロリは少し大きめに、そしてニンニクは香りづけなのでなるべく細かくするのが好みだ。

 まぁ、次からは魔法でやってもらえるし……。

 なにより私が食べたいので頑張るわと意気込んで、私は再び人参のみじん切りに戻る。

 そんなこんなで私がみじん切りにしている野菜達とマルクさん達が準備しているひき肉、そしてトマトの水煮を使ってなにを作ろうとしているかといえば、パスタなどでよく見かけるボロネーゼとミートソースである。



 この二つ、使用する食材はほぼ一緒だけど調理法や食べ方に違いがあり、発祥地も異なる。

 まぁ、明確に定義わけされているわけではなんだけどね。

 


 まず、ボロネーゼ。

 こちら正式名称を『ラグー・アラ・ボロネーゼ』といってイタリアの都市ボローニャの料理である。ラグーというのが煮込み料理をwさしており、肉や香味野菜を炒め、トマトの水煮と赤ワインを加えて煮込んで作られる。

 ちなみに、使用するパスタは一般的に『タリアッテレ』という平打ち麺だ。

 


 一方のミートソース。

 こちらは日本発祥で、アメリカなどを経由して伝わってきたボロネーゼを日本人好みにアレンジして出来上がったものだそうだ。製法はボロネーゼと途中まで一緒で、炒めた香味野菜にトマトの水煮を加えて煮込むんだけど、その際ワインは使用しない。また、味付けの際にケチャップやウスターソース、砂糖などを加えて甘めに仕上げており、日本人好みの味付けとなっている。

 ちなみに、一般的に使用されるパスタは『スパゲッティ』という直径二ミリ前後の細長い麺だ。

 


 とまぁ、ボロネーゼとミートソースの違いはざっくり説明するとこんな感じである。

 なぜこの両者を作り食べ比べようとしているかと言えば、話は二週間前に行われたルクト様とヨハン陛下の話し合いまで遡る。

 どういった経緯でお二人が手を取り合うことになったのかは不明なんだけど、その際になにやら密約が交わされたらしく、大国クレアスとオリュゾンは過去の因縁を忘れ、今後は仲良くやっていくことになったらしい。

 そしてそのことを国内外に周知させるため、三日後に大きなパーティーを開くことになったというわけ。

 それで、マルクさんから三日後のパーティーで出すのに、なにかいい料理はないかと相談されたのでボロネーゼを提案して、今に至る。


 大国内でよく食べられている食材の中にパスタがあったし、唐辛子などで辛味を加えながらボロネーゼの水分をさらに飛ばしてチーズと一緒にパイ生地で包むのアリだし、野菜のミルフィーユにかけてチーズを乗せて焼いて食べるのも、キッシュに詰めるのも美味しい。さいの目切りにした生の玉葱やキュウリと和えて薄切りにしたバケットに添えるだけで赤ワインに合う前菜となるしね。本来の食べ方からは外れてしまうけど、個人的にボロネーゼやミートソースは主食にも前菜にも副菜にも利用できる凡庸性の高い食品だと思っているので、ザウエルク城の料理人さんやマルクさんがどのようなメニュー構成を考えていても加えやすくていいかなと思った次第だ。

 

 揃えられる材料的に今回のパーティーではボロネーゼを使うことになるんだけど、ふとケチャップやウスターソースを持ってきていることを思い出したので雑談としてミートソースの話をしたら、すごく食いつかれたんだよね。それでマルクさんが味見したいと強く希望したため、折角なのでこちらも作って見せることになったのだ。




 途中までは工程も一緒だからね。ここで見本を見せておけば今後は出来上がったボロネーゼを提供してくれるそうなので、頑張ろうと思う。

 ちなみにミートソースはケチャップやウスターソースの開発から始めなければならないので、製品化されにはもう少し時間がかかると思われる。

 


 ……まぁ、この世界にはすでに一から模索して醤油を完成させた実績を持つ方々もいるし。

 私が持ってきた食品加工や成分表や調理学などの本の情報を活かして、頑張ってくれることだろう。これを機に調味料とかも増えるだろうし、夢は広がるばかりである。


 そうこう考えているうちに香味野菜を刻み終えたので、みじん切りにした野菜類をボールに移せば、隣からもタンッと軽快な音が聞こえた。

 マルクさん達にお願いした挽肉も丁度出来上がったみたい。


「マリーさん。挽肉はこれくらいで大丈夫ですか?」

「大丈夫です。ありがとうございます」


「香味野菜は結構細かく刻むんですね?」

「好みの問題ですけどね。私はこれくらい細かい方が使い回しやすくて好きなんですけど、もう少し荒めにして野菜の食感や味をしっかり残す人もいますよ」

「確かに具材として使うなら野菜は大きめに、ソース代わりにするなら細かい方使いやすいかも。それにセロリは整腸剤や香料のイメージが強いので、初めのうちは小さくしてわかり難い方がいいかもしれません……」


 綺麗な挽肉になった豚肉と牛らしき赤身肉を受取れば、私が切った野菜をまじまじと観察しながらマルクさんが唸る。

 その姿にやっぱりセロリはアリメントムでは一般的な食材ではないんだなと思いつつ、今後使う時は気を付けようと心に刻む。折角作った料理が、セロリが入っているからという理由で食べてもらえなかった悲しいからね。

 レイスは私の料理に対する信頼が高いのかなにも言わないし、勇人君は現代日本出身で豊富な食材に慣れており疑問に思うことが少ないので、時折マルクさんが教えくれるこの世界の常識には大変お世話になっている。


 ――お蔭で、ようやくこの大国がどういったものなのか分かったし。

 パーティーに加える料理を考えるためこの大国の食文化について聞いてみたところ、大国クレアスというのはどうやら地球の歴史で言う神聖ローマ帝国のようなものらしい。

 つまりクレアスでは、ドイツ、ベルギー、ルクセンブルク、スイス、オーストラリア、チェコ、それからイタリア、スロヴァキア、ポーランドなど、ヨーロッパの一部地域の伝統文化が入り混じっているようなのだ。



 ――パスタがあるって素晴らしいよね。



 オリュゾンでは見かけなかったので、さっき見つけた時はテンションが上がってしまった。一番好きな主食は勿論お米だけど、私はパンもパスタも大好きである。


 といっても、私達がパスタと言われて想像するソースと絡めて食べる方法が定着するのは、地球でも十七世紀前後の話であり、トマトがヨーロッパで普及してトマトソースが誕生した影響も大きいと言われている。

 現代のようにソースを絡めて食べるようになるまでは、パスタはお肉を挟んで焼いたりスープに入れたり、砂糖や蜂蜜やチーズや香辛料をかけて甘くして食べていたらしい。

 アリメントムでも、ニョッキのようなものをスープなどに入れたり、きしめんような平打ちパスタにチーズや蜂蜜をかけて食べることが多いようだ。

 まぁ、オリュゾンからトマトが美味しいものだと大国へ伝わったのが最近のことらしいしね。

 今回のオリュゾンとの交流を機に大国でもトマトが常食されるようになったら、アリメントムのパスタ界でも革新が起こり、やがて一大ブームが発生することだろう。かつて地球がそうであったようにね。

 

 ちょっと数百年単位でフライングすることになるけど、その件に関しては今さらなので気にしないでおく。主食の種類が増えて悪いことなんてないし、美味しいものが増えてお腹も満たされるなんてとても幸せなことだ。大丈夫。問題はない。

 そんな結論に至った私は、ウンウンと頷きながら深めのフライパンを手に取る。


「――まぁ、どんな味のものかわからないと、野菜の切り方の好みもなにもわからないと思いますので、とりあえずボロネーゼとミートソースを作って味見しましょう!」

「それはそうですね……ケチャップやウスターソースというものが入るとどんな味になるかなんて、俺達には想像もつきませんから」



 考え込んでいるマルクさんにそう提案すれば、たしかにと言いたげな顔で賛同されたので私は早速とばかりにフライパンをコンロの上に置いた。

 そして調理を始めようと思ったんだけど、



「ちょっ、レイス! トマトの水煮はギリギリしか作ってないからつまみ食いしちゃだめよ」



 トマトの水煮に引寄せられてるレイスを見つけたので、念のため注意を飛ばしておく。油断も隙もありゃしない。ボロネーゼもミートソースもトマトの水煮をベースに味を整えていくソースなので、足りなくなってしまっては困るのだ。


「わかってる」

「すぐできるからレイスは座ってて。お腹空いてるなら冷蔵庫の中に残ってるプリン食べてていいから」


 トマトの水煮が入った鍋からパッと離れて手を上げたレイスに大人しく座ってるよう厨房の端に設置されている椅子を指し、ついでに残っているプリンを食す許可を与えれば、彼の瞳に喜色が浮かぶ。


「! ああ」


 いそいそと冷蔵庫へ向かう背を見送り、気が付かれないようそっと安堵の息を吐く。

 次いで、小さく笑いながら私はフライパンをコンロにセットした。

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