№6 アルバン・ベンカー視点 1
№6 アルバン・ベンカー視点
ザウエルク城近辺に建つとある屋敷の一室。
屋敷の主人の権威を主張するかのように高価な調度品で設えられた部屋にはその日、多くの人間が集っていた。
並ぶ顔ぶれは、屋敷の提供者であるバルト公爵とその取り巻きである貴族達、それから僕らと同じく騎士服を着こんだ者に魔法使いのローブを羽織る者、他にも城で働いている姿を見受けたことのある者や町人のようなラフな服の者など身分も性別も歳もてんでばらばら。
常ならばこうして共に行動することはなく、恐らく顔を合わせることもないだろう。
バルト公爵達が崇めている、あの男がいなければ。
「――三日後だ」
部屋の中央に立ち、皆を見下ろしながら告げる男の声は低く、枯れている。
だというのに、決して狭くはない部屋の隅に身を置いている僕の耳にもはっきりと聞こえた。それが男の異質さをより明確に感じさせて、恐ろしい。
「国王がオリュゾンの王太子達を持て成すため宴を開く。国王や王妃は勿論、エマ姫や王家に連なる者達も招待されている。もちろんそこに、勇者と例の女が居るはずだ。警護が手薄になる客殿に残す方が危険だからな。故に、そこで仕掛ける」
淡々と語る男の声に聞き入るバルト公爵達の目は仄暗い感情を灯していて、浮かぶ表情は醜く歪んでいる。
なんでこんなことになってしまったんだ……。
そう後悔するも、もう遅い。
僕達は引き返せないところまできてしまった。
そっと近くに座る仲間達の表情を窺えば皆一様に強張っており、その顔色は決して良くない。
当然だ。僕らは、誰一人としてこんなことを望んじゃいなかったのだから。
どうしてこんなことになってしまったのか。
僕らはただ、仕事がほしかっただけだったのに。
ただただ胸を掻き毟るような後悔が込み上げてくる。
前年に成された魔王討伐によって元の姿を取り戻したこの世界で、僕とここに居る仲間達は職を失っていた。
僕らの前職は雇われ農民で、両腕を回して抱えるサイズのカブや五歳児の子供くらいある人参を畑から引っこ抜いたり、家ぐらいの高さまである支柱を登ってキュウリを収穫したりして、毎日汗水たらしてまっとうに働いていたんだ。
しかし魔王討伐によって元の姿に戻った作物はどれも小さく、収穫に大量の人手を必要としなくなったため、田畑の持ち主達は植物の成長促進とか農業に役立つ魔法が使える者を残して、僕らのようなただの力自慢なだけの従業員は大量に解雇した。
まぁ、宛がう仕事がない以上、僕達にタダ飯を食わせることになるので、当然と言えば当然なんだろうけど……。
たいした学も技能もない僕らが就けるような職は農業以外だと傭兵や兵士くらいしかなく、しかし魔王軍との戦いは終わっているので募集していないどころか、こちらでも大量の失業者が出ていて同じように職を求め彷徨う人々と顔を合わせるばかり。
とはいえ、国もこの大量の失業者達を放置したままでいたわけではなく。
ほどなくして、僕らを含め魔王討伐の影響で失業した者達には二つの道が提示された。
一つは、魔王達に破壊された町の復興のために需要が高まっている土木業。
もう一つは、人口が減ってしまった国やオリュゾンなどの開拓中の国への移住。
大国を離れたくない者は土木業へ転身し、住む場所にこだわりのない者はさっさと条件のいい国へ移住して行った。オリュゾンなんて田畑を一から作らないといけないけど、新しく開墾した土地は自分の物にしてよく、さらに農作業が軌道に乗るまでの間は国が補助し、さらに資金も貸し付けてくれるという破格の条件だったしね。
僕らもこだわらず、さっさと選んで再就職しておけば良かったんだ。
しかしもともと優柔不断な性格をしていたことが災いしたというか、提示された再就職の選択肢が意外と多かったことが仇となったというか。
あっちもいいな、こっちの条件も悪くないと悩んでいるうちに、いい就職先はどんどん埋まってしまい、頻繁に行き来していた移民の送迎船もなくなり、行き場を失ってしまった。
元を正せば誇れる特殊技能もないのに選り好みしていた僕らが悪いのだが、農民時代よりもずっと安い月給でも我慢してまだ募集しているお店に駆け込むか、借金して自力で開拓中の国へ渡るかどうかは究極の選択であり、なかなか選べなくて。そうこうしているうちにもともと少なかった貯金は底を付き、さらに二進も三進も行かなくなってしまった。
そんな折、あの男が声をかけてきたのだ。
『困っているなら俺に着いてくるといい。少し手伝ってくれたら、元の職に戻してやる』と。
僕らはその言葉の意味を深く考えず、ただ元の職に戻れるという言葉に喜び、男に着いて来た。
――その結果がこれだ。
最初はよかったんだ。
男に連れられてバルト公爵達と引き合わされ、気が付いたら僕らはクレアスの騎士として城で働いていたからね。慣れない騎士生活は大変だったけれど、バルト公爵が上官に手を回してくれたらしく、当初は周囲から胡乱な眼差しを向けられていたものの追い出されずに済み、数か月も経てば日々の訓練にもついていけるようになった。
給料も農家に雇われていた時よりずっと良くなって、ただの力自慢の僕らが騎士の端くれになるなんて大出世だと仲間達と喜び、笑ってた。
それが大きな間違いだと気が付いたのは、一か月ほど前。
近衛騎士の鎧を纏った男が『女神が我らに気が付き、勇者を呼び寄せたようです。また、勇者と同郷の異世界の女が一人紛れ込み、ヨハン陛下の元に身を寄せています』と報告したことによって時点は急転。
同時に、僕らはようやく男達の本当の目的を知った。
勿論、心底驚いたよ。
だってバルト公爵達が崇めているあの不気味な男は魔王の血を引く子孫で、魔王を復活させ、一年前のような日夜魔物が襲い来る世界に戻すのが目的らしく。バルト公爵達は、その手伝いをする代わりに大国の王座を貰い受けることになってるそうだ。
魔王を復活させるためには世界のバランスを崩す必要があり、最近噂になっている女神像の破壊犯も彼らで、像を壊しその場を血で穢すことで女神様のお力が回復するのを防いでいるとのこと。
上手くいけば力を回復できなくなった女神様はそのまま消えてくれるし、そこまでいかなくても女神様が弱ることで世界のバランスは崩れ、再び魔王が復活するんだって。
他にも、女神様の力を削ぐために開拓地のリーダー格の暗殺とかも手掛けているらしい。
折角人間から奪い荒らした土地を再開拓され、人が増え、生き物の営みを復活させられてしまうと女神様のお力の供給場所が増えってしまい、魔王復活を目論む彼らにとっては都合が悪いんだそうだ。ここ最近だとバルト公爵が命を受けてオリュゾンの王太子を狙ったけど、失敗してしまったとひどく悔しそうに語っていた。
そんな彼らが今狙っているのはここ、ザウエルクのお城にある神殿。
女神様が最初に降り立ったという伝説があるだけあって重要な場所らしく、ここを血で穢せば女神様は大打撃を受ける。
そのために僕らは、勇者様と同じ世界からやってきた女性を攫ってくるよう命じられた。
無理矢理呼ばれた異世界で殺されれば恨みも強く、より色濃く大地が穢される。それにわざわざ異世界から連れて来たくらいだから女神様の悲しみも深かろうと男は笑っていたし、バルト公爵達はこの件を上手くヨハン陛下に被せて勇者様と仲違いしてくれれば万々歳だと言っていた。
かくして異世界の娘探しが始まり、僕は最も怪しい客殿を探るために、バルト公爵の手回しによって客殿付きになるに必要なだけ昇進させられたんだ。
選ばれた理由は、僕が一番体格良くて、上位の騎士を名乗っても怪しまれない程度には見栄えがするからだって。ひどすぎる。
僕なんて体格と腕っぷしだけで、仲間内でも一番の臆病者なのに。
正直、やりたくなかった。
だって、誘拐なんて犯罪だ。
しかも攫って来た娘は女神に仇なすための生贄として殺される。
でも、やらなければ僕らが魔王の子やバルト公爵達に殺されてしまう。
バルト公爵の計らいで客殿付きになり、厨房の夜番に就くことなった前日は緊張して眠れなかったし、ご飯もまったく食べられなかった。
その所為で初っ端から大失敗して、観察対象である女性と思いっきり接触してしまった。
顏を覚えられないように可もなく不可もなく職務をこなし、彼女が本物の異世界の娘だという証拠を掴んだら攫う計画を立てると言われていたのに……。
でも、僕が出会ったその女性はとても優しくて。
『…………お、お疲れ様です。差し支えなければ召し上がられませんか?』
美味しそうな匂いを嗅いで盛大にお腹を鳴らしてしまった僕に優しくそう言って、『おにぎり』という料理を分けてくれた。
しかもその一件で彼女は大層僕に気を許してくれたようで嬉しそうに話しかけてくれるし、料理やお菓子をわけてくれる。それも客殿付きではない、なにかの拍子に話題に上っただけの、彼女自身は会ったこともない僕の友人達の分まで。
マリー様は明るく気立てのいい人だった。
どこか澄ました雰囲気があるメイド達と違って物腰が柔らかく、気さくで、優しくて。でも彼女の言動の端々には僕らのような市井で育った人間とは違うなにか――恐らく、教養と呼ばれるものが感じられて、身分の高い女性の中にもこんな良い人がいるんだなと、感動すら覚えていた。
だから、違っていてほしい、とずっと願っていたんだ。
まっすぐで美しいブルネットは珍しいけれど、大国中を探せば見つからないこともないだろうからね。マリー様はヨハン陛下が用意した替え玉で、本物の異世界の娘は別の場所に隠されていればいいと、彼女と親しくなればなるほど強く、そう思っていた。
初めて会った日に貰ったおにぎりや生姜焼きやサンドイッチという料理に、カステラやプリンやオムレットというお菓子。
どれもこの辺りでは見たことなかったから、彼女はすごく遠い国から来たのだろう。
魔王を倒し異世界に帰還したはずの勇者様が降り立ち、異世界の英知を授けたというオリュゾン発祥のお米や豚肉なんかをよく使っていたから、あちらの方の出身なのかもしれない。オリュゾンの話題が出ると、ちょっと嬉しそうな顔をしてたしね。そうやって彼女がこの世界で暮らしていた証となる情報を見つける度に、僕は内心喜んでいた。
しかし故郷がどんなところか質問とマリー様は言葉を濁し、嫌な記憶でもあって思い出したくないかと恐る恐る尋ねれば『家に帰りたくても帰れない』と彼女は言う。
故郷や身分や以前の暮らしを隠そうとする彼女に、嫌な予感がした。




