№4 フェザー視点 1
マリーは不思議な雰囲気を持つ少女である。
仕事斡旋場で出会った彼女は年若い女の子だというのに天涯孤独、生まれ育った国はすでになく身一つでこのオリュゾンへやって来たのだと言っていた。
正直、彼女の身上はつい最近まで魔王やその配下によって荒らされてたこの世界では、そう珍しいものではない。しかしマリーの瞳には年齢に見合わない知性と落ち着きが宿っており、なによりすべてを失った者とは思えぬほど生気に満ちていた。
実際、活力溢れる彼女はよく働いてくれたよ。
早くに親元を離れざるをえなかった代償か魔力の使い方を知らず、たまに常識外れというか女性らしからぬ言動を見せることがあったけど、境遇を考えればいたしかたない失敗だ。
それにマリーは素直で、謙虚な子だった。
僕や妻が注意すればすぐに詫びて同じ失敗を繰り返さないよう気を付けていたし、見様見真似で食前の祈りを捧げる姿はまるで子供が大人の姿から学んでいるようで大変微笑ましい。息子が巣立った寂しさもあり、最近は僕もカリーナも娘を授かったような気分でマリーとの日々を過ごしている。
しかし、初めからそんな風に思っていたわけではない。
代々食肉用の鳥の養殖を行っている家の三男として育った僕は、実家で培った知識や経験を活かして名を上げようと意気込んで妻と共に開拓中のオリュゾンへとやってきた。
なにもない更地に小屋を作り、伝手や自分で森や山に入ったりしてこの地での養殖に適した種を探し、さらに美味しい個体を選りすぐり繁殖させてと毎日忙しく過ごしてきた。
一から養鳥場を作りここまで発展させるには沢山の苦労があったけど、カリーナやこの地で生まれた息子の助力もあって今では僕が育てた鳥や卵の味を聞きつけて他国から食べにくる人々も増えてきている。
成長した息子はこの鳥小屋を継ぐために経営や養殖業についてもっと勉強してくると言って今は色々な国を巡っている最中だし、一か月ほど前には女神様が異世界より連れて来られた勇者様が魔王討伐を果たし、世界中が歓喜に湧いてといいことばかりだった。
とはいえ、人生そう良いことばかりが起こるわけではない。
魔王がいなくなったことで凶暴だった魔獣達は歴史書に描かれているような小さく害の少ない姿に戻り、年々巨大化していた植物達も本来の大きさに戻った。
それ自体は女神様が創造されたあるべき世界の姿へ戻ったということなので喜ばしいのだが、変貌した環境下での生活しか知らない僕らには戸惑うことも多かった。
大きさが縮んだだけの植物達はまだいい。手で抱えるほどの大きさだった作物が手の平サイズになったりしたくらいで、見た目や味に変化はなかったからね。
でも魔獣化していた動物達の変化は想像以上だった。お蔭で僕みたいに魔獣が生業に関係していたところどこもその対応に追われている。
例えば僕の養鳥場で育てていたウズー。
淡褐色の羽毛に包まれたウズーは、卵肉兼用できる鳥型の魔獣の中でも小柄。といっても一メートルくらいはあったんだけど、それが今では掌より少し大きいくらいまで縮んでしまった。
肉や卵の味に大きな変化はなく、啄まれて指を失くす危険も突かれて足に穴が開く心配もなくなったのはとてもよかったんだけど、いかんせん小さい。卵はもはや親指の第一関節ほどしかなく、オムレツ一つ作るにも驚くほどの数を割らなければならないから大変だ。
もちろん可愛らしい姿になったウズーでは今までの出荷量を維持することなどできず、僕の養鳥場はほぼ休業状態。旅立った息子の代わりに人を探している最中だったので従業員を路頭に迷わすようなことがなくてよかったけど、至急ウズーの代わりとなる鳥を探さなければならなかった。
そんなこんなで、現在はとりあえず森の中で一番美味しかった白い羽毛で頭の天辺に赤い鶏冠をもった種を捕まえて来て繁殖させているところなんだけど、満足のいく味にするには長い時間をかけて研究していかなければならないだろう。
幸いなことに子育ては終了しているしこれまでの貯えもあるけど、隠居できるほどお金に余裕があるわけではないので頑張って働かなくてはいけないしね。
それにまだ大国にある実家より有名に成るという夢も叶えてないからね。オリュゾン産の僕の鳥は世界一だと人々が口にするその日まで、鳥小屋を続ける所存だ。
そんなわけで研究に没頭するためにも縮小運営中とはいえ鳥達の世話を手伝ってくれる人が必要だった。しかし経費の不安から給金が安い移民の中から新たな従業員を探すことにした。その結果、マリーは僕らの元へやってきたというわけだ。
しかし僕とカリーナには従業員を雇うにあたって一つ、大きな懸念事項があった。
初めて雇った従業員の一人に、鳥の雛や餌の配合といった機密事項を盗まれかけたことがあったからだ。随分昔のことだというのに思い出すといまだに胸が痛む。
早い段階で気が付いたお蔭で大事に至らなかったものの、捕まえた彼の「もともとそのつもりで雇われた」という言葉は胸に深く突き刺さり、今も抜けない棘として残っている。
あれ以来誰かを雇おうとは思えなかった。その所為で妻や息子には迷惑かけたけど二人とも僕を責めることなく一生懸命手伝ってくれて、本当に頭が上がらないよ。
しかしいつまでも僕のわがままに付き合わせることはできない。
だからもう一度勇気を出して、斡旋所へと足を運んだんだ。
息子が旅立った所為で仕事が回らず鳥小屋を縮小したなんてことになったら、責任感の強いあの子が気に病んでしまうから従業員を探そうと思ってね。
けれども、働き盛りの男を見ると疑心が過ってしまってなかなか選ぶことができなかった。だから苦肉の策として力仕事は望めないものの、御しやすそうな年若い子の中から従業員を探すことにしたんだ。
斡旋所で出会ったマリーは僕の理想通りだったし、想像していたよりもずっと真面目に働いてくれたよ。
でも、やはり鳥達の餌をほしがった。
正しくは、餌に混ぜているお米を彼女は買い取らせてほしいと言われたんだけどね。
僕の祖国などで見られる細長いものと違いオリュゾンの米は楕円形で丸みがある品種で、我が家の鳥の美味しさの一因でもある。他国の養鳥業者には知られたくない秘訣の一つだった。
真面目で気立てがいい子だと感じていた分、僕やカリーナの悲しみは深く。やるせない気持ちで一杯だったけど、僕は経営者としてまた家庭を守る主人として我が家の育成の秘訣を易々と流出させるわけにはいかなかった。
しかしマリーを捕まえただけでは、また同じことを繰り返すことになる。大本を懲らしめなければ第二、第三の刺客が送り込まれてくるかもしれない。そう考えた僕はとりあえず彼女がどこの者と繋がっているかを知るためにほしがった餌を渡し、カリーナと共にマリーの行動を見張ることにした。
しかし僕らの悲しい予想は、いい意味で裏切られることになる。




