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【深木】はらぺこさんの異世界レシピ  作者: 深木【N-Star】
第二章
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№4 ルクト殿下視点 5

 だが、しかし。

 思い出すのは、レイスがマリーさんに想いを伝えようとしていた時のこと。




 『――もう一度、口にできればとずっと思ってた』




 レイスがそう言いながら彼女へ手を伸ばそうとしているのに気が付き咄嗟に言葉を被せたが、あの時、私が声をかけなければユウト殿があの雰囲気を壊していただろう。

 私が声を上げる寸前、彼は確かにマリーさんに向かって踏みだそうとしていたからね。

 お蔭で私はユウト殿が抱く感情を察してしまったわけだが、ヨハン陛下そのことに気が付いているのだろうか。

 そんなことを考えながら私は薄っすらと笑みを浮かべるヨハン陛下から目を逸らし、いまだ沈黙しているユウト殿を見やる。


 「口外されて最も困るのはヨハン陛下と大国だと思うのですが、我々の口を塞いで黙らせますか?」

 

 ユウト殿にそう問えば、黒い瞳が覚悟を決めるように一度伏せられる。

 そして次の瞬間、強い感情を宿して私を射貫いた。


 「いいえ。その様なことはさせません」

 「ユウト!?」


 はっきりとそう言い切ったユウト殿に驚きの声を上げるヨハン陛下にバレないよう、小さく息を吐く。良かった。これまでの反応から恐らくそうだろうと思っていたが、彼も随分とマリーさんを大切に思っているらしい。

 その証拠に、彼は私から目を逸らすとヨハン陛下を見据えて断言する。


 「ヨハン。俺は真理さんの知人達をクレアスの保身のために手にかけるなど、絶対に許さない。それから彼女が築いた関係を壊すことも、私物を取り上げることもだ」

 

 彼女に害なすことは許さないと言い切ったユウト殿の顔は真剣で、決意の固さが伺えた。

 ユウト殿がマリーさんを選ぶなら、我々と敵対することはない。そう安堵の息を吐く我々と違いヨハン陛下は不満そうだが、いい気味だとしか思わないので放っておいてかまわないだろう。


「……お前はマリー殿の味方なのか」

「ああ。誤って連れて来てしまったのだから、俺は彼女を守る。これ以上彼女を犠牲にすることも、搾取することも許さない」


 ユウト殿の宣言に僅かに目を見開いたヨハン陛下はグッと眉間に皺を寄せると、逡巡するかのようにそのまましばし沈黙し、やがて大きな溜め息と共に頷いた。

 さしものヨハン陛下も、勇者様には敵わないらしい。


 「……わかった。お前と争うのはごめんだからな。オリュゾンの面々とは仲良くしよう。それでいいか、ルクト殿下」

 「ええ。仲良くしていただけると言うなら、彼女のためにも此度の件を内々に収めるお手伝いをしましょう。マリーさんの性格上、世界を揺るがす悪人を捕まえるために同郷のユウト殿が頑張っている最中、自分一人だけ安全なオリュゾンへ行くのは嫌がるでしょうからね」


 折れたヨハン陛下の言葉に頷きつつそう返せば、彼は面白くなさそうに鼻を鳴らしたあとみそら色の瞳をベルクへと向ける。


「それならば、まずはベルクを貸してもらおう。我が国に残っている記録を見るかぎり、随分優秀な諜報員のようだからな」

「いいでしょう。その代り情報の共有と、私達に客殿内を行き来する許可をいただけますか」

「ああ。両方用意しよう」



 互いの要求を呑みあったところで一先ず交渉成立だ。

 ユウト殿の言葉添えもあって、ヨハン陛下とは仲良く協力し合うことになったので成果は上々。

 これから忙しくなるだろうけど、すべて終わったあとのことを考えれば悪くない。


「ベルク。しばらくユウト殿達の指示に従え。定期報告も忘れないように」

「了解です」


 ベルクに指示を出し、少しだけ椅子に背を預ける。

 次いで脳裏に思い浮かべたのは、突如私に声を掛けられて驚き、振り向くマリーさんの姿。

 サラリと靡く黒髪も、丸く見開かれた黒い瞳も懐かしく。

 もう一度見られるなんて、思いもしなかった。

 私があの時にそう感じていたことはおろか、彼女はたった今、自身の存在が我々にどれほどの影響を与えたかなど想像すらしてないだろう。勇者様を味方につけて大国の国王陛下に妥協させ、私を確執あるクレアスの王家のために働かせるなんて、罪深い女性だ。

 その上、彼女はレイスやジャンの心まで奪っている。マルクやベルクもなにかと気にかけているし、もしかしたら私が知らないだけで他にもいるかもしれない。

 恋愛に興味はなさそうだし、手強そうな女性だ。

 それにもしかしたら、また異世界に帰ってしまうかもしれない。

 だがしかし、込み上げるこの感情の止め方を私は知らない。




――許されるなら。君と共に見たい景色が沢山あるんだ。




 異世界の恩恵を受けて、より一層活気づいたオリュゾンの町並みと人々の笑顔。市場には当たり前のように米やトマトや豚肉が並んでおり、食材の種類も一年前と比べてずっと増えて華やかだ。

 マリーさんが残したものが息づくオリュゾンを、見てもらいたい。

 大国の面子を守ってやるのはやはり癪だが、マリーさんに心から楽しんでもらいたいので、心残りがないよう煩わしいものはすべて片づけてしまわなければ。



 ――さて。どう動くのが最善かな。

 一刻も早くマリーさんに賑やかになったオリュゾンを見せるべく、私はこれからの流れを思い描いたのだった。

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