№4 ルクト殿下視点 4
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レイスはあくまで一般人である。
ジャンにも告げたその言葉に偽りはなく。
弟子という名で売り込んだレイスを大国の者達が警戒していることをいいことに、陽動代わりに彼に表を歩かせ、人目が集中しているうちに監視を振り切って調べてくると言ったベルクに許可を出すと同時に、私は覚悟を決めていた。
いざという時は多少こちらの身を切ることになっても、レイスの尻拭いはすると。
それもあって、昨晩ジャンにあのように答えたのだ。
しかし見捨ないと口にした翌日に、まさかこんな事態が起ろうとは誰が予期しただろうか。
客殿内のとある一室。
中央に大きな長机が置かれた、マリーさんが普段居間代わりに使っているという広めの部屋には現在、呼び寄せたマルクを含め八人の人間がいた。
現在の部屋の主であるマリーさんから順にレイス、マルク、私、ジャン、ベルクの並びで席を選び、腰を下ろすべく椅子の背に手をかける。同様に私の正面にヨハン陛下が座り、ユウト殿は少し迷ってマルクの前に腰を下ろした。
しかし無言で行われた席選びが苦痛だったのか、もしくは集まっている面々が放つ空気に耐えられなかったのか、マリーさんはすぐさま立ち上がる。
「えーと。それでは、さっき作ったおにぎりがあるので持ってきますね」
「手伝う」
足早に部屋を出て行った彼女の背を嬉しそうに追いかけるレイス。
そんな二人を目で追いながら、私は今にも笑い声を上げそうな高揚感を必死に呑み込んだ。
――本当に彼女は、私の予想をことごとく覆していく。
不意に足を止めたレイスが客殿のある方角を見据え『マリーだ』と零し、草木をかき分けて走り出したレイスを追うかどうかは危険な賭けだった。
客殿に隠されたものがヨハン陛下の不利に働くものならば交渉の余地があるが、ただ単に大切なものだった場合、怒りを買うだだからね。
しかしどうにもレイスの言葉が気にかかった私は、上に立つ者にはあるまじき楽観的な判断だったが、彼女に強く執着しているレイスの本能と能力を信じて彼を追った。
かくして、私は賭けに勝ち。
ヨハン陛下が辿り着くよりも一歩早く、ベルクとレイスがマリーさんやユウト殿と対峙しているあの場に到着することができたというわけだ。
――私情を挟んだ選択だったが、英断だったな。
お蔭でヨハン陛下が隠したかった真相に察しがついたし、二度と姿見ることは叶わないと思っていた彼女と再会することができた。
浮き立つ胸中を悟られないよう気を引き締めつつマリーさん達が出て行った扉がパタンと閉まるのを確認した私は、改めて正面に座るヨハン陛下を見据える。
「ヨハン陛下」
「なんだ」
「このような状況なので単刀直入に伺いますが、身内からよからぬことを企む輩が出ましたね。それも勇者様がいらっしゃるということは、世界を揺るがす不祥事となりえる」
「その結論に至った理由は?」
断定して問えば、ヨハン陛下は悠然とした表情を崩すことなく続きを促す。
――やはり、一筋縄じゃいかないか。
堂々としたその態度にさすが大国の王だな、と舌打ちを心の中で零す。
この展開に彼が動揺したのは、私達を見つけた直後だけだった。
恐らくマリーさんと親しい知り合いだと主張したことで、私が一番触れられたくない点に気が付いたのだろう。
……となると、今回の件で大国を脅すのは無理だな。
残念だがまさかマリーさんと再会できるとは夢にも思っていなかったし、二度と会えないことを前提にこの一年動いていたのだから仕方ない。落としどころがこちらの不利益にならないようにするためにも、ヨハン陛下の茶番に付き合うとしよう。
「簡単な推察ですよ。女神様が勇者様を招くのは世界を救うためです。もし魔王のような人類の敵が現れたのなら、すぐさま各国に通達して人々への注意喚起を促し、戦いのための資金や人員を募り、軍を編成する必要がある。しかしいまだ知らせを出されていないということは、勇者様の敵は魔王や魔獣のような全人類が手を取り合って戦うことができない相手である可能性が高い。例えば我々と同じ人間であったりね。ただ、その人間がこの大国となんら関係のない人物であるならば、陛下のご性格からいってすでに不倶戴天の敵として宣戦布告されているでしょう。そうされなかったのは、ひとえにその人物の名が人類の仇として挙がると大国の名誉を著しく損なうから。だから陛下は勇者の来訪を他国の目から隠そうとした。違いますか?」
「女神様が招いたのではなく、一年前オリュゾンに降り立った時のように勇者自ら、英知を授けるために訪れたのかもしれないだろう?」
「それならば殊更、勇者様の来訪を各国に告げていなければおかしいのでは? なぜなら一年前、我が国はなぜ勇者様の来訪を知らせなかったと多くの国から糾弾されましたからね。ちなみにその筆頭はヨハン陛下のご息女エマ姫でしたし、此度のヨハン陛下からの召喚状でも触れられていたでしょう」
「そういえばそうだったな。しかしユウトと私は互いに信頼し合い、貴重な情報や胸の内を損得なしに明かし合えるかけがえのない友だ。二度と会えぬと思っていた親友と会えたかもしれないと思うと、どうにも気が収まらなくてな」
のらりくらりと躱しつつ牽制してくるヨハン陛下に、零れそうな舌打ちを呑み込む。
やはりヨハン陛下は私が意図的にマリーさんの功績を勇者のものにすり替えたことに気が付いている。そして、その情報源はユウト殿だから間違いないと主張することも忘れない。
……このまま腹の探り合いをしていても埒が明かないな。
マリーさんを矢面に立たせたくない私と、国を揺るがす不祥事を隠したいヨハン陛下では事実が表沙汰になった場合に被害が大きいのは向こうのはずだが、彼は先代とは比べものにならないほど優秀だ。焦って言質を取られるようなことはほぼないし、己が不利になるような落としどころでは絶対に折れないだろう。
そして、その際にマリーさんの都合や胸中を慮ることもない。
私達と彼女の繋がりを知りながら、安全なオリュゾンに送ろうとせずにこの地に留め置いていたのがその証拠だ。ヨハン陛下の中で、彼女は利用価値がある駒でしかない。
だから容疑者を処理し終えるまで餌として、客殿に彼女を閉じ込める気だったのだ。今回の件を内々に片付けるには彼女をこの地に留め置いて餌にした方が事を進めるのに都合良いと判断したのだろう。小数を切り捨てて大を成す為政者としては、当然のことだったに違いない。
その事実に嫌悪感を抱くのは、私にとって彼女が特別だからだ。
そして、ヨハン陛下はそうであると察している。
だから彼はこの場で己の方が不利だとは微塵も感じておらず、下手に出る気もないのだ。勇者様との間には魔王討伐を共にしたという絶対的な絆もあるしね。




