№4 ルクト殿下視点 3
――随分と厳重に守っているようだしね。
食材の出入りもあるようだし中身が空ということはなさそうだけど、一体なにがあるのやら。
ベルクの報告を思い出し緩む口元を誤魔化すように、アーモンドを口に運ぶ。
丁寧にローストされたアーモンドは歯を立てればカリッと軽快な音を立て、いとも簡単に口の中で砕け散っていく。マルクが炒り方や時間を試行錯誤した結果、ローストアーモンドも初期に出されていたものよりも格段に美味しくなった。
「……ルクト様。悪い顔が隠しきれてませんよ」
「気を付けるよ」
呆れた表情を浮かべて忠告するマルクの言葉に頷けば、これ見よがしなため息が聞こえてくる。技術を盗まれないよう調理を控えさせている所為で、マルクは相当鬱憤が溜まっているようだね。
「まだパイ生地もマリーさんほど綺麗に折れないし、練習したい料理もお菓子も試したいことも沢山あるのに……」
「マルク。ルクト様にもお考えがあってだな……」
「そんなのわかってますよ」
文句が止まらないマルクをジャンが止めようとして、あえなく撃沈した。
どちらかというと普段はジャンをマルクが宥めることが多いので、珍しい光景だ。
「しかし、結局ヨハン陛下は他のことにかかりっきりのようですし、もういいでしょう? いつまで彼の我儘に付き合うおつもりですか?」
「例の客殿をベルクが調べ終えたら帰るよ。マルクの言うとおりヨハン陛下はお忙しそうで、お望みどおり手取り足取り教えて差し上げる時間はなさそうだからね」
「俺はいくら呼ばれてももう二度と来ませんからね。勇者様の世界の料理とはどういうものか実物を見て味わいたいと言うから来たのに、ヨハン陛下まったく姿を見せませんし」
「ああ。義理は十分果たしただろうから、今後はなにを言われてもすべて書面で済ませればいい」
「……ならいいです。もう少しだけ我慢します」
しきりに帰国を強請るマルクにこれが最初で最後だと暗に告げれば、渋々だが納得したらしく大人しくなった。といっても、カリカリ音を立ててローストアーモンドを摘まんでいるので、苛立ちは治まらないのだろう。
秋に収穫した食材や米を使って色々試すのだと張り切っていた矢先の召喚だったので、マルクの態度も仕方ないと言えば仕方ない。私とて時期的に収穫し損ねてしまい、マリーさんから話を聞くだけとなっていた秋の味覚を食すのを楽しみにしていたのだから。
新米を思い浮かべていると、静かになったマルクの様子を窺い安堵の息を零したジャンが窓の外に目をやりながら呟く。彼の視線の先にあるのは、件の客殿だ。
「しかし、ベルクがこれほど手こずるなど珍しいですね」
「警備の厳重さはそれだけ見られては困るという証だ。暴けた時の見返りが期待できる」
「仰るとおりですが……」
「件の客殿を探るのは不服かい?」
「いえ。ただ、レイスに手伝わせる必要性が本当にあったのかどうか、お聞かせ願えますと幸いです。見返りが大きいということは、失敗した時の危険度も高い。ベルクは王家の方々に命を捧げておりますが、レイスはあくまで一般人です。万が一なにかあった場合、簡単に切り捨てるわけにはいきません」
私から目を逸らすことなくそう言い切ったジャンに、彼も変わったものだなと思う。
以前のジャンは厚い忠誠心が高じて、私やノーチェ一族の者をどこか神聖視している節があったが、マリーさんに一喝されたのが随分と効いたらしく盲信することがなくなり、守るべきものを間違えなくなった。かつての彼ならば国ためならば多少の犠牲はやむなしと、レイスを忌避なく斬り捨ていたことだろう。
いい変化だ、と考えていると「それに、」と呟くような声が耳を掠めたので、続きを促すように尋ねる。部下の意見に最後まで耳を傾けるのは大事なことだ。
「それに、なんだい?」
「彼になにかあったらマリー様が悲しまれるでしょう?」
ジャンの口から出てきたその言葉に、マルクがアーモンドを喉に詰まらせたらしく「ぐっ」と呻く。私も、少し驚いた。
もっとも、ジャンは己の発言の意味を理解できていないようだけどね……。
堅物なジャンは、自身の中にある気持ちに気が付いているのか、いないのか。
彼の性格から考えるに、振られることすら叶わないこの状況で彼女への想いを自覚してしまうと高確率で生涯独身を貫くと予想されるので、ジャンの家の者のためにも認識しないままでいてほしいところだな。
なんとも言えない表情を浮かべてジャンを見ているマルクは、以前レイスに気持ちを自覚させた前科持ちであるため、余計なことは口にするなと目で制止しておく。そしてマルクが頷いたのを確認しあてから、私は先ほどのジャンの質問に答えるべく口を開いた。
「勿論レイスが問題を起こしても切り捨てはしない。あくまで彼は一般人の協力者で、オリュゾンのために命を捧げる必要はない。それにフェザー夫妻やアイザ殿も悲しまれるだろうし、マリーさん達と親しくしていたフィオナやアンナにも苦言を呈されるだろうからね」
「左様で」
ジャンが気持ちを自覚しないよう他の者の名前をさりげなく追加すれば、堅物な騎士は私の真意にも己の気持ちにも気が付くことなく、ホッと安堵の息を吐いたのだった。




