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【深木】はらぺこさんの異世界レシピ  作者: 深木【N-Star】
第二章
54/71

№4 ルクト殿下視点 2

『麦畑と同じく、お米を植えた水田も収穫時期になると黄金色に染まってとっても綺麗なんですよ。私達日本人にとって、古来より垂れ下がった黄金の稲穂が豊穣の証なんです。オリュゾンの風土は日本とほとんど一緒なので、きっとこの国でも美しい黄金の絨毯が見れるでしょう』




 水田予定地を前に嬉しそうに語っていたマリーさんの言葉どおり、黄金色に染まった田んぼは大変美しかった。

 おおまかな知識しかなくて申し訳ないと彼女は言っていたが、米を食べる方法も知らず、食用として大量栽培しようと思ったことがなかった我々からすれば、主食して扱っている彼女の国で採用されている苗の育て方や水田の仕組み、気を付けるべき害虫や病気がわかっていれば十分だ。実際、マリーさんの祖国ほどの収穫量はなくても、黄金色に染まった稲穂の絨毯を見ることができた。作物に最適な栽培法の確立など、本来ならば年単位で検証していくものなのだから、一年目であれならば大成功といっても過言ではない。



 ――欲を言うなら、彼女と共にあの光景を見たかった。

 彼女が与えてくれたものがオリュゾンで成果を出せば出すほどその想いは強くなり、激しさを増していく。

 しかしそれは、決して願ってはならない望みだった。

 あの時、勇者様に手を引かれ光のベールを潜る彼女を引き留めていれば、私の望みはいとも容易く叶えることができただろう。

 けれどそれは同時に、オリュゾンが進むべき道を示してくれたマリーさんから、彼女が生まれ育った世界を奪う行為だった。

 元の世界へ帰るために彼女が引いた一線に気が付いていた。

 不安や寂しさを押し殺し、差し伸べられた手を一人で大丈夫だと言って断り、お願いだからこれ以上踏み込んでこないでと一生懸命虚勢を張り続ける彼女の姿は痛々しく、あまりにも儚げで。

 

 

 だから、私は彼女を黙って見送った。

 確固たる意志を抱き生きる姿を眩しく思い、傲ることなく謙虚な振る舞いを心がける彼女の穏やかな気質を心地よく感じる己が心に蓋をして、引き留める言葉はすべて呑み込み、素直に別れを嘆き涙するレイスを羨みつつ口を噤んだ。

 そうするしかなかった。

 地球への帰還を望む彼女のためにできることは、それしかなかった。




しかし、許されるなら。

君と共にこの先の人生を歩んでみたかった。



 

 そう、想わずにはいられない。

 彼女と共に歩む道は心弾み、さぞかし輝いてこの目に映ったことだろうとつい考えてしまう。

 考えても詮無きことだと、今さらどうにもできないのだから無駄だと理解していてもなお想い馳せてしまうほど彼女の存在は大きく、忘れえぬ人として私の心に刻まれている。

 しかし彼女にこの想いを告げる機会は二度とないだろう。

 異なる世界という越えられない壁が、私と彼女の間にはある。

 元の暮らしに戻ったマリーさんを想うならば、決して越えてはならない壁。

 故に、異世界の英知に目が眩んだ者達によってマリーさんがこちらの世界に召喚されるなんてことがないよう、彼女の功績はすべて勇者様に押し付けてある。

 きっと彼女はアリメントムよりもずっと安全で豊かな場所で、穏やかな時を刻んでいくことだろう。そのために一役買えただけで、私は良しとすべきだ。

 だから私は、彼女の祖国である『日本』と一緒だというオリュゾンとそこに住まう民へ、この行き場のない想いを注ぐ。



――オリュゾンの繁栄と民の安穏こそが、我が人生のすべてだ。



 そのためにも一刻も早く、大国を黙らす切り札を手に入れなくては。

 美味しければなんでもいいと笑う彼女からすれば、分けて与えてくれた地球産の知識や技術がアリメントムの隅々まで広まり、各国の風土や民族性に 揉まれ、新たな形に進化していく方が好ましいのだろう。

 私も世界中が豊かになり、発展していくことに否やはない。

 


 しかし、だ。


 彼女が人々の豊かな暮らしを願い残してくれたものを、武力に物言わせて一方的に搾取されるなどあってはならないだろう。それに、あれらが生み出す利益や経済の発展が、なに一つオリュゾンの大地や民に還元されないなどという事態は全力で回避したい。

 もし、万が一、なんらかの理由で再び彼女がこの世界に舞い戻った際に、オリュゾンが消滅していたなんてことになったら面目が立たないところではないからね。

 

 ――いっそ、あの崩落事故の狙いが私の命であり、ザウエルク滞在中に再度襲ってきてくれればある意味美味しいんだが。


 そうなればヨハン陛下の面子も潰れ、少なくとも向こう十年は国交を絶てるだろう。

 まぁ、そんな願望を口にした日には、ジャンや臣下達が煩いどころでは済まないだろうが。

 その間に近隣の国々と技術交換を餌に交流を深めて同盟を組むことができれば、いくら大国といってもオリュゾンに対し無理を押し通せなくなる。

 もしくは、今ベルク達に探らせている件が当りであることを願うばかりだ。

 ヨハン陛下は無能ではない。大国から見ればオリュゾンは吹けば飛ぶような小国とはいえ、一国の王太子を呼びつけて長期間放置するなど外聞が悪く、他国への印象が悪くなることは承知しているはずだ。それも米や豚肉、トマトやアーモンドといった新しい食材や泡立て器などを広め、ここ一年間アリメントムで話題を攫い続けたオリュゾン相手に、となれば余計に各国の目は厳しくなる。

 にもかからず私達を呼んでから二週間も放置するなど、ジャンの言うとおり異常だ。絶対なにかあったに違いない。



 ――私達に知られたくないなにかが、今この国にある。

 確証はなく、ただの私の勘だが、ヨハン陛下が一向に姿を見せないのがいい証拠だ。

 一番怪しいのは、ヨハン陛下が誰かから預かっている客人が住まう客殿。そういった客人がいるという情報以外まったく、噂すら立たないのだから余程厳重な情報規制が引かれている。もしくは、誰かを監禁でもしてるのを誤魔化しているのか、それとも何かの罠で中身は空なのか。

物は試しに散歩と称して客殿の方向に進めば見るからに上位の騎士が慌てて止めに来たし、止めたられたのを理由に興味を示せばそれとなく話題を逸らされた。

 それは他国の人間である我々だけでなく、大国の貴族達も同じらしく。ヨハン陛下が望む人間以外には中身を知られるわけにはいかない理由が、あの客殿にある。

 


 つまり、あの客殿こそが、今、ヨハン陛下にとって一番探られたら困る場所ということだ。

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