№4 ルクト殿下視点
――レイスを追かけて客殿に押し入る前日。
秋深し、静かなその夜。
私とジャンとマルクは、ザウエル城内に与えられた客室に集っていた。
「呼びつけておいて今日も放置とは、本当にイイ度胸してますよね。こっちだって暇じゃないってのに」
本日最初に文句を零したのは料理長のマルスで、苛立ち憤る彼に同意するようにジャンが大きく頷いてみせる。
「確かにな。ルクト様がクレアス王の召喚に応じてザウエルに到着してからすでに二週間経っているというのに、最初に顏を会わせて以降一度も場を設けないなど異常だ」
「来いっていうからわざわざ足を運んだのにこの仕打ちだなんて。もうオリュゾンに帰ってもいいんじゃないですか? 今年は食用に栽培したお米が大収穫だったので、マリーさんに教えてもらった米料理を試そうと色々準備していたのにいい迷惑です」
「そうだな。冬に入る前にやらねばならぬことも山ほどある」
頷き合う二人に心の中で同意しながら、オリュゾンから持ち込んだローストアーモンドを齧る。
――確かに無駄な時間だが、まだここでやらねばならないことがあるからね。
目的を果たすためならば多少の我慢は必要だと己に言い聞かせながら思い返すのは、ここに居る原因となった数々の出来事。
そもそも、なぜ我々がオリュゾンを離れ、大国クレアスの首都ザウエルにいるのかというと、その理由は今から一年ほど遡る。
当時、異世界からやってきた一人の女性によって転機を迎えた我が国オリュゾンは食の大改革に成功し、なにもない極東の小国から大躍進を遂げ、今では大国の貴族達が羨むほど有名な、食の最前線を行く国となった。
というのも、新しい主食として広まりつつあるお米や脂ののった豚肉にトマトといった食材から始まり、煮物や照り焼きといった勇者の醤油を生かした料理や、これまで食べられてきた甘味とは一線を画すプリンやクッキーやカステラといった菓子類、それから新型の泡立て器や蒸し器といった調理道具など多くものをマリーさんが私達に残してくれたお蔭である。
食に関して深い知識を持つ彼女の活躍により急成長したオリュゾンの食文化は、瞬く間に周辺の国々へ伝わり、その噂は大国まで届いた。
暇を持て余した大国の王侯貴族にとって、オリュゾンの噂は大変魅力的な娯楽に思えたようで、多くの訪問依頼を受けたが生憎と我が国は開発途上。大国の王侯貴族を持て成す施設もなければ人手もないということで喜々としてお断りしていたのだが、それが余計に彼らの気を引いたらしく。欲求に火が点いた彼らは、己が欲望を満たすべく自国の王にあの手この手を使い訴え、そのしつこさについに王の方が折れた。
よってこの度、大国クレアスの王ヨハン・バウマン陛下直々に話しを聞かせてほしいと、お願いとは名ばかりの召喚命令がオリュゾンに出されるに至り、自国の貴族の手綱くらい自分で捌いてくれと思いつつ我々はザウエルクまで足を運び、今に至るというわけだ。
暇人共の身勝手な言い分を叶えてやるのは大変癪なので、距離や人手不足などあらん限りの理由を並べて渡航が難しくなる冬まで躱すことも考えたが、結局いつかは来なければならなかっただろうしね。嫌ことは早く済ませるにかぎる。
それに、丁度気にかかることもあった。
マリーさんも参加していた去年の開拓調査中に起こったあの崩落事故について、改めて詳細に調べさせたところ、人為的な原因があったと判明。どうやらあの道が崩れやすくなるよう何者かが地盤に細工していたらしく、その痕跡を調べたところ大国のとある貴族と繋がった。
開拓の邪魔をしたかったのか、私の命を狙ったのか、それとも別の理由があったのか。
手持ちの情報だけでは判別が難しく、どうしたものかと思案していた最中クレアスの王による召喚があったため、私はその件に関して探りを入れる絶好の機会と思うことにした。
理想を述べるならば滞在中に大国が口を閉ざすほどの弱みを握り、オリュゾンへの不干渉と対等な関係での貿易を約束させ、あわよくば我が国や無人島となっている周辺の島々を開拓するための費用や人手などを出させたいところだ。
――それまでは好きなだけ我々を見下していればいい。
最後に笑うのはこちらだと、黙したまま一向に動きを見せないヨハン陛下へ心の中で告げる。
そうでなければ、彼女が残してくれた知識や技術の数々を餌にザウエルクへ乗り込んだ意味がなくなってしまうからね。
瞼に浮かんだサラサラと揺れる黒髪と共に思い出すのは、今から一年ほど前のこと。
――それでは、皆さんどうかお元気で!
皆から『マリー』と呼ばれ親しまれていた彼女はとびっきりの笑顔と共にそう言い残し、勇者様に手を引かれながら光のベールを潜って元の世界『地球』へと帰って行った。
あの日のことを、私は生涯忘れないだろう。
世界を救われ、心から感謝していたはずの勇者様をあれほど憎々しく思い、生まれてはじめて女神様の御威光そのものといえる光のベールなど見たくないと、今すぐ消え失せればいいと強く願った、あの日のことを。
マリーという女性は、私の望みを叶えてくれる夢のような人だった。
あれほど私が頭を悩ましていた食料問題への解決策をいとも容易く提示し、開拓地の調査中に食料の大半を失った際には、激昂するジャンに怯むことなく矜持を守り死に行くよりも、泥水を啜る覚悟で生き抜き大切なものを守るべきだと主張し、大切な部下を誰一人欠くことなく連れ帰るのに一役買ってくれた。
加えて彼女がもたらしてくれた『食』の知識と技術は、民に血を流させることなくオリュゾンを彼の大国に勝らとも劣らない国にしたい、という無謀な私の願いを叶えてくれる可能性が高く。
『食』は生きる上で欠かせなく、人の根幹を支える重要なものであり、誰しもが必要とする生物にとって切っても切り離せぬものだ。人が人として生きるかぎり需要がなくなることはなく、そして際限がない。
魔法を使わずともより長期間保存可能な食料が増えれば、マジックバックなどを用意できない低所得層でも長旅や長期の仕事ができるようになるし、開拓作業のために食料管理専用の施設や人員を用意しなくてよくなり経済的だ。極上の娯楽となる美食は、腰の重い支配階級の者達を動かす餌になり、突き止めていけば大国の王侯貴族相手に主導権を握れる時も来るだろう。
いつか大国の彼奴らを見返してやるという絵空事だった私の願いが、彼女お蔭で現実味を帯びる。
『食』をきっかけに、オリュゾンは豊かになるだろう。
大国相手に要求を呑ませることができるような価値を持つ、経済的にも裕福な国に。
そう確信したし、してみせると誓った。
でなければ、惜しみなく知識と技術を分け与えてくれたマリーさんに会わせる顔がない。




