№3 待望の牛肉と牛蒡の時雨煮(おにぎりVer.) 5
「久しぶりだね? マリーさん」
「お久しぶりです。ルクト様」
和やかに挨拶されたので反射的にそう答えれば、柔らかな笑みが返ってきた。
眼福というかなんというか、相変わらず美しい人である。
見惚れるような笑みにさすがだわと心の中で感心していると、フッと空気が変わるのを感じたのでその原因を探るべく辺りを見渡す。すると丁度、口元を緩めたままルクト様が眼を細めて、隣に立つヨハン陛下に声を掛けているところだった。
「――さて。まずは私が連れて来た者が働いた狼藉に関して、心からお詫び申し上げます」
「ああ」
「ただ、勇者様との関係に関しては一年前のことがありますのでご存知かと存じますが、御覧の通り彼女とも親しくさせていただいておりましたので、
知ってしまった以上このまま引き下がるわけにはいきません。ご説明願えますよね? ヨハン陛下」
「ああ。こうなっては仕方ないからな」
小首をかしげてそう尋ねるルクト様の声は朗らかで浮かべる笑みは麗しく、答えるヨハン陛下も開き直ったのか先ほどまで浮かべていた苦い表情は消え去り、肩をすくめて軽い調子で殿下の提案に頷いている。見かけだけは大変穏やかである。
それなのに、悪寒を覚えるなんてどういうことなのだろう。
笑顔ながらも一触即発な雰囲気という、その恐ろしい光景から逃れるように視線を動かせば、勇人君が硬い表情を浮べており、その奥ではなんだか気落ちした様子のレイスとそんな彼を慰めるように肩を叩いているベルクさんが見えた。
皆なにやらお取込み中のようなのでジャンへと目を向ければ、彼は笑顔で牽制し合うヨハン陛下とルクト様の後ろで一人、顔を赤くしたり青くしたりと忙しそうにしており、目まぐるしい展開になにがどうなっているのかさっぱりである。
そう感じているのは私だけではなかったようで、所在なさげにしていた騎士達を代表してアルバンさんがこっそりと私に問いかける。
「これはどういった状況なんだ?」
早々たる面子に恐れをなしたのか、微かに震える小さな声で尋ねて来たアルバンさんに私はフルフルと首を横に振った。
期待に沿えず申し訳ないけど、むしろ私が聞きたいくらいである。
「私にもわかりません」
「それにヨハン陛下だけでなく勇者様やオリュゾンの殿下と知り合いだなんて。君は一体……?」
恐る恐る紡がれた紡がれたその質問に正しい答えを返すことができないのがとても申し訳なくて、胸が苦しくなる。
出会ってからほぼ毎日顔を合わせ、なにかと構ってくれるアルバンさんとは大国の騎士の中で一番仲が良いと思っている。しかし彼との会話の中で、私自身に関して語ったことはほとんどない。
どこから来たのか教えるわけにはいかないし、どういった理由でこの国に居るのかなども、いくらした親しくしていても一介の騎士に説明して良いものではないことくらい私もわかってるからね。
だから彼に教えたことと言えば、料理やお菓子を作るのが得意でパンよりもオリュゾンのお米が好きなことくらいだ。
きっと、身元もここに居る理由も不明な私という存在は、アルバンさん達騎士やメイドさん達の目には大変不可思議な人物として映っていることだろう。
それでも親しくしてくれるのは私がヨハン陛下の客人であり、彼らが陛下や勇人君が性格や職務態度を加味して選んだ、そういった複雑な状況下でも真摯に対象と向き合える人々だからだ。
……ほんと、人が良いというかなんというか。
彼らが誠実に向き合ってくれるのは嬉しいけれど、本当のことはなにも言えないから心苦しくてたまらない。つい、本当のことを伝えてしまいたくなる。
しかしそれは、私にとっても勇人君にとってもよろしくない。
情報がどこから漏れるかわからないし、それによってどんな事態が起るのかわからないからね。
受け入れようとしてくれているアルバンさん達に対して随分不誠実な対応だと思うけど、もしもの可能性を考えると私は口を噤むしかない。
だから、これがアルバンさん達に伝えられる最大の返答だ。
「縁があって知り合っただけで、私はただの一般人ですよ」
「……そっか」
私のその答えに、アルバンさんは静かに目を伏せる。
あれほど親しくしていたのにきちんと答えない私に呆れてしまったのか、それとも傷ついたのか。俯き口元に手を当てて考え込むアルバンさんの顔は見えず、その胸中がどのようなものか思い馳せることもできなかった。
これはきつい。
アルバンさんとは他の人達よりも親しくしていた分、罪悪感がチクチク胸に刺さる。
……フェザーさんご夫婦に、なにも言えないままお世話になっていた時と同じくらい辛いわ。
そんなことを考えながら、私は胸を重くする感情を吐き出すように大きくため息を吐く。
目に映るのは落ち込んでるレイスとそれを慰めるベルクさんに一色触発なルクト様とヨハン陛下、なぜか先ほどから私と目を合わせようとしない勇人君に、周囲の面々を見渡し顔色を忙しそうにかえているジャンと、一向に顏を上げないアルバンさん。
どうしてこうなってしまったのか。
なんかもう、全部忘れておにぎりを頬張りたい……。
考えることが多すぎて疲れてしまったので、とりあえずお腹を満たしたい。
すっかり冷めてしまった手の中のおにぎりへ視線を落した私はそんなことを考えながら現実逃避よろしく、厨房に置いて来てしまったおにぎりの山へと想いを馳せたのだった。




