表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【深木】はらぺこさんの異世界レシピ  作者: 深木【N-Star】
第二章
50/71

№3 待望の牛肉と牛蒡の時雨煮(おにぎりVer.) 3

 ――こんな感じかな。

 ご飯が冷めてしまうとおにぎりは美味しく仕上がらないので手早く準備を整えて、手を洗う。

 次いで、熱々のご飯で火傷しないよう冷水で手を軽く冷やしたら、余分な水を落とし、一~二本の指の先に軽く塩を付けて手に馴染ませる。

 あとは力を入れ過ぎないよう気を付けつつ、熱さに耐えながらおにぎりを握るだけ。


 手の平にご飯を取り、大さじ一杯分くらいの時雨煮を真ん中に軽く押し込み、ご飯で包んで優しく、ふんわり握る。ギュッと力を入れて握ってしまうと冷めた時、ご飯が締まって硬い食感になってしまうので、あくまで優しく。

 指と掌を駆使して握ったおにぎりは綺麗な三角形を模り、艶々考えていてそのまま齧りつきたい衝動に駆られるけど、ご飯が冷める前に握り終える必要があるので我慢である。



 ――クー?



 熱さと、『えー。食べないのー?』と不満そうに鳴くお腹の虫からの抗議に耐えつつ、おにぎりを握ること十数分。



「できたー!」

「お疲れ様!」



 大皿にずらっと並ぶおにぎりの山を前に諸手を上げて喜べば、お腹の虫も「グー!」と盛大な歓声を上げる。恥ずかしいけど、アルバンさんの労いの言葉や時雨煮の香りにそわそわしていた騎士達やメイドさん達から上がった歓声と拍手でかき消されたから、たぶん大丈夫。問題はない。

 そう思いつつチラッと皆さんの様子を見れば、思った通り私のお腹の虫に気が付いた人はいないみたい。それに安堵の息を吐きつつ、同時に私は完成したおにぎりに目を輝かせる騎士やメイドさん達の反応に確かな手ごたえを感じて、心の中でガッツポーズを決める。

 この様子なら、一先ず時雨煮を入れたおにぎりは食べてもらえそうなので、これをきっかけに少しずつ牛蒡を使った料理を増やしていけば勇者の好物という宣伝効果も相まって、徐々に味や調理法が浸透していき、勇人君が望んだように食材として定着していくことだろう。体にいいしね。

 牛蒡の普及に向けて、第一歩を踏み出せそうな雰囲気に安心した私が思うことは一つ。


――とりあえず、おにぎりを頬張りたい。


 明かり窓から差し込む陽光を浴びて艶々と輝く三角の白ご飯は美しく、出来立てのおにぎりの誘惑に誘われるまま私はにわかに沸き立つアルバンさん達を顧みることなく手を伸ばす。

 私は塩むすびも大好きなので、海苔がなくても構わない。

 まだ温かいおにぎりを一つ、顔の高さまでそっと持ち上げて、息を吸うように大きく口を開く。

 そして「さぁ、食べよう」と顔を近づけた、その時だった。

 バンッと空気を震わせるほど大きな音を立てて開かれた扉から、ただならぬ様子で一人の騎士が駆けこんできたかと思えば、厨房の中にいる全員の耳に届けるかのごとく大きな声で叫ぶ。



「お逃げくださいマリー様! 侵入者です!」



 耳に届いた言葉の意味を理解した瞬間、私の脳裏に浮かんだのは『絶望』の二文字だった。

 もたらされた一報に短い悲鳴を上げるメイドさんの声や、アルバンさん達騎士が息を呑む音がどこか遠い場所での出来事のように感じる。それくらい、衝撃的な知らせだった。


 ――嘘でしょ。まさか、このタイミングで?


 そんな殺生な。

 後生だから勘弁してほしい。


 今まさにおにぎりを頬張らんとした瞬間に侵入者の知らせを受けるって、いったいどんな確率なの? 侵入者も空気読めなさすぎるでしょう。よりにもよってなんで今来ちゃったの、と心の底から問いたい。


 「侵入者は真っ直ぐこちらに向かっているそうです。ここは危険ですからお早く脱出を!」


 いつになく厳しい表情を浮かべて告げた騎士の言葉に、近くにいた騎士は私の肩を抱くと「どうぞこちらへ」と言いながら少し強引な動きで厨房の出 入り口へとエスコートしていく。そんな私達の側には少し顔色を悪くしたアルバンさんが、厳つい顔をさらに強張らせて着いて来ていた。

 舌先をくすぐる塩味に、土の風味豊かな牛蒡や刺激的な生姜に力強い牛肉の旨味や油といった個性豊かな具材と絡み合う甘辛い醤油ベースのタレ。それから、すべてを優しく受け止めて包んでくれるご飯のほのかな甘み。

 至福の味がすぐそこにあったというのに、なんたる仕打ち。あと五秒遅ければ頬張ることができていたのに。



 ――せめて一口だけでも齧りたかった!



 そんな私の魂の叫びは騎士達へ届くことなく。出来立てのおにぎりを一つ手にしたまま、私はあれよあれよという間に厨房から押し出されるように連れ出されてしまった。

 お願い、誰か嘘だと言って……。

 折角作ったおにぎりを味わうことなく逃げなければならない現実に、そっと涙を呑む。


「こちらへお進みください。怖がらなくて大丈夫ですよ」

「動揺されているでしょうがご安心ください」

「マリー様の御身は私達が必ずお守りいたしますので」


 手の中にあるのに食べれないなんて、なんて苦行なのか。目の前にあるのに口にできない悔しさに心の中で歯噛みしていると、なにを勘違いしたのかエスコートしてくれている騎士達がキリッとした顔つきで口々に頼りになる言葉をかけてくれるし、いつの間にか背後を守ってくれているアルバンさんが力強く頷いてくれたけど、誤解である。

 私は決して怯えているわけではなく、とんでもないタイミングでやってきた侵入者に対して怒りを抱いているくらいだからね。


 ――それにしても、誰がこんなことを?

 この客殿は城の敷地の中でも奥の方にあり、わざわざ侵入したってことになるんだけど、一体何が目的でここにやってきたのか。

 建物自体は豪華だけどあくまでも客殿なので宝物庫などがあるわけではないし、食材は豊富にあるけど、そもそも国王陛下が住むお城に食べ物を盗りに入る人間なんていないだろう。普通に市場とかで盗んだ方が効率いいし、逃げ切れる可能性も高いからね。

 物じゃないとすると、あとはここでお世話になっている私が目的ってことになっちゃうんだけど、そうなると侵入する意味がない。


 ……正しくは、デメリットの方が多いって感じだけどね。

 異世界の知識がほしいと言っても私と勇人君の召喚を知っているのは神殿内で会ったヨハン陛下と、近衛騎士数名だけ。勇人君は犯人達の全貌を探るため身を隠して行動中だし、私の身分はヨハン陛下が大切な人から預かった客人だ。

 客人が出産可能な年代の女性であることが露見してしまうと貴族や妃様方に邪推されるので、目撃されないようちゃんと客殿に引きこもっていたし、勇人君やヨハン陛下もなにも言ってこないので、噂を聞きつけてという可能性は低いように思う。


 となると、特に思い当たる理由がないのだ。

 もしかしたら勇人君が追ってる案件の関係者が私を攫いに来たって可能性はあるけど、それなら実行するのは早朝か深夜に人目を忍んで行われるはずだ。間違っても、こんな真昼間に堂々とやることではないだろう。

 他になにか理由があるかなと思案してみるけど特に思い浮かぶものはなく、いくら考えても侵入者の目的と理由がわからない。

 一つ確かなのは、どんな理由があったとしても私の中で許せるものではないという点かな。



 ――食べ物の恨みは恐ろしいんだからね!



 手の中にあるすっかり冷めてしまったおにぎりへ一瞬視線を落して、ギリッと歯噛みする。

 冷めても大丈夫なように作ったからこれはこれで美味しいだろうけど、私から至福の時間を奪った罪は重い。それも食べたいのを我慢して握り続けたおにぎりをまさに今食べようとしていたところだったから、なおさらだ。

 侵入者について色々と考えていると、曲がり角まであと少しといったところで先頭を歩いていた騎士が足を止め、それに伴ってエスコートしていた騎士が背に回していた腕に力を込めて私を引き留める。


「――お待ちください、マリー様」

「へっ?」


 突然の行動に思わず間抜けな声を漏らせば、真剣な表情で「お静かに」と言われたので慌てて口を手で押さえた。

 そうして騎士達と共に息を殺していると、どこかから物々しい音が聞こえてくる。



「待て!」

「これ以上の狼藉は許さんぞ!」

「右に行った! 早く追かけろ!」



 罵声のような声と荒々しい足音に、私を誘導していた騎士達から舌打ちが零れる。


「こっちは駄目だ。戻るぞ」

「了解」

「申し訳ございません、マリー様。進路を変えます」

「あ、はい」


 眉を寄せた騎士の言葉に頷けば、回されている腕に力が籠められ方向転換を促されたので、従おうと足に力を入れる。

 しかし私が動き出すよりも早く、黒い影がザッと曲がり角から飛び出して来る方が早かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ