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【深木】はらぺこさんの異世界レシピ  作者: 深木【N-Star】
第一章
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№3 コック・オ・ヴァン(鶏の赤ワイン煮込み)2

 ここで働けたお蔭で、朝晩もそれなりにご飯を食べられるようになったしね――。

 餌をつつく鳥達を横目にフッと笑みを零した私は、卵を詰め終えた箱を手に振り返る。


「――フェザーさん! 卵の箱詰めが終わりました」


 そして最近飼育を始めたという鶏達の観察していたフェザーさんに声をかければ、優しい笑みが返ってきた。


「お疲れ様。じゃぁ、行こうか」


 我が子を見るような優しい眼差しに得も言われぬ感情が込み上げてくるけれども、今はまだ。

 その感情の正体は、追及しないでおこうと思う。


「お昼ご飯、楽しみですね」


 燻ぶる感情には気が付かなかったことにしてお昼ご飯に思いを馳せれば、フェザーさんの柔らかな声が耳を打つ。


「そうだね。カリーナがシチューを温めながら首を長くして待ってるだろうから、少し急ごうか」

「はい!」


 元気な返事にフェザーさんが笑い声を漏らすが旅の恥はかき捨てと言うし、お腹の虫が鳴いているので仕方ないと誰に聞かせるでもない言い訳を心の中で呟きながら私は歩調を早める。

 目指すはカリーナさんが作ってくれた温かいシチュー。

 地球に残してきた両親や友人や仕事、優しくしてくれるご夫婦に嘘をついてることやこれからの生活、それから偶然紛れてしまった私を女神様は元の世界に帰してくれるのかといった心配や不安は尽きないけれども、肉体労働すればお腹が減るのは人間ならば当然の摂理。

 腹が減っては戦ができぬって言うしね!



***



「――女神様のお恵みに感謝を」

「「感謝を」」


 フェザーさんの音頭でカリーナさんと私も食前の祈りを捧げる。

 そうして家長であるフェザーさんや奥さんであるカリーナさんがご飯に手を付けるのを待ってから、私もスプーンを握った。

 怪しまれる可能性を考えると誰にも聞くことができないので、こちらのしきたりがどういった形式なのかはわからないけど、目に余る間違いや無作法な行動はそれとなく注意してくれるご夫妻がなにも言わないので恐らくこれで大丈夫なのだろう。

 

 ――いただきます。

 木製のスプーンを握り、心の中で日本式の挨拶をしてからカリーナさん特製のシチューをすくう。

 今日の昼食はコック・オ・ヴァンのようなもので、香草とニンニクのいい香りに先ほどからお腹の虫が刺激されていた。

 コック・オ・ヴァンとは、赤ワインで漬け込んだ薄切り野菜と鶏肉を煮込んで作られるワインの国ならではの家庭料理だ。

 アルコールで柔らかくなった鶏をよく煮込むことで口に含めばホロリと崩れるお肉となり、野菜を裏ごし作られたソースは素材の優しい甘さと赤ワインの程よい酸味にタイムやベイリーフが醸し出す風味が混ざり合ってたまらない。ほどよくきいたニンニクが食欲を刺激し、付け合わせで入っているマッシュルームや玉ねぎがいい具合に緩急をつけてくれるので飽きることなくスプーンが進み、添えられているパンにソースを付けて食べれば噛みしめる度に肉汁とワインの豊かさが感じられて大満足である。

 欲を言えば、煮込むのに使った赤ワインをがぶ飲みしながらチーズもつまみたいけど……。

 食道楽に片足突っ込んでるとよく言われる私の願望はこの世界ではとんでもない贅沢だと重々承知しているので、心の中にそっとしまっておく。


「味はどうかしら?」

「最高です!」


 カリーナさんの問いかけに即答すれば、慈愛の籠もった笑みと一緒にパンを一切れ追加してくれた。完全なる子供扱いだけど嬉しかったので、素直にお礼を言って食事を再開する。


「フェザーはどう?」

「美味しいよ。この料理なら王家の方々だって喜んで口にするさ」

「ありがとう。でもこんなに豊かな味になったのはフェザーの育てた新しい鳥が美味しいからよ」

「そうだね。これなら飼育量を増やしても問題なさそうだ」

「ええ。きっとお客様達も気に入るわ」

「以前の育てていたものよりは小さいから、しばらくは繁殖を優先させないと」

「そうねぇ……」


 黙々と口を動かしながら拾った二人の会話に、ということは卵の出荷量を落とすのかなとぼんやり考える。

 彼らが話している新しい鳥というのは鶏のことで、以前の鳥というのは鶉のことだ。そう思って先ほどの会話を想像するとサイズがおかしいと感じてしまうのだが、これが驚くことにご夫妻が話している鶉は魔王の影響でおおよそ五倍サイズ、つまり体長が一メートルもありその卵は十五センチ前後あったというのだからなんらおかしくなかったりする。

 といってもただ地球サイズよりも大きかったわけではなく、魔王が出す瘴気で凶暴な性質を持つ魔獣と呼ばれるものに変化していたようだ。卵肉兼用という点と見た目は私が知っている鶉と大差ないのだが、気を抜いたら指を食いちぎるような鳥だったらしい。しかし魔王討伐が討伐されたことで私の知る鶉に変化したというのだから、ある意味いい時期に異世界へ来れたようで少し安心している。

 植物や魔獣と呼ばれていた生き物も軒並み無害な方向に変化して私が知る野菜や動物の姿になっているようだし、犯罪に巻き込まれないよう気を付ければそうそう命にかかわる事案に遭うことはなさそうだ。

 ……惜しむらくは、私に森や山を歩く能力がないことね。


 可能ならば森や山などへ足を運び、食材を取って食費を浮かせたかったけど仕方ない。

 どうやら私にも人並みの魔力があるらしいとのことで練習に励んではいるものの、蝋燭くらいの火を出したり生活に必要な水を溜めたりするので精一杯。フェザーさんが言うには練習すれば威力も上がり、火の玉なども出せるようになるらしいのだが、いつになることやらといった感じだ。

 それなのに熊とか狼とか猪とか毒蛇とかいる森や山で食料採取なんて無謀、というか魔法の扱い云々の前にそもそも山歩きする体力や技術を私は持ち合わせていない。

 母の「男は胃袋から掴むのよ」という言葉を信じて、また食道楽気味な自分のためにも料理教室やお菓子教室へ通っていた。それに大学は家政学部だったこともあり、調理技術や食関係の知識は一般女子よりあると自負しているけれども、さすがに狩りはできる気がしない。


 なので、市場に並ぶ食材を見る限り豊富な食料があることはわかっていても、今のところ近隣にある森や山に入る気は一切ない。

 ――食事の質は重要だけど、命はもっと大事だもの。

 私は安全なところでコツコツ働く方が性に合っているし、などと考えたところで不意に木製スプーンがカツンとお皿に当たる。



 しまった。

 あれこれ考えているうちに食べ終わってしまったらしい。



 なんてことだとしばし愕然とするも、無くなってしまったものはもう返ってこない。

 一日一回の楽しみ、それも折角食べたことのある味の御馳走だったのだからもっと味わえばよかったと思いつつも、私はそっとスプーンを置いた。

 お願いすれば優しいカリーナさんは嫌な顔することなくお代わりをよそってくれると思うけど、出会って一か月にも満たない相手にそこまで甘えるのはさすがに図々し過ぎるからね。

 こんな状況だから生き抜くためには多少図太くなければならないと思っているけど、どんな相手であれ円滑な人間関係を築き維持していくためには決して謙虚さを忘れない方がいい。

 どれほど子供扱いされてそれに甘んじていたしても、私は社会人四年目となるいい歳した大人だもの。最低限の礼儀はわきまえておかないと。

 それにまったく大変そうなそぶりを見せないけど、フェザーさん達だってこれまで育てていた鳥達が小さくなってしまい新たに捕まえた鶏の養殖や研究で大変な時であるはずなのだ。

 その証拠に、移民の中でも給金が安くすむ孤児や手に職もなく身寄りを失くし縁者もいない者達から従業員を探していたしね。

 真面目に働いていた甲斐あって信頼してもらえたのか、息子は巣立ちそれなりに貯蓄があるからもっと甘えてくれて構わないと言ってくれたけれど、ここは年金や医療保険なんてものは存在しない異世界だもの。老後に備えてのお金だろうに、縁もゆかりもない私のために散在させるわけにはいかない。

 

 ……ちゃんと恩返しできるかわからないしね。

 私の性格上、散々お世話になってあっさりさよならなんてできない。

 だから、やりたいことや贅沢は自分で叶えると決めてる。

 そうじゃないといざ地球に戻れるってなった時に心置きなく帰れないからね。

 あんたは細かいことまで気にし過ぎなのよと言った親友の言葉を思い出し、私はそっと目を伏せる。

 素直に甘えられる性格ならばもっと楽に生きられるんだろうなとは思うけど、これが私なのだから仕方ない。自力で、もう食べられないと思うほどのご飯に囲まれてみせるわ。

 そう決意を改めた私はフェザーさんやカリーナさん、なにより自分のためにも午後の仕事を頑張ろうと意気込んだのであった。


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