№3 待望の牛肉と牛蒡の時雨煮(おにぎりVer.)
――オムレット作った翌日。
私は今日今日とて、厨房に居た。
目の前には、火から下ろしたばかりのご飯が入った大鍋。
布巾の上に乗せたお鍋は蒸らし中なので蓋がピッチリと閉ざされたままだけど、思わず頬が緩むような香りが厨房中に漂っていて、目で見なくても艶々のご飯が炊けていると確信する。
――それじゃぁ、張り切っておにぎりの具材を作りましょうかね!
心くすぐる炊き立てご飯の香りに鼻歌を歌いながら大鍋から離れれば、そんな私に釣られるようにアルバンさんが口を開いた。
「今日はなにを作るんだい?」
ウキウキした様子で尋ねてきたのはアルバンさんで、その奥では扉や部屋の中を見守っている騎士や控えているメイドさん達が瞳を輝かせて私を見ている。
どうやら昨日のオムレットが大変好評だったようで、昨日食べた人も食べれなかった人も今日はどんな美味しいものを作るのかと期待してくれているのだろう。厳しく真面目そうな皆さんがこんな表情を浮べてくださるなんて信用を勝ち取ったようで、嬉しいかぎりである。
……美味しいものって偉大だわ。
美食は国境や人種間の因縁さえ越えて伝わるものだけど、世界だっていとも容易く越えるのね、と感動していると、我慢しきれなくなったのかアルバンさんが皆さんを代表して返事を催促するように私に問いかける。
「お米が炊いてあるから料理?」
そう告げるアルバンさんの顔は期待に満ちていて、威圧感いっぱいな風貌をしているくせにどこか可愛らしい。
……人懐っこいくまさんがいる。
アルバンさんを動物に例えるなら、熊でもクマでもなくてくまさんだ。
人食い熊とか凶暴なやつでなくて、幸せそうに蜂蜜をペロペロ舐めているイメージね。
そんな私のイメージを裏切ることなくこのアルバンさん、外見は完全に肉食系なのに好物は甘い物だったりする。まぁ、好物と言っても私が渡すまでお菓子なんて食べたことなかったそうなんだけどね。
詳しくは聞いてないんだけど騎士と言っても色々階級があるらしく給料も様々で、アルバンさんは最近昇進したばかりなんだって。
「マリー様?」
そうこう考えていると待ちきれなくなったのか、アルバンさんから再び催促の声がかかった。厳つい見た目に反して、大変温厚な中身に気を取られ過ぎたみたい。
アルバンさんはお菓子の方が良かったんだろうけど……。
これから作るのはおにぎり、しかも具材は牛肉らしきお肉と牛蒡の時雨煮である。
「今日はおにぎりの予定なんです。多めにできると思うので、ご友人達にも持って行ってあげてくださいね」
「本当かい? おにぎりって言うと最初に食べさせてくれたやつだよね? あれは腹持ちが良いから友人達も喜ぶよ」
本日のメニューを伝えつつよくアルバンさんから聞く友人方にも持ち帰るよう勧めれば、その時のことを思い描いたのかアルバンさんは楽しみだと言って笑った。
ちなみになぜ牛肉と牛蒡の時雨煮のおにぎりになったのかといえば、勇人君のリクエストが牛蒡を使った料理だったからだ。
勇人君、金平牛蒡とか牛蒡の肉巻きとか好きみたいなんだよね。
初めて知った時はあまりに渋い好物に思わず聞き返してしまったんだけど、まぁ、美味しいし、いいと思う。私も、牛蒡は煮物や豚汁や炊き込みご飯に欠かせない食材だと思ってるし。
……それにしても偶然で牛蒡を見つけちゃうなんて、勇人君って強運よね。
さすが勇者様というべきか。なんでも勇者様として旅をしていた時に、近隣の村人に頼まれて魔族に襲われてボロボロになった大地を魔法で均してあげたことがあったそうで、その最中に偶然牛蒡を掘り当てたらしい。しかし木の根っこにしか見えず、また勇人君に美味しく調理する技術がなかったため醤油のように受け入れてもらえなかったんだって。
それでも、勇者様の好物だからと言って定期的に採取だけはされていたって言うんだから、勇人君は本当にこの国の人に愛されていると思う。
そして、勇人君は自身がどれだけ人々から思われているか知っている。
だからこそ、あれほど頑張るのだろう。
思い出すのは、今度こそ広めたいと言って牛蒡を持ってきた勇人の目の下に薄っすらとあった隈。それはこの世界の平和を守るべく、彼が寝る間も惜しんで奔走している証に外ならず。勇者としての責務を果たそうとする責任感の強さと、アリメントムを想う勇人君の胸中を垣間見た気がした。
……まぁ、それもそうだよね。
数か月しかいなかった私でさえもあれほど思い出にするのに苦労していたのだから、五年も命懸けで戦ってきた勇人君がアリメントムに思い入れがあるのは当然で。その上、今回は私を巻き込んでしまったことで、さらに気合いを入れて早期解決を目指している節がある。
勇人君が身を粉にして働いている一因が私にあると思うと、大変申し訳なく。私にできることは少ないけど、出来るかぎりのことをしようと改めて思った次第である。
――とりあえず、美味しい牛蒡料理を作ってあげなきゃね。
疲れている最中、わざわざ食材を持って来て食べたいと言うくらいだ。よほど食べたかったか、疲労の末、体が癒しを求め好物を欲しているのだろう。
ならば私はその期待に応えなければ。
魔法でお肉を切り落としにして行ってくれたしね……。
切り落としにしなきゃと言ったら、魔法で牛肉と思わしきお肉の塊をパパッとやってくれた勇人君を脳裏に浮かべながら、珍しい彼のお願いを叶えてあげなくてと使命感に似た感情を抱く。
ちなみにお肉の塊から切り落としに変わるのは、本当にあっという間だった。マルクさんやレイスはナイフや包丁を強化して切っていたようだけど、勇人君は魔法で一瞬である。強いてしたことを挙げるなら、お肉の塊に手をかざしたくらい。スーパーで現物を見たことがあり、現物を知っているからだと本人は言ってたけど、さすが勇者様と思った瞬間だった。
さらに言えば、切り落とし肉を作ったあと軽く笑いながら『これ、今は俺達の知る牛と同じ姿になっているので家畜化されているそうなんですけど、元はワイルド・シュティって闘牛を百倍くらい凶暴にして、成人男性の腕くらいの角が二本生えている魔獣だったんです。魔獣だった頃も肉質はこんな感じで、走り出したらまっすぐにしか進まず倒しやすいんで、よく食料ない時に狩ってました』と語り、懐かしいなぁと呟かれた時も本当に勇者様として戦っていた人なんだなと思った。
成人男性の腕のような角が生えた凶暴な牛なんて、私は視界に収めた瞬間に全力で逃げる。
とまぁ、そんな感じで勇人君は私が提案した牛肉と牛蒡の時雨煮に大変乗り気で。
疲れた体にムチ打ってまで食べたいというのならば叶えることに文句などなく、本日の昼食として採用された次第である。
余談だけど、地球でも牛蒡を食べるのは日本と台湾と中国くらいだと言われており、欧米の方では根を薬用することはあっても食用はされず、ヨーロッパの方ではユーラシア大陸が原産地だというのに食されない悲しい食材だったりする。
戦時中、日本人が捕らえた敵兵の食事に牛蒡を出して、木の根を食べさせたと誤解され、処罰されたという過去もあるくらいで、近年は和食ブームもありフレンチシェフなども使うようになっているそうだけど、日本と同レベルで食用されるにはもう少し時間がかかることだろう。




