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【深木】はらぺこさんの異世界レシピ  作者: 深木【N-Star】
第二章
43/71

№1 衝撃の辛子明太子チャーハン  4

『ユウト! 大変なのっ』



一度見たら忘れられない美貌の持ち主が顔を悲哀に染めて訴えるその姿に、面食らった様子だった勇人君の表情がサッと変わる。


「なにがあったんだ」


 まっすぐな眼差しで女神様にそう尋ねる勇人君の声は、十七歳の高校生に出せるようなものではない重さをもっていて。

 これが一つの世界を救った勇者様の顔なのだと納得すると同時に、彼は助けを求める女神様に応え再びあの世界へ行くんだろうな、と静かに悟った。



『貴方が折角倒してくれたのに、魔王を復活させようとしている人々がいるみたいで……このままじゃ、また私の世界が――』



 聞き逃さぬよう真剣な表情で女神様の言葉に耳を傾ける勇人君の背が、頼もしく大きく見える。

……本当に、強い人。

 救いを求め伸ばされた手を迷うことなく掴める勇人君が眩しく、ほんの少しだけ羨ましかった。

ピンッと伸びた彼の背から逃げるように目を伏せて思い出すのは、期待に満ちたルクト様の瞳。



『私の判断は間違っていなかった。マリーさんならきっと――』



熱に浮かされたように語るルクト様の言葉を最後まで聞かずに済んで安堵してしまうような私には、とてもじゃないけど勇人君のようには振る舞えない。

 悔しさからか、それとも悲しみからかもわからない苦い感情が広がるのを感じながら、私は二人からそっと離れて台所へと移動する。


 勇人君と一緒に戦い異世界を救うなんてことはできないので、せめてもの餞別に食料や調味料を持たせてあげようと思う。折角作ったお昼ご飯だって、まだ半分ぐらいしか食べてないしね。

ということで、私は残っていたチャーハンをラップで包んでおにぎりを数個用意し、次に冷蔵庫の中からソースやケチャップやマスタードやマヨネーズ、タッパーに小分けしてあったセロリと燻製イカの漬物などを、調味料棚からは醤油や調理用酒やみりん、昆布、鰹節などを取り出し、愛用している買い物バックへ詰め込む。

そして最後に、実家から送ってもらった食品加工図鑑や食品製造・保存に関する書物、調理学や栄養学などの教科書類を隙間に差し込んでおいた。

これらの教科書から学んだ知識にはオリュゾンで思いの外お世話になった。それに異世界には魔法という素晴らしい技術があるので、正しい味と製造手順がわかれば調味料類も再現できるはず。様々な保存法や加工法も載っているので、きっと役立つだろう。



――こんなものかな。



買い物バックに入るだけ荷物を詰め込み、持ち上げる。

正直、かなり重いけど一、二メートルの我慢なので頑張って運ぶ。

若干ヨロヨロした足取りで食卓まで戻れば、勇人君と女神様との会話は終りを迎えようとしていたところだった。良かった。いいタイミングだったみたい。


『――もう一度、私の世界を助けて。ユウト』

「わかった。俺で力になれるなら行くよ、アリメントムへ」


 先ほど想像したとおり女神様にそう答えた勇人君はゆっくり振り返ると、少し困ったように、しかしその瞳に強い光を宿して私に別れの言葉を告げた。


「すみません、真理さん。ご飯の途中ですが俺はこれで失礼します」

「うん。頑張ってね。あと、これよかったら持って行って」


 食べかけで退席することを申し訳なさそうに謝った勇人君に気にしないでと笑い、パンパンになった買い物バックを手渡す。

そして二人を見送るべく少し距離を取ろうとした、その時だった。


「ありが『あぁ、ユウトと一緒に居たのはマリーだったのね! 丁度いいわ。貴方も一緒に行きましょう!』」


 買い物バックの中を見てお礼を言おうしていた勇人君の声を遮るように鈴を振るような女神様の声が部屋の中に響き渡ったかと思えば、白魚のような美しい手でガシッと腕を掴まれる。


「へっ?」


 私の口から思わず漏れたのは間抜けな声で、側で見ていた勇人君の顔に焦りが浮かぶ。

 しかしそんな私達の様子に気が付くことなく、女神様は空いている方の手で勇人君の手を握ると少し薄くなったオーロラに向かって走り出した。

え、ちょっと待って。私行くなんて一言も言ってないんですけど!? 


『あまり時間が残ってないの。急ぎましょう!』


 そう言って『しかも丁度いいって一体なにが丁度いいの!?』と心の中で絶叫する私の腕をグイッと引く女神様の力はその見た目からは想像できないほど強く、抵抗むなしく私の足は踏鞴を踏むように動き出す。



嘘でしょ。

女神様、滅茶苦茶力強い。



私と醤油瓶などが詰まった買い物バックを持った勇人君を引きずっているとは思えない軽やかさで歩を進める女神様に、頭の中で焦りと戸惑いが吹き荒れ。文句や制止の言葉が上手く出てこない。

しかも、そうこうしているうちにオーロラは間近に迫っていて――。


「「待っ――!」」


 揃って発した制止の言葉は最後まで紡がれることなく。

私と勇人君は女神様に手を引かれるまま、光のベールの中へダイブしたのだった。



   ***



 そして、この状況である。

 なにがどうしてこんなことに……?

 隣で勇人君がドサッと買い物バックを取り落とした音を聞きながら、私は引きつる頬を隠すことなく女神様の所業よって放り出された大きな部屋の中を見渡す。

 閉塞感をかき消すような美しい青空が描かれた天井からゆっくりと視線を降ろしていくと、部屋の最奥に蔓や花を模した繊細な金細工が施された大きな扉が目に映る。

 続いてまっすぐに視線を引き寄せて行けば厳かな雰囲気を醸し出す青白い光球が等間隔に並べられれていて、ピッカピカに磨かれた石畳の床に、それらと同じ素材で作られた数段ほどの階段が私と勇人君が立つ高座まで続く。

 そして私達の背後には果物などの供物が敷き詰められた祭壇らしきものと、穏やかな微笑みを浮かべた女神様の石像。

 某ロールプレイングゲームなどで登場する神殿や祈りの間を思わす、神聖さと厳かさを兼ね備えた部屋の一番上座だろう場所に、手櫛で適当に後ろで括った頭と使い古したグレイのスリッパ、くたびれてきたためご近所用へと降格されたクリーム色のニットワンピースという情けない格好で立たなければならないこの苦行。


 女神様、一体私がなにをしたというのですか……?

 衝撃冷めやらない私と勇人君を見上げている騎士達と、悲しみや悔しさといった苦い表情の中浮かべながらも安堵したように勇人君の名を呼んだ御仁が纏う空気がどこか物々しいものだから、さらに居たたまれない気分にさせられる。


 ……オリュゾンではないようだけど、ここはどこなんだろう?

 ユウト、と呼んだファー付きマントの御仁とか、「ユウト様だ」「勇者様が来てくださった」といった声を上げ空気を若干緩めた騎士達から考えるに、勇人君ならばここがどこか知っているに違いない。


 そう思って横を見れば、黒い瞳と目が合う。

 強い意志を宿し旅立ちを告げた数分前とは打って変わり、その表情は硬く、明らかに私へ掛ける言葉を探していた。

 やめて。滅茶苦茶不安になるから!

 危機に瀕しているアリメントムを救うと決めた勇人君と一緒に、なぜか私も再び異世界トリップしてしまったという事実だって認めたくないのに、言い難そうにされると嫌な予感しかしない。

 騎士達や御仁が纏う空気もどことなく緊迫しているし、私はこれからどうなっちゃうというのか。

 胸いっぱいに広がる不安と想定外のことばかりで限界だった私は、勇人君を問いただそうと口を開きかけていた。

 しかしそんな私の言葉を遮るように、御仁が声を上げる。


「ユウト」


 渋みのある低いその声に、勇人君の視線が私からマントを羽織った御仁へと移る。


「……なんだ。ヨハン」


 御仁の名を呼ぶその声はどこか気安く、その口調から言って随分と親しい間柄らしい。御仁の風貌を見るかぎり私よりも年上なのは明らかで、下手したら勇人君より一回り以上歳上のように思えるんだけど、一体どういう関係なのか。

 そもそもこの見るからに偉そうな御仁と騎士達はどこの誰なのか。

 わからないことが多すぎて、そろそろ頭の中が疑問符でパンクしそうである。


「ここは女性と話すには適さないし、私もお前も互いに話し合わねばならぬことがあるようだからな。場所を移そう」

「そうだな。ヨハン達の用事は済んでるのか?」

「ああ。念のため確認しに来ただけだからな。問題ない」


 よくわからない会話と共になにやらアイコンタクトを交わした二人の間で話が付いたらしく、勇人君から逸らされたみそら色の瞳が私をまっすぐ見上げる。そして。


「――大国と名高い我が国クレアスへようこそ、異界の姫君。客殿を用意させる故、今日のところはゆっくりと休んでくれ」


 誇らしげに告げられたのは、そんな言葉で。

 バッと勢いよく隣を見やれば、少し申し訳なさそうな表情を浮べた勇人君が小さな声で私がほしかった情報を囁いてくれた。


「巻き込んでしまって、すみません。あそこにいるのが大国と呼ばれるクレアスの王であるヨハン陛下で、周りに居るのは国王直属の近衛騎士です。食えない御仁ですが俺も居ますし、悪いようにはさせませんからどうか安心してください」


 そう言って床に落ちた買い物バックを拾うべく手を伸ばす勇人君の姿を横目にソロソロと階段下へを見れば、ニッと男臭くも頼もしい笑みを向けられて頬が引きつりそうになったので、とりあえず愛想笑いで誤魔化しておく。

 思いがけず迎えてしまった二度目の異世界トリップに、なんだか緊迫した空気を纏う騎士達と大国の国王陛下だなんて、色々と詰め込み過ぎである。女神様は一体私にどうしろというのか。



 乾いた笑いと一緒に、本日何度目かになる疑問が胸を過る。

 しかしその問いに答えくれる人はなく。


「行きましょう、真理さん」

「……うん」


穏やかに微笑んだまま沈黙する女神像に見守られながら私は勇人君の手を取り、ヨハン陛下達が待つ高座の下までの階段を下ったのだった。

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