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【深木】はらぺこさんの異世界レシピ  作者: 深木【N-Star】
第二章
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№1 衝撃の辛子明太子チャーハン 3

気を遣ってくれているのか、元々の性質かはわからないけど、夢中で食事をかき込むレイスとは違い、勇人君は料理の感想やアリメントムでの思い出、学校や家での出来事などを話してくれたり、私が暮らしていたオリュゾンのことや近況などを尋ねてくれる。


オリュゾンでの生活を経て誰かと一緒に食事することに慣れてしまった私にとって、地球に戻ってから一人暮らしの部屋で食べるご飯はどこか物足りなくて。自分の気配しかしない空間に寂しさを感じる度に、あちらの世界への未練が浮かぶような気がして少し困っていたので、勇人君との賑やかな食卓にはとても助けられていた。



そんな勇人君が黙って食べる続けるなんてめずらしいと思いつつチラッと視線を上げれば、手を休むことなく動かして和風チャーハンを食べ続けているので、相当お気に召したようだ。

勇人君の食の好みって結構渋いもんね……。

高校生ぐらいってハンバーグとパスタとか洋食系を好んで食べているイメージがあるのだけれど、西洋文化が主流な異世界で暮らしていた影響か、勇人君はどちらかというと和食系を好む傾向があるので、いぶり漬けや紫蘇などの和の食材を加え、醤油ベースの味付けが口に合ったのだろう。漬物とかたたき牛蒡とかサッパリ系の味付けも好きみたいだし。

勿論、和食は無形文化遺産に登録されるくらい素晴らしい技術であり、世界に誇るべき文化だと思う。私も洋食よりは和食の方が好きなので勇人君の好みに物申す気はないし、むしろとても良い趣味をしていると思う。体にもいいしね。


レイスはがっつりした味付けの方が好きだったな……。

鳥の照り焼きとか角煮とか生姜焼きとか。きっとデミグラスソースをたっぷりかけたハンバーグやピザやパスタなんかも作ってあげれば喜んで食べただろう。

無表情のまま、でもアンバーの瞳をこれでもかというほど嬉しそうに煌めかせて。


――マリー。


脳裏を過るのは、強請るような声で私を呼びながら物欲しげな顔で空になったお皿を差し出すレイスの姿。同時に感じる息苦しさに似た感覚を呑み込むように、私はそっと目を伏せた。

オリュゾンでの日々を勇人君に話すことで、処理しきれなかった感情とかも少しずつ思い出へと昇華されていっているように思う。

しかしすべてを過去にするには一年という時では短く、足りなかったらしい。

そしてそれはきっと勇人君も同じなのだろう。

だからうっかり異世界トリップしてしまった『私』の迎えを済ませた彼が地球に戻ってきてからもこうして、私と食事をしながら異世界の記憶を振り返っているのだと思う。

異世界で暮らした日々は過ぎ去った時間であり、思い出なのだと自分自身に言い聞かせるように。

これから先、あちらの世界の記憶が増えることはなく、いつか思い出話は尽きる。そうしたら地球での近況報告や家族や友人の話題が会話の主役となり、やがて異世界で過ごした記憶は日々の暮らしの中に埋もれていくのだろう。

 フェザーさんやカリーナさんやレイスのことも、いつかきっと――。

脳裏に浮かんだ皆の顔に湧き上がる感情に痛みを覚える前に、私はチャーハンごとすべてを飲み込んだ。


――うん、美味しい。


だからきっと大丈夫だ。

ご飯を美味しいと感じられるのならば問題はない。

今はまだオリュゾンで過ごした日々を想うと胸がキュッと締め付けられる気がするけど、やり残したこととか未練とかも全部ひっくるめてそのうち昇華できるだろう。

小さく頷きながら小鉢へと手を伸ばせば、パチリと勇人君と目が合った。


「辛子明太子のチャーハンって初めて食べたんですけど美味しいですね。それに中に混ざっているこの沢庵みたいなのも」

「いぶり漬けね。秋田県の郷土食で燻煙乾燥させて作られるの。薄切りにしてクリームチーズを乗せたり、千切りにしてポテトサラダに加えても美味しいんだよ」

「へぇ」


 いぶり漬けを食べるが初めてなのか興味深そうに私の説明に耳を傾ける勇人君に、あとで食べようと薄切りにして仕舞っておいた分を持ってきてあげようと思い、腰を上げる。

そうして勇人君の背後にあるテレビ台を視界に収めた瞬間だった。

 


1LDKの我が家になぜか。

キラキラと光の粒子が舞っている。



 ――今日は天気がいいから埃に日差しが反射してるのかな?

 勇人君来るから掃除したばかりだったのに……。

あとで買い物に行く前にもう一回掃除しきゃ。


 そうこう考えているとオーロラみたいなものが天井の方からスーッと降りてきたように見えたので、今週もハードだったから疲れてるのかもしれないと思いつつ目を閉じて、目の周りを軽く揉んでからゆっくりと瞼を持ち上げてもう一度確認してみる。

 


まだある。



えっ、と思っている間に光のカーテンは床についており、さして広くはない我が家の壁一面を覆い隠してしまった。

 やばい。

あれは絶対に埃なんかじゃない。だって、もはや見間違いとは口が裂けても言えないレベルの存在感を放っているし、神々しい輝きが紛れもない現実だと主張しているもの……。


「嘘でしょ!?」


 とっても見覚えのある光のベールにダンッと食卓に手をついて叫べば、そんな私の行動に勇人君が先ほどよりも大きく目を見開く。

 しかしすぐさま驚きから復活した彼は手にしていたスプーンとどんぶり置くと、私の視線の先を追いかけて――絶句した。


「真理さん? どうかしまっ!?」


 同じ方向を見て二人して固まること、数秒。

私と勇人君の視線が集まったのを見計らうように、光のカーテンがフワッと揺れる。



 一拍後、音もなく捲られた光のベールの中から飛び出してきたのは、一年経ってもなお鮮烈に記憶に焼き付いている美しき女神様だった。

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