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【深木】はらぺこさんの異世界レシピ  作者: 深木【N-Star】
第二章
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№1 衝撃の辛子明太子チャーハン  1

№1 衝撃の辛子明太子チャーハン



 地球の都内某所に建つとあるマンションの一室。

 うっかり転んで異世界トリップしたものの、無事に地球へ帰還したあの日から一年ほど経ったその日。すっかり元の生活に戻った私は、ようやく訪れた休日のお昼ご飯を充実した時間にするために、たいして広くない我が家の台所をせっせと行き来していた。


「真理さん。なにか手伝いますか?」


 履き古したグレイのスリッパをパタパタ鳴らしながらこれから使う予定の調味料をコンロの横に並べている私にそう声を掛けたのは、異世界アリメントムで勇者として名を馳せた伊藤勇人君。

現在は高校生として学校に通っている彼だが、十七歳の時に異世界へと召喚され、そこで五年間もの時間をかけて魔王討伐の大業を成した勇者様である。

地球に戻る際に女神様のお力によって肉体は召喚時と同じ十七歳に戻り、時間軸も異世界に渡った直後に戻されたため生活環境に大きな変化はなく、しかし精神年齢は過酷な旅を経験し、酸いも甘いも噛み締めた二十二歳のままという、大変複雑な状態の少年(?)である。


「あとチャーハンを炒めるだけだから大丈夫。座ってて」


 コンロの近くに切っておいた具材を運びながらそう言って我が家の小さな食卓を指差せば、勇人君は少し迷ったのち、なにも手伝えることはないと悟ったのか申し訳なさそうな顔で大人しく椅子に向かって座った。

そうそう。素直でよろしい。

そんな気持ちを込めて頷けば、勇人君の顔に苦笑が浮かぶ。


「……いつも作ってもらってばかりですみません」

「いえいえ。本当にすぐできるから気にしないで」


 一人だけ座っているという状況が落ち着かないのか、なにか手伝いたそうな様子でこちらを見やる勇人君に努めて軽い調子で答えてた私は、これ以上の議論は不要とばかりに彼から目を逸らして食材と調味料、フライパンが並ぶガス台と向き合う。

 チャーハンは強火で一気に仕上げた方が美味しいので足りないものがないか確認しつつ、年上の女性ということでいつまでも気を遣ってくれる勇人君に小さくため息を零す。


精神年齢で言えば二十二歳ということもあってか、それとも勇者時代によほど苦労したのか、勇人君の状況把握能力は素晴らしく空気を読むスキルも完璧だけど、周囲に気を遣いすぎるところは少しいただけない。ただでさえ類まれなる経歴の所為で精神だけ五年分も歳を取ってしまい、召喚される前と変わらない家族や友人達の反応に戸惑い、苦悩しているのだから唯一事情を知っている私の前でくらい気を抜けばいいのに。

そう思う一方で、勇者として異世界の人々を導いてきた自負とプライドが、簡単に弱音を吐くことを許さないんだろうなとも思う。それに、もしかしたら異世界では弱音を吐いたり誰かを頼ったりできないような状況だったのかもしれない。

だから勇人君は一人でどうにかすることに、慣れきってしまったのかも……。


どちらにしても、難儀なことである。

彼が迎えに来てくれたお蔭で私は五年も異世界で待つことなく、安全・快適な現代日本での生活へ戻れたのだから、もっと偉そうにしてくれてもいいし、雑に扱ってくれて構わない。異世界で魔王と戦っていた勇人から見れば少々頼りないしかもしれないけれど、私はこれでもいい歳した社会人なので息抜きに連れて行ったりとか、それなりにしてあげられることもあるだろうし、愚痴や不満だっていくらでも聞く心持ちでいる。


そのためこうして勇人君のお話を聞く機会を設けてみるのだけれど、今のところアリメントムでの思い出話を聞くくらいで、盛大に愚痴られたりした記憶はなく。勇人君に弱音一つ零させてあげられない事実が歯がゆくて、もどかしかった。

なかなか気を抜いた姿を見せてくれない勇人君にそんなことを考えながら、私は油に手を伸ばす。

なんだか湿っぽい気分になってしまったので、こういう時は好きなものを食べるにかぎる。



というわけで、メイン料理に取りかかりましょうかね!



本日の昼食のメニューはセロリと燻製イカの漬物にわかめスープ、そしてこれから仕上げる辛子明太子と紫蘇のチャーハン。

小鉢のセロリと燻製イカは、筋を取って薄切りにしたセロリと細かく裂いた燻製イカを一対一ぐらいの割合で用意し、保存袋などにいれてよく揉み込んだあと、胡麻油をお好みの量回し入れてさらによく揉み込み一晩以上置いたら完成である。

ちなみに、我が家はセロリ一本分に対し胡麻油は大さじ一~一杯半を入れている。

個人的には、二日目とか三日目くらいの方がセロリに燻製イカの味が浸み込んでいて美味しいと思う。まぁ、ビールなどにもよく合うので、多めに作っておかないと三日目にはほとんど残らないんだけどね。


そして、わかめスープ。

こちらの具材は五ミリ幅くらいに斜め切りした長葱を二分の一本と、生わかめを一パック分用意する。生わかめは太い茎の部分は固いので小さめに、それ以外の部分は大体二~三センチ幅に切ってから水洗いして細かいゴミを落とし、水気をよく切っておく。

具材の準備が出来たら胡麻油大さじ一杯を鍋に入れて、中火で生わかめを炒める。

わかめの水分がパチパチと跳ねるので火傷に気を付けつつ、わかめの色が少し薄くなるくらいまで炒めたら、チューブのおろしニンニクを一~二センチと長ネギを加えてさらに炒めていく。

ニンニクの香りがしてきて来たら水を一リットル、顆粒の鶏ガラスープの素を大さじ二杯加え、長葱とわかめが好みの硬さになるまで煮る。

最後に黒胡椒と塩で味を調えたら完成だ。

生わかめでなく塩蔵のわかめを水で戻して使っても美味しく、余ったら白ご飯を入れて軽く煮たあとに卵を落として食べると胃に優しくて美味しいので、なにか汁物がほしい時にでも試してみてほしい。


……ほんとに現代日本って便利で美味しいものが多いわよね。

鶏ガラスープの素しかり、燻製イカしかり、辛子明太子しかり。簡単に味付けができる化学調味料や、保存性が高い上にそのまま食べても美味しく使いやすい食材がいっぱいで、本当に便利な世の中だと思う。

勇人君のお蔭で醤油があったとはいえ、アリメントムの料理は塩や香草なんかを使った食材そのものを味わうような料理が多かったので、地球に帰ってきてから保存や加工技術の高さや化学のより利便性をより感じるようになった。

それから海産物が当たり前のように安く簡単に手に入る素晴らしさも。

 アリメントムの国々はどこも海に浮かぶ島国なので海産物はそれに見かけたんだけど、痛みがやすい食材なので鮮度を保ったまま運搬・保管するには時間を止める特殊な魔法がかかった箱などが必要らしく、肉類と比べたら大変高かった。そのため鳥小屋で働いていた頃の私には到底手が出せない食材であり、異世界で初めて魚貝類を口にしたのはオリュゾンのお城で開催された帰還祝いの晩餐会でのことである。


 ――異世界の魚介類の事情を思えば、今日のメニューは本当に豪華よね。


 保存性が高い上に美味しいイカ燻製や辛子明太子に使われている加工技術もそうだけど、痛みやすい生わかめが海から離れた都心でも手軽に買える運搬技術の発展は本当にすごいことだと思う。

そうして改めて現代日本の利便性のありがたみを噛みしめつつ、私はお昼ご飯を完成させるために再びコンロと向き合った。

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