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【深木】はらぺこさんの異世界レシピ  作者: 深木【N-Star】
第一章
4/71

№3 コック・オ・ヴァン(鶏の赤ワイン煮込み)1

 拝啓  うららかな春の日差しが心地よい季節となりましたが、お母様やお父様は元気にお過ごしでしょうか?

 ひょんなことから世界を越えてしまい、はやくも一か月。

 不肖の娘、田中真理は異世界アリメントムで案外元気に生きてますので、あまり心配はせずに地球での日々を楽しんでお過ごしください。

 敬具


「マリー。そっちの卵を箱に詰めたら午前の仕事は終わりだよ」

「わかりました!」


 私が働かせてもらっている養鳥場のご主人フェザーさんの言葉に目を輝かせながら、積まれた空き箱をもって最後の卵が入った籠の元へ向かう。

 ここは『鳥小屋』。

 卵肉兼用の鳥達を飼育出荷しており、いうなれば養鶏場のようなことをしている施設だ。

 ちなみに私はここで二十日ほど前から住み込みで働かせてもらっている。


 朝日が昇ると同時に小屋で育てられている鳥達へ餌を与えながら体調をチェックするフェザーさんの傍らで、室内に張り巡らせた管と流れる飲み水に異常がないか確認しながら産み落とされた卵を回収していく。何事もなければ卵を大きさごとに分けて梱包し、もし体調不調の鳥や設備に異常を見つけたら対応にあたる。

 大体、集卵が終わったら午前の仕事は終了。

 フェザー夫妻と一緒に昼ご飯を食べる。

 午後一番の仕事は小屋のお掃除で、鳥達が散らかした餌の欠片や排泄物を掃除して運び出す。そうこうしているうちに日が暮れてくるので、再び餌を補充して鳥達の数や体調に変化はないかフェザーさんと一緒に確認する。異常がなければ、それぞれの小屋の鍵を閉めて一日の仕事は終わりだ。

 お風呂はないので桶に溜めたお湯で体を清めて着替え、夕飯を食べて寝る。

 それが異世界アリメントムでの私の一日である。


 ひょんなことから異世界に来てしまった時はどうしたものかと思ったけれど、私という人間は自分で思っていた以上に逞しい性格をしていたらしい。

 敷地の隅にある鳥達の研究用に建てられた小屋にタダで住まわせていただけるばかりか、お昼ご飯も食べさせてくれるという素晴らしい職場を手に入れて、案外元気に生きている。

 魔王討伐だか女神様の開放だとかで酔っ払いが多くて本当に助かったわ……。

 今日も快調な自分に感心しつつ、異世界トリップという衝撃の体験をしたあの日のことを思い出す。



 スモークタンとビールで一杯やった私は、あのあと酒の勢いに任せて人々の喧騒が聞こえる方に足を進めてみた。そうして見つけたのは、喜びからかそこかしこで酒盛りをする人々で。

 トリップ特典なのか聞きなれた日本語が聞こえてきたことに胸を撫でおろしつつ、人々の様子を窺ってみれば、酒店の主人は道行く人に酒を配り、お菓子屋さんやパン屋さんも商品を振る舞い、青果店と鮮魚店と精肉店が材料を提供したのか女性達による炊き出しまで行われ、呑めや歌えやの大宴会。

 今ならば怪しまれずに服などを手に入れられるのではと思った私は、上着を脱いで丸首のインナーとパンツ姿になると荷物を隠し小さな飾りのついた安物のネックレス片手にこっそり酔っ払いの群れに交じってみた。

 そうしてなるべくへべれけな人達を狙い、わらしべ長者よろしく物々交換を持ちかけること数回。

 少し前に飲んだビールと道中にもらったお酒の力を借りて不揃いながらこの世界の衣服や布袋を何枚か手に入れた私は、携帯や就職祝いにもらった手巻き式の時計といった異世界人に見つかってはまずそうなものだけを布袋にいれて、服の中に隠すように身に着けた。次いで通勤鞄やヒール等の燃やせそうなものをまとめて、着ていたインナーやパンツでぐるぐる巻きにする。地球産のものなど持っていても怪しまれる要素を増やすだけし、換金するのは犯罪者に目を付けられやすくなる危険があると思ったので、処分してしまおうと考えたからだ。


 生活費は欲しいけど、身の安全の確保の方がずっと大事だもの。

 だからお気に入りだった通勤鞄も奮発した化粧ポーチも全部、潔く焚かれていた火にくべた。

 お酒の勢いって本当にすごいよね。

 でも時間が経てば経つほど未練が募って地球のものは捨てられなくなっていただろうから、英断だったと思っている。

 燃やした荷物がその後どうなったかまでは確認していないけど、酔っ払い達がゴミやら着ている服なんかを楽しそうに投げ込んでいたのでたぶん大丈夫だろう。

 

 そうして再び宴に混ざりこの世界の情報を収集した私は現在、最初にいた島国から少し離れた場所にあるオリュゾンという国で暮らしている。

 未開拓な土地を多く抱えるオリュゾンでは現在移住者を募集しており、貧困街の人間やこれまでの魔王との争いで家族を亡くした孤児や祖国を失った人々を労働力として歓迎していたのでそこに便乗させてもらった形である。

 幸い西洋人と似通った異世界の人々の目に日本人である私は幼く映っているようで、酔っ払いから手に入れた不揃いな服装と相まってなんら怪しまれことなく魔法で動く移動船に乗り込むことに成功。そこでオリュゾン国の民としての国籍も得ることができて、今にいたるというわけだ。

 

 この世界はおおよそ二十四時間毎に太陽が昇り、色とりどりの花々が咲き乱れる春に肌を焼く暑さの夏、木々が赤や黄に色づく秋と凍えるような寒さに身を寄せ合う冬と徐々に季節が移り変わりながら一年が巡る。

 ちなみに人間がこの世に生まれ出てから死別するまでは平均八十年。

 魔法はあるけど、魔王が勇者様に倒されたのでオークなんかの怪物はもういない。科学や機械ではなく魔法や魔道具が人々の暮らしを豊かしてくれている。

 そんな、地球とは似て非なる世界で私が働かせてもらっているフェザーさんの養鳥場は、現在縮小運営中とのことで扱っている鳥達の数は大変少ない。その上、仕事内容は産み落とされた卵の回収や小屋のお掃除や餌やりといった簡単なお世話だけなので、デスクワークに慣れた私でもなんとかついていけている。

 力仕事がほとんどなく、任されるのは子供でもできるような仕事ばかりなので給金は雀の涙ほどだけど、元気に生活できているので十分。甘やかされきった日本の小娘が異世界で健全な職場に就職し、最低限の衣食住を確保できただけも奇跡的なことだと思っている。

 それに、フェザーさんの奥方であるカリーナさんが振る舞ってくれるフランス地方の郷土料理に似たご飯は、現代日本人の舌にもとても美味しく。不本意な異世界トリップでやさぐれかかっていた私の心を宥め、満たしてくれるお蔭で気力もばっちりである。


「ちなみに今日のご飯はどんな料理ですか?」

「今日は新しい鳥を使ったカリーナ特製のシチューだよ」

「それは楽しみですね!」

「そうだね。カリーナが昨日の夜から張り切って作ってたからきっと美味しいよ。さっさと卵の集計を済ませて食べに行こう」

「はい!」


 フェザーさんの言葉にくぅとお腹が鳴る。

 シチューということは、今日のお昼は煮込み料理だ。

 衣服や建造物から考えるにここは中世のヨーロッパに近いらしく、昼夜の一日二食が基本。朝はまったく食べないわけではないけどパンとエールで軽く済ませるくらいなので、三食しっかり食べたい派の私にはなかなか辛い変化だった。

 しかし、もっとも多く食べるお昼をご相伴に与らせていただける効果は大きい。

 日本でも忙しくて夕食だけということは時々あったし、満腹とまではいかなくても一日一食丁寧に調理された料理を食べられるお蔭で、今のところ激変した生活環境に心折れることなく日々を過ごすことができている。


 人間、美味しい食べ物があれば多少理不尽な状況に置かれても生きていけるってことよね……。

 食の大切さをしみじみと噛みしめつつ、ご夫妻のご厚意に心からの感謝を捧げる。

 お二人のお蔭で私は突然始まった異世界生活にそう絶望することなく、なんとか五年後まで過ごせそうだ。

 

 脳裏を過ぎるのは、男子高校生と女神様の会話。


『――ようやく魔王の呪縛から解放されて自由の身となったのに、俺を若返らせたり召喚前の時間に戻したりした所為でまた力が』

『貴方のお蔭で私の世界は正常に戻ったから五年くらい眠れば大丈夫よ』


 姿なき彼女は確かにそう言っていた。

 ということは、元の世界に戻してもらうために女神様を探しても五年後までは無意味。

 それなら優先するのは自身の衣食住である。


 あの高校生の言葉を信じるなら、同じ時間にトリップ時と同じ姿で戻れるみたいだし……。

 戻った時の心配もいらないようなので四年間は生活の安定と資金貯めをすることにして、それから女神様と会う方法を探せばいい。無理して面倒ごとに巻き込まれて死んでしまっては元も子もないし、なにより 呑んで食べることが生き甲斐な私にとって食を削って行動するのは辛すぎるからね。



 当面の目標は『お腹いっぱい美味しいものを食べること』。

 心身に余裕のない人間は希望を抱くことなどできず、疲れ果てていつか力尽きてしまうもの。

 帰郷の望みを捨てないためにもまずは生活環境を整えるのが先決。今のところ給金は雀の涙だけど、真面目に働いていれば鳥小屋が本格始動した時も雇ってくれると言っていたのでまぁなんとかなるでしょう。


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