№13 豚の生姜焼き 2
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崖スレスレに残っていた三台の馬車を安全な場所まで引き上げ、怯え混乱していた馬を宥め終えた騎士達は、一糸乱れぬ体勢で整列すると真剣な眼差しで正面に立つ人を見詰める。
そんな彼等の視線の先に居るのはルクト様だ。
「一つとして命を散らさずに済んだのは不幸中の幸いでした。しかし大量の物資を失ってしまった以上、調査任務は中止。これより我々一同は帰還を第一に王都を目指します。異議のある者は?」
水を打ったような静けさを保ち続ける騎士達を見渡し、満足気に頷いた彼は視線一つで控えていた隊長を呼び寄せると、場所を譲る。
「二台の馬車にルクト殿下やオッソ様、それからマルク殿や調査協力者の方々にお乗りいただき、護衛役が引き続き同乗。我々は、残り一台と馬達に乗って下山する。皆も承知のとおり町までの間全員分の食事を用意出来るほどの食料はなく、食材の調達は必須だ。故に本日は速やかに下山し、食料の確保を優先する。以上。解散!」
「「「「「はっ!」」」」
日頃の訓練の賜物か、隊長が下した命に従い散っていく騎士達の姿は出発時となんら変わりなく、落ち着き払った姿は守られる立場である私に安心感を与えてくれた。
くれたのだが、隊長の言葉によって決して知りたくなかった事実を察してしまい、頬が引きる。
ルクト、殿下?
今『殿下』って言ったよね?
え、ちょ、まさかあの人ってオリュゾンの王太子殿下?
耳に引っかかった単語に、オリュゾンに来たばかりの頃に集めた情報が脳裏を駆けめぐる。
ルクト・ノーチェ王太子殿下。
御年二十五歳で、明るい金髪と海のように深いブルーの瞳をお持ちの見目麗しい方で現在独身、婚約者もなし。
市場で働くお姉様方が、宝くじの当選を願うような表情でそう語っていた。
隊長の後ろで皆を見守っている金髪の麗人へそろそろと視線をやれば、運悪くバチッとブルーの瞳と視線がぶつかり、安心させるようなふわりとお優しい笑みをいただいてしまった。
そんな好意的なルクト殿下の反応と比例するように、厳しくなる騎士ジャンの眼差し。
――ルクト様には婚約者がいないので、あれは主に近づく市井の女性に過敏なんです。
今更だけどマルクさんの台詞がエコーのように脳内で響く。
そりゃ王太子殿下に、一般女性がフラフラ近寄ったら困るよね。納得した。
辺りを見渡してみても誰も驚いていないので、レイスやベルクさんも知っていたのだろう。
開拓途上国であるオリュゾンに在る町は、王城を抱えた一つだけ。それも国として独立したばかりならば、自分達の代表となる王家の方々のことはわかって当然なのだろう。
市場で働くお姉様方だって、当然のように存じ上げていた。
この場合、王族への関心が薄い私が悪い。
しかしできれば、参加する前に教えてほしかった。
そしたらなにがなんでも来なかったと思う反面、レイスのついでとはいえ王太子殿下からご指名があったと言われていたら、断れなかっただろうなとも思う。
どちらにしろ、私は同行する運命だったのかもしれない。
しかしそれならば、最後まで気が付かずにいたかった。
――ないと思うけど、一緒の馬車にはなりませんように。
心の中で打ちひしがれつつ私は、フィオナさんとアンナさんが迎えに来てくれるまで真剣にそう祈り続けた。
そんな私の必死の祈りが通じたのか。
当然といえば当然というか。
私達が殿下と同じ馬車に乗ることはなく。
同乗することになったのはベルクさんとマルクさんだった。
麓を目指し進む道中に特筆するようなことはなく。
「――事前に通る道の調査はしてあるって言っても、荷を積んだ馬車が何台も連なって走った場合はどうなるかまでは調べらんねぇからな。ルクト殿下から
すれば死人や怪我人が出なかっただけ恩の字だろう。被害が多ければ今後開拓の人手が集まらなくなる」
「ええ。ただこの山は崖沿いとはいえ馬車が通れる道があり、開拓が容易だと判断されて調査開始となったんで、再会議でしょうけど」
「だろうな。まぁそれでルクト殿下が苛立ってるだろうから、こっちに逃げて来たんだけどな」
「俺もです。あっちの馬車絶対空気が死んでますよ」
ベルクさんとマルクさんの雑談に耳を傾けているうちに時間は過ぎて行き、馬車が止まった。
「馬車を囲うように野営の準備を行う。各班野営の準備と食材調達に分かれ――」
どうやら野営地点に到着したらしく、騎士達に指示を出す声が響く。
幌の隙間から差し込む光は白いし、お腹の空き具合からいって時刻は三時くらい。まだ食材を探す時間は十分にある。
「一応俺らの分の食料はあるようだが、食材はあるに越したことないよな」
外の様子を覗きながら問いかけたベルクさんに、マルクさんも同意する。
「そうですね。個人的に持ってきた食料もありますが、騎士達の分を考えると心もとないんで」
「なら俺達も出るぞ。レイス準備しろ」
「ああ」
師匠の言葉に腰を上げたレイスに私はどうすべきなのかとフィオナさんやアンナさんを見上げれば、二人は指示を仰ぐようにベルクさんへ目をやった。どうやらこの馬車の第一指揮権はベルクさんが持っているらしい。
「あー、そうだな。食材に詳しいから来てくれた方が助かるが、無理はしないでくれ。一応マリーの参加は一般人も入れると証明するためでもあるそうだから、体調崩したり怪我される方が困る」
「では、フィオナさん達と野営地が見える範囲を歩いてみます」
初めて明かされた私の参加理由に納得しつつ、そう答える。
普段から訓練してる騎士達や山歩きとかを職業にしてるベルクさんやレイスが安全だって言っても、一般人には不安が残る。その点、私くらいの女が入っても大丈夫だと説明される方が、人手を募る時に集めやすい。
フィオナさん達を付けてくれたりと、待遇がよかったのもそのためだ。騎士達の対応が酷かったなんて噂が立ったら、王太子殿下達にとって都合が悪い。
「そうしてくれると助かる。マリーは任せたぞ」
「はっ!」
「お任せください~」
色々と腑に落ちた私は、フィオナさんとアンナさんが敬礼するのをぼんやり眺める。
この状況でなにもしないのは心苦しいが、私の役割を思えば無理をする方が迷惑をかけるのだと理解できる程度には歳を重ねている。無謀なことはしまい。
「ちゃんと大人しくしてるわ」
「そうしてくれ」
だから大丈夫だとレイスに告げれば、安心したような声が耳を掠めた。先程からチラチラこちらを見ているなとは思っていたけど、やっぱり心配されていたらしい。
「レイスこそ気を付けてね」
「ああ」
「いってらっしゃい」
身軽な動作で馬車を降りたレイスは、最後にかけたその言葉に足を止めた。そしてじっとこちらを見上げると、どこか嬉しそうな雰囲気で頷き、ベルクさん達の元へ走っていく。
その背は出会った時よりも大きくて、しっかりした足取りだった。
だから、心配はいらない。
「私達も行きましょうか」
「はい」
「そうですね~」
自然薯の回収の時に見た背中や崩落の時に支えてくれた腕など思い出しながらそう己に言い聞かせた私は、周辺に食料がないか調べるべく、フィオナさん達と共に馬車を降りたのだった。
しかし悪いことは続くもので。
太陽が沈み、野営の火が辺りを照らす中、隊長や騎士達の硬い声が聞こえてくる。
「――食料となるものがない?」
「ええ。山を越える前に採取したような植物はなく、水質に問題ないにも関わらず川魚がほとんどいませんでした」
「動物を探しましたが、この辺りに住処を作った形跡がありません。足跡なども見受けられませんでした」
私は夜目が利かないので、騎士達の報告を聞いた隊長の表情を見ることは出来ない。しかし緊張を孕んだ皆の声と空気が、良くない事態であることをひしひしと感じさせる。
茸や山菜どころか小動物もいなかったもんね……。
生命の息吹を感じた山の向こう側とは状況が一転。
野営地の周辺を歩き回ってみると、木は生い茂っているけれど足元に草花はなく、走り去る動物の影は一つもなかった。
私達よりも遠くに足を運んだだろう騎士達もほとんど手ぶらで戻ってきたので、状況は絶望的だ。
皆反対側で見たような豊富な食材を想定していたので、野営地の空気は大変重苦しくなっている。
「…………オッソ様。同じ山なのに、反対側に来た途端なにもないなんてことは起こりうるのでしょうか?」
「日当たりや土壌が違えば当然起こりうる。しかし土や水に変わりなく、樹木の種類から考えるに同様の生態系が築かれていたはずじゃ。それがこうもなにもないとなると、なんらかの種が群れを形成しており、食用できる植物はすでに食べつくされていると考えるのが妥当じゃろうな」
「左様ですか」
植物学者であるオッソ様が告げた考察に、隊長が絞出したような声で応える。
反対側には豊富な食材があったため、皆楽観視していた。
もちろん私も。
しかしこうもなにもないとなると、焦りや不安が胸に広がる。
「反対側に戻って食料を確保してから戻りますか?」
「崖沿いの道以外に馬車が通れる場所があるかわからない。馬の数も限られているし、餌が確保できず潰れる可能性もある。高齢なオッソ様もいらっしゃるし、馬車や馬を失うのは危険が大きい。予定通りの道を進むしかないだろう。二、三日進めば食料が手に入る可能性もある」
「最低限動けるよう皆で食料を分けて、何日持つ?」
「二日がいいところかと。殿下やオッソ様方に協力していただければ三日、四日持つかもしれません」
「それは駄目だ。医療品をほとんど失ってしまったから、体調を崩されると治療の手立てがない」




