№12 とろろご飯と自然薯団子入り鳥鍋 3
あまり深く突っ込まれたくない私は先ほどまでとは違う別種のドキドキを感じながらレイスを見やる。
「そのまま食べてもいいし、すりおろして汁物に入れたり、出汁で伸ばしてご飯にかけると美味しいの」
「汁物とご飯……」
「すりおろす?」
「どんな感じになるんでしょうね~?」
上手く想像できなかったのか自然薯をしげしげと眺める三人は、新しい食材の外見よりも味に興味が移ったようで一安心。しかしあまり色々話しているとまたボロが出そうなので、私はレイスの意識を夕食に向かわせるべく、そっと告げる。
「食べてみればわかるわ」
「ああ。なら戻ろう」
私の言葉に空を仰いで日の位置を確認したレイスは、思った通り野営地へ戻ることを提案してくれたので、遠慮なく乗らせてもらったのだった。
***
軽く洗った自然薯を布で拭いて水気を取ったら、魔石コンロに火をつけて表面の細かいひげを炙り、濡れ布巾で拭き取ったら自然薯の下準備は完成。
あとはすりおろすだけである。
「そうやって下処理するんですね……」
「ええ」
「皮は剥かなくていいんですか?」
「薄いので剥きません。一緒にすりおろしたらわからなくなりますよ」
「へぇー」
質問を重ねつつ自然薯の下処理を観察し、感心した声を出したのはマルクさん。
明るい茶髪を短く切り揃えたマルクさんは貴族様達が連れてきた料理人の一人で、新しい食材を持ち帰った私達に興味を示したのか側に寄ってきたのだ。
「おろすってことは、これの出番?」
「はい。ありがとうございます」
貴族様に仕えるような料理人に見られていると思うと大変緊張するけど、こうして絶妙なタイミングで道具を差し出してくれるので料理自体はやりやすい。
受け取ったすり鉢もどきを濡れ布巾の上に置き、ショリショリと円を描くように擦りおろしていけば、マルクさんからまたもや感嘆の声が漏れる。
「……なるほど。乳鉢と乳棒で押し潰して擦っていくよりも、溝がある方が早いな」
ちなみにマルクさんが目を輝かせて見詰めているこのすり鉢もどきは、おろし器が見つからずウロウロしていた私に気が付いたベルクさんが、どこかから持ってきた大きめの乳鉢に魔法で溝を掘って作ってくれたものである。
制作時間は数分。魔法って本当に凄いよね。
「もっと滑らかな食感にしたい場合は、ここからさらに木の棒とかで擦り混ぜるんです。自然薯だけでなくて、野菜をスープにしたり、魚を擦って丸めたのをシチューの具材とかに使ったりしてました」
「そりゃ、貴族達が好みそう……ベルクさん! 俺にも同じのをお願いします」
すり鉢を使う料理を試したくなったのか、乳鉢を持ってレイスと共に鍋を見張っているベルクさんの元に向かう。しかし、男性に対するベルクさんの態度はわかりやすく。
「ああ? 男のために働くなんざごめんだ。その辺の魔法使い捕まえてやってもらえ」
「えぇ」
速攻で断られたマルクさんに、フィオナさんやアンナさんそれから金髪の麗人がクスクスと上品な笑みを零す。
「ベルクは男が相手だといざという時しか助けてくれないから諦めるんだな。それよりも、マリーさんの料理を見てなくていいのかい?」
「! そうでした。ご指摘ありがとうございます。ルクト様」
金髪の麗人の指摘にハッと目を見開いたマルクさんは、ピシッと腰を折ると乳鉢を持って戻ってくる。
そんなマルクさんの態度から見てわかるように、あの金髪の麗人が今回の調査団の責任者であるルクト様だそうで。
フラッとやってきた彼はなぜか、蒸らし中のご飯と?油ベースの鳥鍋を見張っているレイスの隣に、さも当然といった様子で腰を下ろしていた。
……もしかしなくても食べていく感じだよね、あれ。
すり鉢を提供してくれたベルクさんも食べる気満々で居座っているし、マルクさんもここまで手伝っておきながら味見もせずに帰るなんてことはないだろう。
足りるかしら……。
そんな不安が胸を占める。
留守の間に食材が腐ると困るので、現在レイスのマジックバックの中には私の全財産とも言える食料や調味料が入っている。お米も沢山持ってきたので一応ご飯は多めに炊いたし鳥鍋も大きな鍋で作ってあるけど、レイスの食べっぷりを考えると心もとない。
かといってもう一品作るには時間が足りない。
だってご飯がもう蒸らし終わってしまうんだもの。
折角なら熱々のご飯にとろろをかけて食べたいのに、これからもう一品、なんてしていたら冷めてしまうだろう。
帰ってくれないかなー。
大変失礼だが、心からそう思う。
だってルクト様がお帰りになれば、マルクさんやベルクさんも一緒に戻るかもしれないし。ベルクさんはともかく、ルクト様とマルクさんは帰ってくれないだろうか。
そしたらお腹いっぱい食べられるのにと思っても、この一団でもっとも偉いルクト様に文句など言えず。
物悲しい気分のまま、私はおろし終わった自然薯を二つの入れ物に分けた。
片方は水を加えて程よい濃さに伸ばし、自然薯を取った帰り道で見つけた紫蘇を刻み入れて、醤油で味を調える。
本当はカツオか昆布の出汁で伸ばしたいところだけど、いまだ出会えていないので仕方ない。コクの足りなさを紫蘇の香りで誤魔化しておく。
これでご飯にかけるとろろは出来上がりなので、私は手を加えていない擦りおろした自然薯を持って鳥鍋の元に向かう。
「できたのか?」
「ご飯にかける方はね。あとはこっちを仕上げて終わり」
目を輝かせたレイスにもう少しだと告げて、鳥鍋を開ける。
蓋を外した途端、ふわっと香る醤油の香りに荒んでいた心が少しだけ癒された。
中身は山に至る道中で見つけた茸とフェザーさんから買い取った鳥肉と持ってきた葱。
油をひいた鍋に葱を並べて弱火で熱し、しっかり焦げ目を付けたあと鶏肉を炒め、水と茸を加えて灰汁を取りつつ煮込んである。鶏肉はもも肉と手羽元を贅沢に使ってあるのでいい出汁が出ており、醤油で整えたスープはなかなかの味に仕上がった。
魔石コロンの火力を上げて煮立たせた鍋に、擦りたての自然薯をスプーンですくって入れていく。
「はっ?」
鍋の中にポチャンと投入された自然薯に誰かが声を上げていたが、構うことなく一口大に掬った自然薯を投入し、もう一度沸騰するのを待ってから蓋をして火を消す。
三十秒ほど蒸らして蓋を開ければ、鍋の中に白く美味しそうな自然薯団子が浮かんでいた。
口に含んだら、葱の甘みや茸のうま味、鶏の油と出汁が滲み出た醤油ベースの汁がふっくらもちっとした自然薯団子と絡んでさぞかし美味しいと思われる。
――早く食べないと。
沸き上がる使命感と共にキューと鳴くお腹の虫。
そうだよね。
これは出来立て熱々を食べるべきだよね。
とお椀に手を伸ばそうとした、その時だった。
「お、お前! そんなわけわからんものをルクト様にお出しする気か?」
突然聞こえてきた罵声。
何事かと顔を上げれば、神経質そうな顔を赤く染めてグレーの瞳をこれでもかというほど釣り上げた騎士が私をビシッと指差していた。
無論、私の心境は『なにこの人』である。
「……もう来てしまったのか」
ぼそりと何かを呟いたルクト様はため息を吐いて立ちあがると、私に残念そうな顔を向ける。
「部下が失礼しました。残念ですが迎えが来てしまったようなので戻ります」
「そう、ですか……」
別に全然かまいませんが、という本心は飲み込んで頷けば、もう一度ルクト様の口からすみませんと謝罪の言葉が零れ、ジャンと呼ばれた男が声を荒げた。
「ルクト様! 貴方が」
「はいはい。戻るからちょっと黙ってくれ、ジャン。マルクも帰るぞ」
「…………畏まりました」
何やら怒っている騎士の口を塞いだルクト様に声をかけられたマルクさんは大変名残惜しそうな視線を鳥鍋へ送りながら、しぶしぶ頷く。
「同僚が大変失礼しました。ルクト様には婚約者がいないので、あれは主に近づく市井の女性に過敏なんです。よくよく言い聞かせておくんで、また料理について聞かせてくださいね!」
「はぁ」
必ず、と念を押してマルクさんもルクト様とジャンを追って走り去る。
嵐のような展開に、一体何だったんだという思いが胸に広がった。
正直、訳が分からない。
しかし、まぁ……。
「冷めちゃうから食べましょう。レイスはご飯よそってくれる?」
「ああ」
鳥鍋から昇る湯気が弱弱しくなってきているので、冷めてしまう前に食べなければと思いレイスに手伝いを頼めば、彼は喜々としてご飯をよそう。その姿を横目で確認しながら私も鳥鍋を分けるべく改めてお椀に手を伸ばしたのだった。
「ジャンのいちゃもんはともかく、ルクト殿下の婚約者の件を聞き流すとはな……。さすがマリーだ」
「マリー殿はルクト殿下に興味がないのだな」
「むしろ迷惑そうでしたねー」
鶏や自然薯団子を分けながら、二人減ってよかったなどと考えていた私は、ベルクさんとフィオナさんとアンナさんのそんな会話などまったく耳に入っておらず。
オリュゾンの王太子殿下の名はルクト・ノーチェだったと思い出すのはもう少し先のことであった。




