№12 とろろご飯と自然薯団子入り鳥鍋 2
お近づきの印にと微笑めば、二人はチラリと顔を見合わせて意思を伝え合うとおもむろに手を伸ばした。
職務中だからと断られるかと思いきや、そうでもないらしい。
「ありがたく、いただきます」
「お菓子をいただけるなんて嬉しいですー」
気真面目そうなフィオナさんとふわふわした雰囲気のアンナさんは、それぞれの性格がよくわかる反応でカステラを受け取ると、柔らかさに驚いたのか目を見張る。しかしその表情はすぐに楽しそうなものへと変わる。
世界が変わっても、新しいお菓子に心弾むのは同じらしい。
「柔らかいな」
「初めての感触です」
「どうぞ、召し上がってください」
フニフニと指で挟みながらカステラを観察している二人には悪いけど、早く食べてもらえるように促す。フライパンで焼いているため厚みが薄く乾燥しやすいし、なにより隣に座っているレイスの視線が痛いのだ。
私がフィオナさん達に話しかけたので会話が終るまで待っているようだが、物凄く熱い視線がカステラへ注がれている。
この前はカステラのお蔭で助かったんだけど……。
泡立て器を受け取り、カステラを披露したあの日。
――マリーは、俺の知らないことを沢山知っているんだな。
レイスが零したその言葉に私は動揺を隠せなかった。
問いかけられたのか、ただの感想だったのかも確かめることもできなくて、勝手に気まずい空気を感じて口を開けずにいたんだけど、それも数十分のことだった。
生地が焼けて段々濃密になっていく甘い香りにソワソワしだしたレイスはいつも通りで、焼き上がったカステラをお皿に開けた感動はそれまで感じていた 感傷を吹き飛ばすには十分で。
カリフワッとしたカステラを食べ始めれば、あとはあっという間だった。フライパン一枚分を瞬く間に消費した私達は、結局もう一枚制作してそれすらも食べきった。
そうして満足したのかレイスは普通に帰って行き、翌日からは元通り。結局、あの時の言葉に意味などなく、私が深読みし過ぎただけなのではと思うほど、変わらぬ日常を過ごしていた。
「「――美味しい!」」
重なったフィオナさんとアンナさんの声にハッと我に返れば幸せそうな笑みがあり、ふっと肩の力が抜ける。
「お気に召したのなら、もう一枚どうぞ」
「「いただきます」」
またもや声が重なった二人は少し照れくさそうにしていたけれども、カステラを作った身としては嬉しいかぎりだ。
取りやすいように箱を差し出し、二人が再びカステラを手にするのを見守ったあと、レイスを見やればアンバーの瞳が期待に輝く。
「上の段は全部取っていいよ」
「いいのか」
「多めに作ってきたからね」
レイスが気に入っていたから、という言葉はなんとなく飲み込んで箱を見せれば、喜々とした様子で大量のカステラを攫って行く。そして片手で器用に抱えると、レイスはためらいなく一枚目を口に入れた。
フライパン二枚分を詰め込んできた箱はあっという間に軽くなってしまったけど、嬉しそうに食べてもらえるのは気分がよくて自ず頬が緩む。
「仲がいいのだな」
「若いっていいですね~」
ふとフィオナさんとアンナさんの声が聞こえた気がして目を向ければ、二人とも食べ終えていたようなので三枚目を勧めてみれば、笑顔で受け取ってくれた。
仲良くなれそうな雰囲気にホッと息を吐きつつ、私も一枚つまんで卵と蜂蜜の優しい甘さを味わう。
そして響く、鐘の音。
カランカランと軽快な音が聞こえたかと思えば、カチャカチャと金属が擦れる音と共に馬車が揺れ始め、ついに動き出す。
「出発したようですね」
「勇者様のお蔭でだいぶ快適になりましたけど、たまに大きく揺れるので舌を噛まないように気を付けてくださいね~」
フィオナさんとアンナさんの言葉に残りのカステラを慌てて飲み込んで、箱を片づける。
そうして私が座り直す頃にはレイスも食べ終わっており、早すぎでしょと思わず笑ってしまった。
「どうした?」
噴出した私にレイスが不思議そうに尋ねる。
当然まっすぐ向けられるアンバーの瞳にあの日感じた翳りはなくて、私は人知れず胸を撫で下ろす。
「美味しいものがあるといいね」
「そうだな」
目を逸らすことなく告げれば、少し嬉しそうな感情を乗せてレイスが頷く。そんな彼の姿に、私はあの日から胸の内で燻っていた罪悪感にそっと蓋をした。
打ち明けるか否か。
その答えはまだ見つからない。
山の中には何があるのかしら――。
確かに感じる焦燥から目を背け、私はまだ見ぬ山の中にあるだろう食材達に想いを馳せたのだった。
***
――馬車に揺られること七日と少し。
生存競争に従い陽光を求めて四方に枝を伸ばした木々に囲まれた森の中。
少なからず落ちてくる木漏れ日に照らされた透明な湧き水はキラキラ輝き、流れる水の中を魚達が泳いでいる。
大地に転がる岩は青々とした苔に覆われ、沢山の草花が足元に生え揃い、草木の隙間を縫うように小さな動物達の影が走り抜けていく。
辿り着いた未開の山はそんな、息を呑むほど生命力が満ち溢れている場所だった。
色づき始めた葉が茂る中、レイスと私は一本の蔓を追っていた。
「蔓が切れないように気を付けてね?」
「ああ」
何度目になるかわからぬその台詞に律儀に応えてくれるレイスの背中を、ドキドキしながら追いかける。彼の手が伝う蔓には細長いハート型の葉が対についていた。
――まさか天然の自然薯を見つけられるなんて!
高価な山の幸。しかし簡単に発見できる物ではなく、細い蔓を辿るのは玄人でなければ難しいと聞いていたので、あまり期待していなかったのだが、馬車を止めた野営地周辺を散策したらふと細長いハート型の葉が目に入った。
山にはオニドコロなど有毒植物があり、自然薯と似ているため葉の形や色、蔓の巻き方、むかごの有無などで見分ける。
少し辿ってみたところ、時期ではないのかむかごは発見できなかった。しかし葉は対生、同じ場所から二枚対になって出ている。
オニドコロなどは互生いって、互い違いに葉が出るはずなので自然薯で間違いないだろう。
細長いハート型の葉で対生、食用できるむかごを付け、枯れる前に葉が黄色く色づくなど。
知識として見分け方を知っているだけなので若干不安はあるものの、幸い毒性検査はしてもらえる。
ということでレイスに相談してみたところ、早速追ってみることになった。
細い蔓を千切ることなく、行き先を追うレイスの足取りは迷いがなくとっても頼もしい。その上、後ろからはフィオナさんとアンナさんが追って来てくれているので安心である。
ちなみに、自然薯を採収するにはサイズによっては一~二メートルは掘らなけばならないのだが、それは魔法でどうにかなるそうだ。なんて便利。
「――あったぞ。マリー」
「本当に!?」
レイスの言葉にウキウキと近寄れば、彼の言う通り蔓の先が地面へ繋がっている箇所があり、自分の目が輝いたのがわかった。
「下に長く伸びているから、傷つけないように少し離れた場所から掘っていくそうなんだけど出来る?」
蔓を手にしゃがみ込むレイスの側に腰を下ろし、蔓から五センチほど離れたところを示せば「わかった」と短くも心強い言葉が返ってくる。
それから間もなくして、蔓周辺の土がサラサラと動きだした。
レイスが魔法を使っているらしい。
まるで土が自然薯の蔓を避けるように動き、周囲に山を作っていく。五センチ、十センチとみるみるうちに穴が深くなっていき、吸収根と呼ばれる水分や養分を吸い上げる根っこが数本出てきた。しかし穴は止まることなく広がっていき、やがて見覚えのある薄茶色のイモが顔を覗かせたところで一旦止まると、レイスが顔を上げる。
「あれがジネンジョか?」
「そう! もっと下まで続いてると思うだけど大丈夫?」
「ああ」
自分が土を動かした場合を想像してレイスの身を心配したものの、軽く頷かれ穴掘りは再開された。
それから十数秒後。
すり鉢状に広がる穴からは流れるように土が逆流し、まるで袋から取り出しているような感覚で、一メートル近くある自然薯がスルリと土の中から取り出されてしまった。
なんてあっけない。
スコップ片手に山へ行く自然薯ハンターが見たら、泣いてしまいそうな光景である。
掘るのが大変な自然薯がこんなに簡単に……。
正直、開いた口がふさがらない。
こんなにあっさり手に入れてしまっていいのだろうか?
「あんなに頼りない蔓の先にこんなものがなっているのか」
「驚きですね~。あ、レイスさん。穴は私が埋めますよ」
「ありがとうございます」
いいらしい。
誰一人疑問に思うことなく自然薯を眺め、アンナさんにいたっては瞬きの間に掘り出した土を元に戻してしまった。
……カルチャーショックって、こういうことを言うのね。
今、物凄く、ここが異世界なのだと実感した。
「どうした? マリー。もしかして違ったのか?」
一言もしゃべらない私に心配になったのか、そう尋ねてきたレイスに首を振る。
あまりにも簡単に手に入ってしまったので驚いたが、別に悪いことではないし、望みの物が手に入ったんだもの。お礼を言わなくちゃね。
「――ううん。立派な自然薯だったから驚いただけ。掘ってくれてありがとう」
「そうなのか? 小さいが」
動揺を誤魔化すべく口にした台詞を聞いて首を傾げたレイスに、私は一瞬考え込む。
しかしすぐに己の過ちに気が付いた。
数か月前まで、すべての動植物は魔王の影響でもっと大きかったと聞く。
ならばあの自然薯を『立派』と称するのはおかしい。
フェザーさんが用意してくれるお米は鮮度にこだわっているから朝採り、レイスが持ってきてくれる食材だってその日採取したものだ。輸入品の中には保存されていた野菜などもあるそうだが輸送費分お高いのでその手の店に足を運んだことはなく、小麦粉はすでに加工された状態で売っているので実物を見たことがない。鳥小屋で飼育している鶏も鶉も見知った姿だったからすっかり忘れてた。
「……形がね」
異世界事情を思い出し咄嗟にそう答えれば、レイスは得心がいったように頷いてくれた。
「なるほど。ジネンジョはこういう形だといいのか」
「岩が多いところとか環境が悪いと、曲がりくねって育つの」
嘘は言っていない。
自然薯はまっすぐなものほど高値で取引されているもの。




