№12 とろろご飯と自然薯団子入り鳥鍋
ぼんやりとした雲に覆われた空の下。
市街地の外れにある開けたその場所に、多くの馬と荷が積まれた幌馬車のようなものがいくつも並んでいた。
長期間の移動を想定して行われただろう大がかりな旅支度と、それに見合うだけ集められた人々はざっと五十人ほどだろうか。
剣を佩き騎士のように全身鎧を着こんだ人や魔法使いのような杖を片手にローブを着込んだ人、羊皮紙の束を抱えている学者風のお爺ちゃんなど、様々な職種の人間が馬車の間を忙しなく動き回っている。
そうして、慌ただしく行き交う人々を馬車を覆う幌の隙間から観察すること、しばし。
居並ぶ馬車の正面に立ち、動き回る部下達を監視するように鋭い眼差しを周囲に向けていた一際立派な鎧をまとった男の元に、騎士や魔法使いが駆け寄っていく。
「隊長。馬の準備は終わりました」
「荷の積み込みも終了しています」
「オッソ様の移動と資料の運び込みも完了したようです」
「それでは三十分後に出発する。総員指定の位置につけ!」
隊長と呼びかけられた壮年の騎士が高らかに出発時間を叫べば、報告に集まっていた部下達が「はっ!」と敬礼し、次いで今しがた告げられた命を実行すべく散る。
その内の一人が私の乗っている馬車の元に戻って来たのを見て、外の様子を覗くべく持ちあげていた幌をそっと下ろした。
これからこの集団はどれほどの資源があるか調査しに未開の山へ向かう。期間は移動も含め前後一か月ほどの予定だ。
またその間はこの馬車で寝泊まりすることになるため食料などの荷も乗車人数分積まれているそうなのだが、もともと余裕を持たせてあるのか内部は意外と広く、過ごしやすくなっている。
その上、女の私を気が遣ってか、馬を操る男性騎士二人とレイスのほか女性の騎士と魔法使いが一人ずつ乗っており、至れり尽くせりといった状況だった。
しかしその心遣いが、なんだか恐ろしい。
外の景色を眺めるの止めた私は、フラフラとレイスの前を通り、馬車の奥へと進む。そうして座るよう指定された場所にストンと腰を下ろし、頭を抱えた。
――なんか思ってたのと全然違うんですけど!?
私が離れた場所に腰を下ろしたことで、不思議そうに首を傾げているレイスや向かい側の座席に座っている女性騎士達の視線を無視して、心の中でそう叫ぶ。
護衛付きで食材採取ができると誘われたので参加してみたんだけど、想像以上に物々しいというか、どこからどうみても本格的な調査団である。
ちょっと食材を取りに、なんて気楽な気持ちで参加しちゃ絶対ダメなやつ。
思いもよらなかった状況に、どうしてこうなったと自問しつつ、私はここに来ることになった経緯を振り返る。
今回の旅の責任者は以前レイスが師匠の代わりに受けた仕事の時に案内した貴族様らしく、前回の働きぶりが気に入られ再度指名されたと聞いている。
それ自体はまったく問題ない。
レイスは同業者の中でも優秀だと噂されているそうだし、前回の依頼を受けた時には仲良くアーモンド拾いをしたり、トマトを採取したりしたそうなので、良好な関係を築くことができたのだろう。大変良いことである。
そして責任者は貴族様だが、その依頼主は国から命を受けているという話は聞いていた。
というよりも、今回の調査は国からの依頼なので給金もよく、道中の食料も提供されるし、派遣された騎士が護衛してくださるので安心安全。その上もしもの時の保証まであり至れり尽くせりだと言われたから、私にも同行の誘いが来ていると聞いた時、悩んだけど頷いたのだ。
レイスもいるし、以前聞いた貴族様達の人柄を考えてみても危険はなさそうだと思ったからね。
しかし蓋を開けてみれば、である。
いや、この開拓調査が国からの依頼であることは聞かされていたし、護衛に騎士達も同行してくれるのは知っていた。
説明を受けた上で行くと言ったのは、私自身である。
レイスのお師匠様の代わりに説明してくれたアイザさんの言葉に、嘘は何一つない。
ないけれども。
――騙された。
思い出せば出すほど脳裏を過るのはそんな考えで。、
私は別の馬車に乗っている雇い主の貴族様やレイスの師匠ベルクさん、今ここに居ないアイザさんの顔を浮かべてギリッと歯噛みする。
嘘はないけれど、これほど本格的な調査団だとは聞かされてない。知っていたら絶対に参加しなかったのに。
私を連れて行こうと考えた人間もそう思ったから、情報を伏せたのかもしれない。
依頼主の貴族様か、
レイスのお師匠様か、
アイザさんか、
はたまた別の人間か。
誰が謀ったのかはわからない。
しかし気分が悪いのはたしかだ。
ちなみに容疑者の中にレイスが入っていないのは、居並ぶ馬車と人の多さに一緒に驚いていたからである。
今回は多いな、で済ませたレイスに愕然としたし、仕事を請け負う前にもっと確認しなさいと注意したくなったけどね。
ただ、この世界の暮らしを考えれば、そういうものなのかなとも思う。レイスも驚いていた割には異を唱える素振りを見せないので、平民が王命の任務に参加するとなると細かい情報は降りてこないものなのかもしれない。
王政と縁遠かった私には今一つ実感がわかないけど、この世界の人々にとって王命は絶対的なもののようだしね。
思い出すのは快く送り出してくれた、フェザーさんとカリーナさんの姿。
今回のお話を受けるならば鳥小屋は休まなくてはならなかったためフェザーさん達に確認してみたところ、未開の山に入るということで身の安全を心配されたけど、それだけだった。むしろ王命による仕事に参加するのは名誉なことだと言って、喜んでくれた。
現在オリュゾンを治めている王家ルーチェ一族は民の評判も良いらしく、いいお話だとフェザーご夫妻が太鼓判を押してくれたのも、参加を決意した一因である。
ちなみに一番の理由は、見つけた食材を取って好きに調理をしていい、と言われたことだった。
説明してくれたアイザさんによると、今回私はレイスやベルクさんのために誘われたようで。
二人は森や山を歩くことに慣れていても、訓練を受けた兵士ではない。前後一か月という短くはない旅路の間、騎士達と同じ野戦食では辛いだろうとの配慮の元、彼等の食事を作るべく私は呼ばれたらしい。
まぁ、同行する貴族様達も料理人を連れて来ているそうなので、こういった長期の仕事の場合に食事係を用意するのはよくあることなのだろう。
採取した食材は専門の方々が毒性検査などを行ってくれるそうなので、あやふやな知識で手を出したら危険だからと避けてきた茸なども安心して食べられる。
しかも未開の山にある資源調査が目的なので、ここで食材として認められれば、今後市場にも並ぶようになるそうだ。
そんなことを言われてしまっては、食の発展を願う私は行くしかないわけで。
これを機に市場に並ぶ食材の種類が増えて、食文化の発展が早まればいいと喜び勇んで参加表明してしまい、今に至る。
誰かの手によって大事な情報が隠されていた可能性もあるけど、こうして振り返ってみると食欲に負けて仕事の内容や規模を詳しく尋ね忘れていた私の自業自得かもしれない。
……そもそも、私を無理やり連れて行くメリットなんてないしね。
それこそレイスが長期の仕事を嫌がったから懐いている私を連れて行こうと思ったとか、ベルクさんが男ばかりの旅路を嫌がったから餌代わりに女性の割合を増やそうとしたとかならありそうだけど、一般人である私に期待することなどないだろう。トマトやアーモンドの話を聞いて貴族様が面白がったという可能性もあるけど、それならば実害はない。
思ってたのとはずいぶん違うけど……。
人間、諦めも肝心。
というかここまで来てしまった以上、もう後戻りはできない。
これだけ多くの人間が準備を整えて出発の時を待っているというのに、今さら異を唱えて帰るなんて口が裂けても言えない。
私は長いものには素直に巻かれる主義だもの。
どう考えても私はこの場に似つかわしくないと思うけれども、女性騎士や魔法使いを付けてくれるくらいには気遣われているようなので、悪いようにはならないと信じよう。
レイスやベルクさんも居るし、騎士や魔法使いもいるから安心安全に食材を採取して世に広めることができる。
こんな好機はまたとない、はず。
とまぁ、腑に落ちない点はいくつかあるものの、なんとか現状に納得した私はゆっくりと顔を上げた。
私の正面に座っているのは赤みがかかった茶色い髪をピシッと後ろで結い上げた女性騎士のフィオナさん。その左隣りに座っているふわふわした栗毛の女性はアンナさんと言って、魔法使いだそうだ。アンナさんはローブを着ているので見た目にはわからないけど、きっと服下には引き締まったお身体があるのだろう。
見たところ歳も私と近いので、この世界に来て初めて同世代の友人を作るチャンスである。
なぜ私がこのような場に呼ばれたのかなんていくら考えてもわからないし、ここは開き直ってこの旅路を楽しんだ方がいい。
そう決めた私は早速とばかりに、荷物の中から両手サイズの箱を取り出す。箱の中身は、バルーン型の泡立て器を手に入れてから何度か作ったカステラ。
常温で持ち運びできるので、軽食用に持ってきたのだ。
箱を開ければ糖分が焦げた甘い香りがほのかに広がり、レイスや女性陣の視線が集まる。
一晩置いたカステラだから焼きたてのカリッとした皮とスポンジの溶けるような舌ざわりはもうないけれど、代わりにしっとりふわふわした食感と小麦や卵や蜂蜜の味をしっかりと感じることができる。
焼きたてじゃないと味わえない食感と温かいものを頬張る幸福感の威力は大きいけれど、素材の味を楽しむならば断然一晩寝かした方がいい。パウンドケーキなんかも一日か二日置いた方が、具材や香りづけに 加えたお酒が馴染んで美味しかったりするしね。
箱に敷いた白い布に隙間なく並べたカステラの断面が映えていい出来だと自画自賛しつつ、目の前に座るフィオナさん達に中身が見えるように差し出す。
「カステラっていう故郷のお菓子なんです。空腹だと酔ってしまう性質なので出発前につまんでおこうと思うのですが、よろしければフィオナさんとアンナさんもいかがですか?」




