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【深木】はらぺこさんの異世界レシピ  作者: 深木【N-Star】
第一章
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№8 アーモンドクッキー(サブレ・ディアマン風)


 ――初めてのお菓子作りから九日ほど経った日の夜。

 明日はアイザさんと約束した十日目というわけで、値引きのお礼を兼ねて手土産にクッキーを持参すべく私は生地作りの前段階である材料の仕込みに勤しんでいた。


 現在準備しているのはクッキーに混ぜ込むアーモンド。レイスが持て来てくれてからコツコツと処理を進めており果肉の除去に一日、殻付きを陰乾しすること七日間が経過している。

 乾燥を終えたアーモンドを外で拾って来た硯みたいな形状の石の上に置き、拳大の石で殴って殻をベキと砕く。そしてお馴染みの薄皮に包まれたアーモンドを取り出して、割った殻は捨てる。

 そんな私の隣ではレイスがチーズ屋さんから分け貰った早朝搾りたての牛乳を深鍋に入れて一日半放置して、上に溜まったクリームを詰めた袋をバチャバチャと振ってバター作りに勤しんでくれていたりする。


 ちなみに深鍋に入れた牛乳はフェザーさん宅にある勇者様印の冷蔵庫で預かっていただいた。

 お米の件で奇異の目を向けられていたものの、前回のプリンが大変好評だったので甘いものを作ると言ったら快く一晩置かせてくれた。オーブンもカリーナさんのお友達がパン屋さんを営んでおり、明日の昼間に貸してくれることになっているのでばっちりである。

 仕事中に行った鳥小屋の清掃などの疲れと相まって若干腕がプルプルしてきたけど、「クッキーのため」と唱えながら頑張って割っていく。


 私の持論だけど、お菓子作りで重要なのは体力と腕の筋肉だ。

 ふんわりしたケーキを焼くためにメレンゲや全卵を泡立てたり、バターをクリーム状に練ったり、固まりゆくカスタードを焦がさないよう必死に鍋の中身をかき回したりね。体力のない人がカスタードに挑戦したら、きっと一キロ分で腕が痺れるだろう。業務用の鉄板も一枚が地味に重いし、お菓子作りと聞くと可愛らしいイメージを持つ人が多いけど、仕事にしようと思ったらだいぶ覚悟がいる職だと思う。

 それが機械化の進んでいない異世界ではなおさら。

 夕食を食べたて少し回復したとはいえ、仕事終わりにやるには大変な重労働である。

 レイスが手伝ってくれてよかったと心から感謝しつつアーモンドを手早く割っていく。このあと取り出した中身を煎って、半分か三分一サイズに切っておかないといけないからね。


「それで結局、お師匠様の知り合いだっていう貴族様達はどんな人達だったの?」


 残り少なくなってきたアーモンドに気合いを入れ直しながら、作業の片手間にここ三日間の仕事がどんなものだったか尋ねる。


「悪くはなかった」


 バターを作る水音と石を打ちつける音が響いている所為で、互いにいつもより大きな声での会話だ。


「いい人達だったんだ?」

「連れていた護衛の腕がよかった。それに土産を拾ってもなにも言わない」

「へー。心の広い人達だったんだ」

「食べるのだと言ったら、驚いていたが」

「え、これ食べないの?」


 その言葉に私は思わず手を止める。

夕飯を御馳走する代わりにレイスは仕事で取ったものを分けてくれるので、動物達が食べたような形跡がある物を見つけたらお土産として持ち帰ってもらっている。もちろん仕事の邪魔にならなければ、だけどね。

 以前持って帰ってきてくれた食材の中にアーモンドがあったので、また見つけたらとお願いして今回こうして持ち帰ってもらったのだが、まさかナッツ類が食べられていないなんて。

 なんで? ナッツ類って昔から世界中で親しまれてきたものじゃないの?

 米と同じく異世界的な理由で食べられて来なかったとでも言うのだろうか。

 そんな私の疑問は表情に出ていたらしく、レイスが丁寧に説明してくれる。


「以前はもっと大きくて殻も分厚く頑丈だったから、投石の代わりにしていたらしい。それで森や山奥に群生地が点在しているそうだ」

「そ、そうなんだ」


 レイスが袋を振るのを止めて手で示してくれた大きさは、ラグビーボールより少し大きいくらいだった。たしかにナッツ類がそれだけ大きくなれば殻も頑丈で、石代わりになっただろう。

 ……割れたとしても、戦場で味見してる余裕なんかそりゃないよね。

 というか目の前に敵がいるんだから、まずそれどころではないだろう。それに場所が場所だ。私だって戦場で拾ったものは、食べ物であっても口に入れようと思わない。


「毒もないし、動物も食べている。味も悪くないと伝えたら試してみると言って彼等も拾っていた」

「持ち帰ったの?」

「オリュゾンを発展させるために、名産品にできそうな新しい食材を探しているそうだ」

「それでレイスのお師匠様に依頼があったのね」

「ああ」


 レイスが案内した貴族様達の目的に、それは素晴らしいことだと目を輝かせる。ぜひその調子で食材の開拓を進め、米やトマトは食べ物じゃないっていう不文律を失くしてほしい。

 ――そうしたら色々料理しやすくなるしね。

 食の発展に想いを馳せながら最後の一個を割った私は、捨てる殻と割石を片付けて立ち上がる。


「煎ってくるね」

「ああ」


 無表情のまま袋に入った牛乳をひたすら振ってバチャバチャと音を鳴らしているレイスにそう断りを入れて、キッチンへ向かう。

 コンロに乾いたフライパンを乗せて取り出したばかりのアーモンドを重ならない程度の量を入れて並べる。そして中火で焦げないよう時々揺すりながら熱することしばし。

 パチパチと音が鳴り始めたら木杓子などでひっくり返すように混ぜて再度加熱。

 全体的に焼き色がついたら完成なので、お皿に移して冷ます。

 三回ほどかけて全部のアーモンドを煎ったら七十グラム取って、半分もしくは三分の一の大きさに切り、アーモンドの下拵えは完了である。


「余った分、食べる?」

「食べる」


 残りを摘まむか聞けば即答されたので小皿に移して持っていってあげる。


「バターはこんな感じでいいのか?」


 アーモンドが入った小皿の代わりに渡された袋を受け取り振ってみれば袋の中でボットン、ボットンと塊が動く感触がする。どうやらバターもいい感じに仕上がっているらしい。


「大丈夫みたい。ありがとう」

「ああ」


  ポリポリとローストアーモンドを齧るレイスにお礼を言ってキッチンに戻った私はボールを引き寄せて、袋の中の液体バターミルクを取り出す。

 

 ――これは煮込み料理で使えるから取っておいてっと。

 次いで袋の中に冷水を入れて洗うこと二、三回。

 出てくる水が綺麗になったら中の塊を台の上に取り出し、滑らかな一塊になるまで木杓子で練れば無塩バターの完成だ。

 ちなみにこの無塩バターに二~三パーセントの塩を加えて練れば、パンに乗せると美味しい有塩バターとなる。

 今回はお菓子作りに使うので無塩のままで、百五十グラムほど必要なんだけど足りたみたい。

 あまったバターでなにを作って食べようかなと使用法を考えつつ、他の材料の準備に移る。といっても蜂蜜八十グラムに牛乳五グラムと塩を二つまみ、最後に小麦粉を百九十グラム計ったら材料の準備はお終いだ。

 台を綺麗にしたらさっそく生地作りを開始。

 早く終わらせて寝ないと明日寝坊しちゃうからね。



 ちなみに本日作るクッキーはサブレ・ディアマン風にするつもりだ。

 サブレとはフランス語で砂を意味し、バターをたっぷり使ったサクサク軽い食感の生地、そしてディアマンとはダイアモンドを意味しており、サブレの周りに纏わせたグラニュー糖の輝きが綺麗な一品である。

 今回の生地は蜂蜜を入れて作るためサブレというには少し硬いけど、ディアマン風に周りに砂糖を付けることで食べた瞬間甘さを感じやすくなるだろう。まぁ、言ってしまえば蜂蜜と砂糖を節約してクッキーを作ろうと思ったら、こういう形になったというわけだ。

 ……いつか砂糖とバターをふんだんに使った、サックサクのサブレ・ディアマンを食べたいわね。


 上を望めばきりがない食への欲求に心の中でため息を零しつつ、クッキー作りに入る。


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