№7 トマトソース入りサンドイッチとグルートエールとプリン 5
さてさて、そうしてすべての砂糖を溶かし終えたら最後の仕上げだ。
用意しておいた水が手元にあることを確認したら、カラメルが一番高い温度になるよう沸騰させる。火加減は変えず時折鍋を回して溶けた砂糖の色を均一にしながら、濃い茶色になりブクブクと泡が出るようになるまで待つ。全面に泡が出て沸騰したら素早く火から下ろして鍋敷きなどの上に置いて、鍋肌に沿うように水を加える。
熱々のカラメルに水を加えると蒸気が一気に上がるので、間違っても鍋の上に手がかかっている状態や覗き込みながら水を入れないよう注意が必要だ。矛盾しているようだけど、水は鍋の縁から手早くそっと流す。
でないと大火傷してしまうからね。
それにもたもたしているとカラメルの温度が下がって、水に綺麗に溶けなくなってしまうのだ。
水を加えると水蒸気が上がりジュワッと大きな音がしたあとグツグツと鳴るので、収まるまで少し待つ。
「だ、大丈夫なのか」
「大丈夫よ」
水蒸気に驚いたのか慌ててやってきたレイスにそう返しつつ、冷めないうちに鍋を回してカラメルと水が綺麗に混ざっているのを確認。固まりなく溶けていたら、用意しておいた器の底が見えなくなるくらいまで鍋を傾けて注ぐ。下手にスプーンなどを使うとカラメルが手について火傷したり、冷めて固まってしまったりするので鍋から直接がお勧めである。
「レイス。これ、表面が固くなるまで魔法で冷やしてもらってもいい?」
「……ああ」
「熱いから気を付けてね」
衝撃冷めやらぬといった様子のレイスにカラメルを注いだ器を冷やすのを頼み、あとで洗いやすいよう使った鍋に水を注いで浸しておく。
今日はレイスがいるからいいけど……。
そのうち勇者様印の魔石式冷蔵庫を買いたいところである。ちなみに同じく魔石式洗濯機なんてものも在り、フェザーさん宅に行ってたまに借りていたりする。手洗いせずに済んでとても助かっているけれども、醤油片手にトリップしたり冷蔵庫や洗濯機を開発したりと勇者様は随分所帯染みた方だったようだ。
普通の高校生っぽかったけど人は見かけによらないな、などと考えつつ私はクリーム部分の調理に取りかかる。
用意するのは牛乳三百三十グラムにМサイズくらいの卵二個と卵黄を一個分、それから蜂蜜六十二グラム。
本当だったら蜂蜜じゃなくて白砂糖八十グラムなんだけど……。
三キロで金貨一枚もする高価な白砂糖をカラメルで大量に使ってしまったので、クリーム部分はレイスから貰った蜂蜜に置き換えておく。蜂蜜の味が入ることでヴァニラビーンズの不在も誤魔化せるしね。
ちなみに、蜂蜜大さじ一杯の甘さは白砂糖大さじ三杯分に匹敵すると言われている。
同じ大さじ一杯といってもグラムに換算すると蜂蜜と白砂糖では重さが違うので細かい説明は省くけど、白砂糖の重さを一.三で割り四捨五入すれば蜂蜜のグラムに置き換えることができるので覚えておくとお菓子や料理を作るのに便利である。
――大量の白砂糖やヴァニラビーンズ、生クリームやバターなど欲しいものを上げればきりがないけど、今回は牛乳が手に入るようになっただけ大収穫よね。
レイスが紹介してくれたチーズ屋さんが分けてくれたのだが、今後も事前に言っておけば用意しておいてくれるとのことなので生クリームとバターは追々手に入る。小麦粉は普通に購入できるので、近々クッキーが焼けそうだ。
未来に想いを馳せながら、鍋に牛乳を入れて中火で温める。その間にボールに卵と卵黄を入れて大きめのフォークで溶き、さらに蜂蜜を加えて気泡ができないよう優しく混ぜ合わせておく。
牛乳は沸騰手前、縁の部分に細かい泡が付き始めたらオッケーなので火を止める。
蜂蜜を混ぜた卵液にまずは五分の一ほど牛乳を加えて混ぜて、卵白が綺麗に混ざっているか確認。次いで残りの牛乳も加えていくんだけど、一気に温かいものを加えてしまうと卵が固まってしまうので四、五回に分けて混ぜ合わせる。
出来上がった卵液を布で漉したらクリーム部分の作業はお終い。
カラメルはどんな具合かなと振り返ればすでにできていたらしく、冷やし終わった器をキッチンまで運んできてくれた。
「……できたのか?」
「これを器に入れて蒸して冷やしたら完成なの」
薄黄色い液体と固まった茶色い物体が入った器をたっぷり見比べたあとためらうように尋ねてきたレイスにそう答えれば、どこか安心した様子でそうかと零す。
まぁ、この状態だとどうみても美味しくはなさそうだもんね。
見学する体勢に入ったレイスを横目に私は大きく深い鍋に三センチほど水を入れて、小さな両手鍋を逆さにして入れる。そして小さな鉄板を乗せれば簡易蒸し器の完成だ。
日本ではココットと陶器のお皿で代用していたけど、お鍋と鉄板でも問題ないはず。
最後にプリンに水滴が落ちないように蓋に布を巻いて、火にかける。
沸騰するのを待つ間にレイスが冷やしてくれたカラメルの上に先ほど作った卵液を均等に注ぎ、表面に浮いている気泡は指先に灯した火でサッと炙って割っておく。いちいち竹串で割らずとも、茶碗蒸しの表面に浮いた気泡とかも蝋燭なんかの小さな火を近づけると衝撃で簡単に消せるのよね。
――鳥の骨で出汁を取って茶碗蒸しもありかも。
そうこう考えているうちに鍋から水蒸気が出てきたので火傷に気を付けつつ、蓋を開けて手早く器を並べて閉める。
二、三分間ほど強火で熱して再び蒸気が上がるのを待ったら、中火に落として蓋を少しだけずらしておく。高温になり過ぎるとプリンにすが入っちゃうからね。
水蒸気を切らさぬよう気を付けて蒸すことおおよそ十から二十分。
器を揺らせば黄色い表面がフルンと波打った。
見た感じ火は通っているようだけど今回は念のため、器の中心に竹串代わりの木の棒を深さの半分ほど差して確かめておく。穴から卵液が出てこなければ蒸し上がりなので、ミトン代わりに布を巻いた手で器を取り出す。これを冷やしたら完成だ。
「レイス」
簡易蒸し器の構造を興味深そうに眺めていたレイスを呼べば、わかっているとばかりに頷いた。
「冷やすんだな」
「そう。お願いしていい?」
「ああ」
軽く頷いたレイスが湯気の立ち上るプリンに手をかざした一拍後、中身が冷えたことで器の表面に薄っすらと結露が浮かび上がる。
さすがレイス、魔法を使うのが私とは比べものにならないほど早い。
「もう終わったの?」
「ああ。もっと冷やすのか?」
器を触ってみれば冷たく、持ちあげて底を確認すればひんやりした温度が指先に伝わってくる。中までしっかり冷やされてるようだ。
「大丈夫みたい。ありがとう」
「そうか」
器についた水分を拭き取り、取り出した平らなお皿を被せてひっくり返す。プリンが型から外れてお皿の上に重みが移動したことを確認したあとそっと器を持ちあげれば、フルっと揺れるプリンの出来上がり。
微かに香るカラメルの香ばしくも甘い匂いが鼻先くすぐり、否が応でも期待感が増していく。
「……すごいな」
茶色いソースを纏いふるふると揺れるクリーム色のプリンにレイスが零した感嘆の声には確かな驚きと期待が込められていて、なんとなく誇らしい。
「でしょ」
「ああ」
液体が柔らかく固まったことが不思議なのかしげしげとプリンを眺めるレイスを横目に、カラメルやクリームを少し多めに入れて作った器を先ほど同様にひっくり返す。プリンは綺麗に蒸しあがっているのでなんの抵抗もなくお皿にくりだし、堂々とした出で立ちで揺れていた。
「食べましょう」
「ああ」
スプーンを載せた二つのお皿を手に食卓へと向かえば、レイスもどこか嬉しそうな様子で着いて来る。
出来上がったプリンは四つ。あとの二つはフェザーさんとカリーナさんに持っていく予定だ。
喜んでくれるといいなと思いつつ慎重にプリンを机に乗せていそいそと席に着けば、食前の祈りを捧げるために手を組んでいるレイスと目が合う。なんて素早い。
それほど楽しみにしてくれているのなら待たせるのは悪いので私も手を組み、目配せを一つ。
余計な言葉はいらなかった。
「「――感謝を」」
早くプリンを食べたい。その一心で手早く挨拶を済ませれば、いざ実食だ。
カラメルがしみ込み天辺が少し茶色くなったクリームの山と麓にサラサラと広がる濃いめの琥珀色をしたソースは甘味の焦がれる故の幻想か艶やかに輝いており、微かに香る甘い香りに誘われるままスプーンを差し込めば柔らかい感触が手に伝う。牛乳と卵と蜂蜜だけで構成された昔ながらという言葉が相応しい少し硬めのプリンの山は少し削ったくらいでは揺るがず、フルフルとその存在を主張していた。




