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【深木】はらぺこさんの異世界レシピ  作者: 深木【N-Star】
第一章
17/71

№7 トマトソース入りサンドイッチとグルートエールとプリン 3


「ただの買い物だ」


 刃物屋さんの二階の窓から降ってきた呼びかけにどこかホッとした様子で応じるレイスに少しもやっとした感情を抱いたものの、追及してほしくなさそうなその背中に私は先ほどの会話を忘れることにした。

 私にも人に言えない事情があるように、レイスにも色々あるのだろうからね。良くない気配がする隠し事ならばまだしも、買い物先でおまけしてもらえただけなのでその理由を無理に暴く必要はないだろう。

 そう結論付けて顔を上げれば、パチッと店主さんらしき四十代ぐらいの男性と目が合う。


「こんにちは」


 店主さんにとりあえず挨拶すれば、瞬いていた瞳が私とレイスを交互に見比べる。そして彼は得心がいったように頷くと、レイスを見てにこやかな笑みを浮かべた。


「ただの買い物ねぇ?」


 このようなからかいを含んだ物言いを聞くのは、実はこれで本日五回目。



 どうもレイスが女連れというのが皆様の興味を引くみたい。

 最初のうちは誤解を解かなければと思って必死に説明しようとしていたんだけど、レイスが師匠の知り合いはこういう奴ばかりだから放っておいていいと言われている。それにどうも私が反応すると余計に皆様が面白がっているようなので、黙っていた方が賢明なのだとここに来るまでに学んだ。そのため私は口を噤んで二人のやりとりを見守ることにする。

 ……これもきっと一種の愛情表現なのよね。

 レイスが市場の皆様にずいぶんと可愛がられているようでなによりである。


「客を連れてきた。作ってほしいものがあるそうだ」

「彼女が? 包丁か?」

「いや、調理器具らしい」

「調理器具? 鍋とかフライパンはさすがに専門外だぞ」

「それならここには連れて来ない」

「だよな。まぁ、出来るかできないかは別にして折角のご指名だ。中入って詳しい話を聞かせてくれ」

「ああ」


 仲良さげに話す二人を見上げているうちに話がまとまったらしく、窓が閉まる音が聞こえたかと思えばレイスが店の扉を開けて私を待っていた。


「マリー」

「ありがとう」


 お礼を言って中に入ればコクリと頷いたレイスが敷居を跨ぎ、扉を丁寧に閉める。

 そうしてカランカランという軽快な来客を知らせる鐘の音を聞きながら見渡した店内は、銀色に輝いていて。果物ナイフのような物や私の顔ほどの刃渡りがあるダガーナイフなど大中様々な刃物がずらっと並べられているその光景に、心臓がドキリと嫌な音を立てる。

 鏡のように曇り一つなく磨かれた刃が美しくも恐ろしく、目が離せなかった。


「――刃物が怖いか? 嬢ちゃん」


 刃物の光から目を離せなくなっていた私を引き戻したのは、トントントンと体格に似合わない軽い足取りで階段を下りてきた店主さんのそんな言葉だった。


「……はい。これだけの刃物を見るのは初めてなもので少し」


 明るい口調と弧を描く口元とは裏腹に真剣な色を宿すペリドットの瞳が誤魔化すなと言っているようで思わず素直な感想を口にすれば一拍後、店主さんは嬉しそうに目を細めて破顔する。


「そりゃいいこった。嬢ちゃんみたいな子はこんなもん見慣れない方がいい」


 心からの笑みを向けられてドキッと心臓が跳ねる。

 見た目は四十代くらいなのに、無邪気な笑顔を浮かべる人だ。

 

「ここじゃ落ち着かないだろうから奥に入りな。作業もするからごちゃごちゃしてるが、飲み物ぐらいは出してやるよ」

「え。あ、ありがとうございます」


 商売道具を怖がられて嫌な顔をするどころか褒められ、さらに気遣われたことに動揺するもなんとかお礼を述べれば、店主さんの笑みが深まる。女性に優しく気のいい人である。


「若いのに礼儀正しいな。レイス、案内してやれ。俺は飲み物もってくるから」

「ああ」


 いや、違った。

 ただ子供扱いされただけだったようだ。

 刃物から遠ざけ、お礼をしただけで褒められるなんていったい私は何歳だと思われているのだろうか。フェザーさんやカリーナさんに実年齢を伝えた時に「そんなに頑張らなくていい」と言った旨の言葉を返されて、まったく信じてもらえなかったのでそれ以来年齢の話は避けてきたけれど、いつか誰かに確認してみたいところだ。少し怖いけどね。


「マリー、こっちだ」


 自分が周囲にどう受け止められているのか考えて若干遠い目になりつつ、私は勝手知ったる様子でカウンター横の扉を開けたレイスに促されるまま店の奥へと足を踏み入れたのだった。



 レイスに案内された部屋で椅子に腰掛けながら待つことしばし。

 飲み物を手に戻って来た刃物屋さんの店長アイザさんは私達の前にコップを置くと、自身の椅子に腰掛けながらさっそくと言った様子で話し始める。


「それで、俺に作ってもらいたいものはなんだって?」

「こういったものなんですけど」


 要らなくなった木板を石でガリガリ削って描いたバルーン型の泡立て器を見せれば、なんとも言えない表情で手を伸ばされる。紙やインクを買えないことを哀れまれたのか、はたまた絵の下手さに同情されたのか。

 勇者様印の紙は確かに安価で売ってるんだけどね……。

 鳥の世話を仕事にしている私には必要ないものだったので、紙を買うお金を香草や香辛料とかに回してしまっただけのことなので、店主さんが想像しているほど悲惨な生活をしているわけではない。それを知っているレイスがなにやら耳打ちしているので、私が余計な気を回す必要はなさそうだ。



 そんな私の考えは当たっていたようで、先ほどとはまた間違う残念なものを見るような目を向けられたが、アイザさんはすぐに木板へと意識を映す。板に描かれた絵を眺めるその目は真剣そのもので、しかし新しいものに職人魂が刺激されるのかどこか楽しそうだった。


「これはどう使う予定なんだ?」

「卵とかをかき混ぜたり、泡立てたりするのに使おうと思ってるんです」

「小枝の束の代わりってことか」

「はい」


 私の返事に「なるほどなぁ」と唸るように呟いたアイザさんは頭の中で試行錯誤しているのか、空いている手であごひげを撫でながら悩まし気な表情を浮かべる。


「嬢ちゃんが使うならなるべく軽い方がいいよな。でも食いもん作るなら欠けたり折れるのは論外だし……」


 ブツブツ呟くアイザさんは思考に夢中でまったくこちらを見ない。どうしたものかとレイスを見ればすぐ終わるからと飲み物を勧められたので、アイザさんを気にしつつ私も置かれたコップに口をつける。



 ――エールだ。

 それもグルートエール。


 そう認識した瞬間、私はアイザさんのことを忘れこの世界に来て嬉しかったものの一つであるグルートエールを内心ウキウキしながら味わう。

 ホップの代わりにヤチヤナギやニガヨモギ、ペパーミントなどを配合したグルートと呼ばれるものを加えて作られており、麦由来のフルーティーさと薬草の植物特有の青さとハーブの清涼感が爽やかなエールだ。



 ホップの発見により現代の地球では廃れた製法であり、初めて口にした時は大変感動した。グルートが用いられているビールはあるにはあるが、やはり原料にホップも使われていることが多く、グルートと麦芽だけで作られたエールを私は地球に居た頃に見つけることができなかったのだ。

 大手のビール会社が再現したという記事を読んだ時は、一口でいいから私も飲みたかったと心から思ったものである。その願いが叶ったのは異世界に来たお蔭というのが少し腑に落ちないが、もう飲めないと思っていたグルートエールを呑めるなんて、お酒好きとしてはこれ以上ない幸せなのでこの点だけは素直に喜んでおこうと思う。

 昔地球で呑まれていたものと同じかはわからないけど……。

 ホップを使ったエールがまだ広まっていないということは、グルートエールだと思っていいはず。魔法がある所為で綺麗な飲み水に困らない世界だが、エールが作られていてよかった。

 恐らく魔王との戦いのために魔力は温存しなければならなかったため、飲料水のために魔法を使う者が少なくて生まれたのだろう。他のことに魔力を使うからか、エールとかワインを飲料水代わりにしている人は結構多いしね。

 ちなみに日本人の多くが思い浮かべるビールはラガービールと呼ばれる酵母が発酵もろみの下に沈む下面発酵酵母を使用して低温長時間で作られるビールで、エールとは酵母が発酵もろみの上面に浮き上がる上面発酵酵母を用いて常温短時間で発酵させたビールである。

 個人的なイメージを述べれば大手が販売している冷やしてゴクゴク飲んでいくのが美味しいのがラガービールで、地ビールなどに多い常温で濃い味や香りを楽しむのがエールビールって感じ。もちろん私はどちらも好きだ。



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