表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【深木】はらぺこさんの異世界レシピ  作者: 深木【N-Star】
第一章
16/71

№7 トマトソース入りサンドイッチとグルートエールとプリン 2



   ***



 鳥小屋を出発してから数時間ほど。

 適当な場所でサンドイッチを食べ終えて市場へとやってきた私は、ざわざわと賑わう大通りをレイスと共に歩きながら深く深く反省していた。

 

 ――まさか、トマトが観賞するものとして認識されているなんて思わなかったわ。


 いや、ヨーロッパでも日本でも最初は食べ物としてではなく鑑賞用の珍物として扱われていた歴史があることは知ってたよ? しかしレイスが森で取ってきた食材と共に「危険なものではないそうだから、良かったら」と言って渡してくれたので、普通に調理してしまったのだ。



 サンドイッチを躊躇いなく食べた私の横で、恐る恐る口にしていたレイスの姿が忘れられない。二口目以降は私以上の速さで食べ進めていたけれども、内心相当驚いていたことだろう。

 レイスの表情は変わらないから、全然気が付かなかったけど。

 サンドイッチみたいにパンに具を挟んで食べるのが初めてで戸惑っているのかな、くらいにしか思わなかったけど。

 食べ終えてから「貴族とかが家で飾ったりすると聞いたから持ち帰ったんだが、美味しいんだな」とレイスに言われた私の驚きたるや、ご理解いただけるだろうか。

心臓が止まるかと思ったわ。

 とんでもない失態を仕出かしたことに気が付き固まった私に「知らなかったのか?」と尋ねたレイスはなにを思ったのか、「今度は飾りにも使えるようもっと多めに取ってくる」と言ってくれたけど彼の中でどんな結論が出たのかは恐ろしくて聞けない。

 いや、トマトは美味しいから食べたことに後悔はないし、また持ってきてもらっても私は調理すると思うけどね。思うんだけど、友人が鑑賞目的に贈ってくれたものを躊躇いなく食べるなんて、人としてアウトではなかろうか。

 レイスは気にしていないようでまた作ってほしいなんて言っていたけれども、ものすごく彼の真心を踏みにじってしまった気がする。どうしよう。

 どうにかして弁明できないかと思って食材が置いてある店を見かける度に目を皿のようにしてトマトがないか探しているんだけど、見つからない。

 すでに白砂糖や牛乳は購入し終えており、色々な場所を巡ったのだけれどもこれまで買い物したどのお店にもなかった。レイスが持ってきてくれたということは近隣の森か山かその道中のどこかで取れるはずなのにどのお店も扱っていないということは、やはり食べないということなのだろう。罪悪感が半端ない。



 この世界の食生活って地球だとどの時代なんだろうか……。


 

 魔法なんてものがあるものの地球と変わらない風土の中、馴染みある動植物が育ち、太陽と月の移り変わりもほぼ同じ、そして文化の発展の仕方も似ているこの異世界について改めて考える。

 パン屋さんでフランスパンやプレッツェル、イングリッシュマフィンのようなものを見かけたことがあり、店主さんから聞いた話によるとどれも他国のパンだと言っていた。

 私の記憶が確かならば地球のヨーロッパでナショナルブレッド、国家規模で代表されるパンが生み出され始めたのは十世紀以後、さらに協会主導だったのが国王や貴族が力を注ぐようになり技術や製法が向上したのが十二世紀頃、十四世紀頃には多くの国王が研修所を設けていたとなにかで読んだ気がする。

 そしてトマトが食材として流行り出したのは近代あたり、十八世紀前後だったはず。パンの研修所の有無はわからないけれども、パンとトマトから推測するに大体十二世紀から十七世紀の食文化だと考えられる。

 他に食べたら驚かれる食材ってなにがあったっけ……?

 おかしなものばかり口にしていたらどこで生活していたのか訝しがられてしまうので、消えかかっている記憶を手繰り寄せながら知識を掘り出す。魔王の影響で姿形が大きく変化したという動物達に関しては元の姿がわからなかったで通せるだろうけど、サイズが変わっただけの植物だと誤魔化すのは難しいだろうから慎重にいかないと。

 

 ……トマトがまだってことはジャガイモやインゲン、カカオもまだなのかな?

 どうしよう、うろ覚えだからわからない。

 というか、魔法と勇者様のお蔭で水洗トイレっぽい物やコンロみたいな物があるし、醤油もあるからものすごく安易にお金貯めて美味しい物食べようと考えていたけれども、よくよく思い出してみるとヨーロッパで美食文化が発達したのは十八世紀以後だった気がする。

 泡立て器もまだないみたいだし食文化はあまり発展していない、もしくはしている最中と考えた方がいいのかもしれない。

 これはもしや、ただお金を稼いでも美味しいものでお腹を満たすことはできないのではなろうか。それどころか私が作る料理にも奇異な目を向けられる可能性が高い。

 市場にはなさそうなものは見つけてもおおっぴらには食べない方がよかったり……?

 

 いやいや。私にそんなことができる? 

 無理でしょ。トマトもそうだけど、見つけたら食べるよ。


 美味しいし、食材選り好みしてられるほど裕福でもないし。

 念願叶って森や山に行けたとしても、発見した食材をスルーなんてそんな殺生な。それでは筋肉痛になりながら頑張って魔法の練習をしている意味がなくなってしまう。

 別に豊富な食材を使って調理する文化がなかっただけで、トマトだってじゃがいもだってインゲンだってやがて人々に受け入れられ、親しまれるようになることは地球の歴史が証明している。そうやって口にする食材の数を増やしたことで、今日の美食文化が生まれたのだから。 



 そう考えると、なんだか問題ない気がしてきた。

 部屋を飾るためにくれたものを食べてしまったのは申し訳なかったけれども、そもそも家畜の餌としてしか需要のないお米を主食にしている時点で取り繕わなければならない体裁など私にはない。

 恐らくレイスもそう思ったから、トマトを食べたことに関して深く追求しなかったのだろう。孤児の移民という設定のお蔭で、風変わりなことをしても大目に見てもらえるのが幸いしたようだ。

 魔王の影響がなくなったこの世界は、魔法があるという点を除けば地球とほとんど変わらない。しかも今暮らしているオリュゾンの風土や動植物は日本にとても近いから、探せば山菜なんかも取れると私は睨んでいる。

 山菜の天ぷらでエールとか最高じゃない。

 美味しいとわかっているのに人目を気にして諦めるなんて、ありえないわ。

 一応、異世界だとなにがあるかはわからないので毒性の有無は確認した方がいいだろうけど、周りの目は気にせず美味しくいただいても問題ないだろう。

 まぁ、人に勧める時には気を付けるってことで……。

 良しとしておこう。誰に迷惑をかけるでもないし、そうでないと『お腹いっぱい美味しい物を食べる』なんて目標、叶いそうにないしね。美味しければ大丈夫。問題はない。

 端からみたら雑食極まりないので女の子として完全にアウトかもしれないけど、女神様が目覚めたら地球に帰る予定だから大丈夫。地球への帰還が前提だから恋愛する予定もないし、失うものはたぶんない。

 生きる気力を保つために打ち立てた当座の目標に思いもよらない障害があったことに気が付いたものの、ないなら自分で作ればいいじゃないと気を取り直して顔を上げる。幸いなことに料理に関する知識と技術はそれなりにあるのだから、自分の舌を楽しませるくらいはできるはずだ。

 ……とりあえず今日作る予定のプリン、レイスの分は大きくしておこう。

 生活必需品しかない小屋の中を思いやってくれただろうレイスへのお礼を込めて、そう心に決める。気が付いていなかったとはいえ、この件に関しては本当に申し訳ない。


 ひっそりと新たな決意と反省をしていると前を歩いていたレイスが振り返り、少し離れたところにある一軒の店を指差した。店先には短刀の絵が描いてある看板が吊してあるので、刃物屋さんのようだ。


「――マリー。あの店なら色々話を聞いてもらえる」

「刃物屋さん?」

「本業は。頼めば罠の細工とかもしてくれる」

「そんなこともしてくれるのね」

「ああ」


 そんな会話を交わしながら、本日最後となる店へ向かう。

 これから訪ねるのはレイスのお師匠様の知り合いが営んでいるお店らしく、泡立て器というちょっと特殊なものを作りたいという私の要望も聞いてくれるだろうとのことなので大変わくわくしている。もしかしたらお菓子の型とかも作ってもらえるかもしれないからね。

 レイスのお世話になりっぱなしでちょっと心苦しいけど……。

 なにも返せないこと申し訳なく思いつつも、ありがとうとレイスに感謝の念を送る。

 森や山で採取したものを売る職に就いたということもあり、レイスは市場の店に詳しく知り合いも多い。そのためこうして案内役を買って出てくれているわけだけど、行く先々で値引きしてもらえたりおまけをくれたりするので大助かりである。その上、採取した素材を保存できる魔法がかけられたマジックバックをレイスが持ってきてくれたので、購入後にこうしてうろついていても食材が痛む心配もない。本当にお世話になりっぱなしだ。


「レイスが買い物に付き合ってくれるお蔭ですっごく助かるわ」

「そうか」

「行く先々でおまけもしてくれたし」


 すでに購入を終えたプリンの材料や野菜などの食料品を思い出しながらそう告げれば、向けられていたアンバーの瞳がスイと逸らされる。

その行動は言葉数少ないものの人の目をまっすぐ見つめるレイスにしては珍しくて、首を傾げつつ彼の返答を待てば向けられたのは困ったような視線で。


「いや、今日は――」


 レイスの行動が気になってジッと見つめていたけれどもようやく動いた口から出たその声はとても小さくて、市場の喧騒にかき消されてしまった。

耳に届くことなかったレイスの言葉を聞き返したかったのだけれどもいつの間にか刃物屋さんに到着していたらしく、私の疑問が音になる前に響いた軽快な声にレイスの意識が向けられる。



「――レイスじゃねぇか! なんだ、また彼奴の使いか?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ