№5 そぼろの二色丼 5
ふっくら炊きあがった白米をまじまじと見つめるレイスに頷きながら深皿を手に取りご飯をよそっていけば、子供が始めてみる物体に魅入るように私の動きを目で追っているのがわかりクスリと笑みが零れる。
「美味しそうでしょ?」
「……柔らかそうではあるな」
「味は保証するわ」
レイスにそう断言してキッチンからスプーンとそぼろが載った皿も持ってくれば、レイスの目がわかりやすく輝く。表情筋は死んでいるが、目が雄弁に感情を語る人だ。
熱い視線をひしひしと感じながら、白米を隠すように二色のそぼろで半分ずつ埋めていく。
折角のおかずをご飯の上に載せてしまった私に若干残念そうな顔をしていたけれども、気にせずレイスの目の前に完成した二色丼を置く。
菜の花を思わせる卵の黄色と鶏そぼろの茶色の対比が鮮やかで、我ながら綺麗に仕上がったと思う。
ご飯もいい炊きあがりだったし、この出来ならば一口食べれば不満なんてなくなるに違いない。
だって、ふんわり甘い卵そぼろと甘辛い鶏そぼろと白米の組み合わせは最高だもの。
「どうぞ、召し上がれ」
自信満々にそう告げれば、しばしの葛藤のあとレイスはスプーンを手に取り一思いに二色丼をすくって頬張る。あれほどお米に難色示していたというのに、随分と豪快な食べ方である。
……まぁ、勢いづけないと食べれなかっただけかもしれないけど。
しかし口に入れたなら、こっちのもの。
そんなことを考えながらレイスの様子を窺えば、ぎゅっと閉じられていた目がカッと開かれ煌くアンバーが私を捉えた。
喜色の浮かぶその瞳を見れば、彼の口に合ったかどうかは一目瞭然で私の口元も綻ぶ。
「美味しいでしょ?」
勝ち誇った表情を浮かべているだろう私にレイスはコクコクと首を振って、再び二色丼を口に運ぶ。この様子ならば、彼の口からお米を否定する言葉が出ることはもうないだろう。
温かい食事は久しぶりなのか、目を潤ませながらも手を止めることのないレイスはしばらくそっとしておいてあげることにして、私もスプーンを手に取る。
そうして小さな声でそっと呟いた。
「――感謝を」
フェザーさんやカリーナさん、大学時代の恩師や両親、それからこの世界で頑張ってくれた勇者様に万感の想いで感謝の言葉を捧げて、私は二色丼をすくいあげる。
綺麗な黄色を乗せたご飯を口に入れれば優しい甘さの卵とホカホカ温かいご飯が疲れた体にじんわりと染み渡り、次いで茶色い鳥そぼろを食べれば肉汁と甘辛い味が白米と絡み合ってエネルギーが満たされていく気がする。贅沢に二色同時に頬張れば卵が醤油と肉汁を受け止め、優しくも満ち足りた味が口一杯に広がった。
――幸せだわ。
時々鼻を抜けるおこげの香ばしさが、そぼろと合わさるとたまらない。
醤油の偉大さを感じながら一色ずつ食べたり、二色同時に口へ運び噛みしめること数回。
不意にカランッと乾いた音が耳を打つ。
「――はぁ」
そして続いた残念そうなため息に顔を上げれば、空になった皿を見詰めるレイスが目に映る。どうやらもう食べ終わってしまったらしい。
ジッと空の皿を眼差しは哀愁を帯びていて、ひどく悲しそうだった。
「もっと食べます?」
「! いいのか?」
寂しげな雰囲気に押されるようにお代わりをいるか尋ねれば、パッと弾かれるようにレイスの顔が上がる。表情筋はピクリとも動いていないけど瞳と声は大変嬉しそうで、彼の周りに花が咲いたかのように雰囲気が一気に華やぐ。表情を変えることなく雄弁に感情を伝えることができるなんて、随分と器用だ。
「そのつもりで多めに作ったから」
そう言って空になった器を手に取り新たにご飯とそぼろをよそってあげれば、私の一挙一動を嬉しそうな目で追ってくるものだから思わずふっと笑い声が零れてしまった。
適当に切りそろえられたボサボサの髪と痩せ細っている所為でレイスの顔から年齢を推測することは難しい。だから頭一つ分高い身長と艶のある低音に大人の男を想像していたけれど、こういった行動を見る限りどうも彼は私よりも若い気がするのよね。
「はい。どうぞ」
無邪気ともいえるレイスの反応にそんなことを考えながらよそり終わった二色丼を置いてあげると、まだ湯気の立っているご飯にアンバーの瞳が眩しそうに細められた。次いでその視線が私に向いたかと思えばレイスの口元が僅かに緩む。
「――ありがとう」
ともすると聞き逃してしまいそうな声量で告げられた感謝の言葉と、はじめてレイスの顔に浮かんだ表情に私の心臓がドキッと跳ねた。
たったの五文字分。
しかし噛みしめるように紡がれたその音がじわじわりと心にしみ込み、今日の私の行動が間違ってなかったのだと思わせてくれる。
「沢山、食べてね」
「ああ」
二色丼を夢中で口にかき込んでいるレイスはもうこちらを見てなかったけど、私はこの異世界に来てようやく肩の力を抜いて笑えた気がした。
事故みたいな形で異世界にやってきたから仕方ない。
そう思って幼く見られていると気が付いても訂正しないで甘えていたけれども、向けられる同情や憐憫を利用するのが心苦しかった。
でもそうしなければ生きてはいけないのは事実で。
生きて帰るためには仕方ないことなのだと自分を誤魔化していたけれども、誰かに優しくされる度に募る罪悪感に蓋をするのは辛かった。
だから、ここにいてもいいのだと思える理由がほしかったの。
仕方ないからとか、私はある意味被害者だからなんて言い訳なんかじゃなくて、誰かの役に立って、貴方がいてくれてよかったと思われたかった。
そうして初めて私は、この世界で優しくされることを素直に受け入られるから。
レイスにありがとうって言われて、私今すごく安心してる……。
ここに居てもいいんじゃないかなって、少しだけ思うことができた。フェザーさんやカリーナさんから分けてもらったものを調理して振る舞っただけだからたいしたことはしてないのに、私は随分と現金な奴だ ったみたいだ。
そんな自分を情けなく思うけれども、それでもこの胸に広がる安堵感は心地よくて。
私はこの世界に来てようやく一息つけた気分だった。
「ありがとう」
私がしたことに感謝してくれて。
そんな気持ちを込めた囁きはレイスの耳には届いていなかったようだけど、それでいい。
今はまだ自分のすべてをここの人々に曝け出すのは怖いから、きっと言葉の意味を問われても答えられないもの。
――いつか、全部話せたらいいな。
異世界から来たことを打ち明けて、無知な己を助けてくれた人々にお礼を言いたい。
そうしないと私は大手を振るって地球に戻ることができないだろうしね。
でも今はまだその勇気は持てないから、もう少しこのままで。
そんな自分にわがままねと心の中で自嘲しながら噛みしめたそぼろご飯は、心なしかほろ苦い気がした。




