美少女が異世界からやってきたのにコミュニケーションで詰んだ――★★☆☆☆
かつての精神鑑定というのは犯人の能力の有無を判断するものであった。ここでいう能力というのは責任能力や訴訟能力などのことを差す。
精神状態を鑑定し、能力がないとわかればたちまち無罪の道が開かれる。それを悪用した犯罪者は年々増えた。精神鑑定の方法とそのかいくぐり方は横行し、法廷が逆転無罪の嵐と化したことで時代は移行していく。法律関係、精神科医への暴力事件が急激に増加。能力のある凶悪犯人は闊歩し再犯率は増加。侍の時代へと逆行したかのように仇討ちも近年増加し、殺し屋の需要が一般市民に年々浸透。そして仇討ちの犯人には情状酌量の余地があるとして、裁判官たちは調子を合わせて弁護側検事側を無視して執行猶予付きの判決を下す……。
そんな「無罪濫用」によるスパイラル改善のため、「責任法規」となるものが成立する。精神鑑定は犯人の能力の有無ではなく、例えばどんな責任の取らせ方なら効果的かを選定する一つの目安となったのである。どんな精神異常者であっても、悪気がなかったとしても、犯人であることに間違いがないのなら責任を取る義務がある。被告人≒責任者ということなのだ。
この精神鑑定のあり方の変更により、当然ながら犯人たちは無罪を勝ち取ろうとはせず、いかにましな刑を勝ち取るか目的を変更していく。精神科医たちは無罪濫用の責任を取るかのごとく鑑定技術を向上させていく。法廷に納得のいく結果をもたらすための、精神科医と凶悪犯人の攻防戦である。
攻防戦といっても犯人に責任感がない時ぐらいだろうか。進歩した現在の鑑定技術の前では凶悪犯人もうなだれるしかない。「死刑になりたかった」などという犯罪動機を持つ者に至っては軽はずみに死を与えるなど許されるはずもなく、地図上から抹消された通称「獄島」で一生を過ごすことになるという。そこではどんな暮らしが待っているのか、タコ部屋ではないかとか生体実験所ではないかとか、インターネット上では都市伝説と化しつつあるが実態を知る者は少ない。
……話を戻そう。問題は、責任を重々感じていながら語る事件の全容には不可思議な点がある時である。犯人に間違いないからもういいやとばかりに警察、検察が放り投げてしまうような、そんなケースこそ我々精神科医にとって最新技術「記憶ダビング法」の見せどころ。これは臓器提供予定の死刑囚が最期に見る夢を実験として記録する「夢ダビング法」を応用したものである。
原理は置いておくとして、当時を思い出しながら語ることで記憶はデータ化。ディスクに複製され、重要証拠として厳重に保管される。捜査令状があれば容疑者の時点で家宅捜索の延長である「記憶捜索」を行うことができるが、重大なプライバシー問題があるため容認は容易ではない。あくまで精神鑑定のための技術である。しかしこれによって冤罪が発覚するケースも少なくなく、冤罪事件撲滅にも利用できるとして注目されつつある。
被告人のナレーションを聞きながら鑑賞する犯行ビデオはどんなホラーサスペンスドラマよりもハラハラさせられる。時間やショックで無意識に曖昧化、矛盾化、そして自己逃避により練り上げ捏造されたドキュメンタリーを解きほぐすのが我々の役目だ。
……私のひそかな趣味というものがある。鑑賞したビデオにランクと適当なタイトルをつけることである。悪趣味極まりないのは自覚している。しかし、つけたタイトルはどれも的を射ていると思う。例えばこの星三つにした少女死体遺棄事件〈美少女が異世界からやってきたのにコミュニケーションで詰んだ〉であるが、まあ長ったらしいと思うだろうがこれが事件のすべてを表しているのだ。評価を星三つにした理由は、単にファンタジー要素をあまり好まないからである。
この〈物語〉の〈主人公〉は、プライバシーを念のために考慮して「ツン田」とでもしておこう。前情報として、彼は事件当時三十二歳。中二病だと同級生にからかわれたことが原因で十四歳から引きこもり、アニメやゲームだけを生きがいにしてきた。
両親は長年の放任主義で、ご飯さえ与えていれば自然に成長して巣立っていくものだと勘違いしていたようだ。ライオンといった肉食動物だって狩りの仕方を子どもに教えるものだ。伝えなければ反応できないのだから。それからこの親は共働きで互いに高年収だったこともあり、インターネットによる諸々で勝手に口座から引き落とされても文句ひとつ言わなかったらしい。
さらにこの夫婦は互いに対しても放ったらかしであり、一人旅行から何までほとんどが事後報告で済ませていたというのだ。けして仮面夫婦でも偽装結婚でもなかったという話だが、放任主義を通り越してとんだ甘ちゃんとしか言いようがない。よって、ツン田にとってアニメやゲームが生きる世界のすべてであり、そこに両親の影はまるでなかった。
この〈物語〉は異星言語学の第一人者に可能なまでの翻訳を依頼したのち、事件を聞きつけたツン田の祖父母が雇った弁護士に一度提出しているのだが、残念ながら活用されることなく、返却されたものである。
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〈美少女が異世界からやってきたのにコミュニケーションで詰んだ〉
◇記録室の白い天井だけ映っている。
【ツン田】
はい。自分は、えーと……。はい、名前は〈規制〉です。……はい。
【ツン田】
(深呼吸をしている)
◇暗転。
◇ツン田の部屋。
【ツン田】
自分の部屋は、えーと、前方には窓があって、カーテンがあります。何年もの間、開けたことはないです。電気も基本的にはつけないんで、昼間もずっと薄暗い状態で。眩しいのは苦手なんですよ。
中央には布団があります。自分の生活の中心なんですけど、これももう何年もしきっぱで、でもきれい好きなんで、ちゃんとハンドクリーナーで髪の毛とか、お菓子の食べかすとか、ね……。それからノーパソ。ノートパソコンね。ずっとそこに置いてて。寝ながらでもできるように。
右には大きい棚が置いてあるんです。ほんと、壁いっぱいに。上の段にゲームのキャラクターのフィギュアでしょう。下の段には漫画とかゲームの攻略本とか。左側には大型のテレビと、いろんなゲーム機本体とソフト。アニメのブルーレイボックス……。
◇ゲーム画面。大剣を携えた少年が巨大なモンスターの周りをぐるぐる走っている。
【ツン田】
自分はいつもみたいにゲームをしてました。十年位前にすごいはやってたやつなんですけど。ゲームシステムは結構ありがちなタイプなんですけど、BGMがすごくイイくて。確か、中古で五万くらい。プレミアがついてて。
◇ゲーム画面。少年が魔法の呪文を唱え大剣を振るうと、大剣に刻まれている文字が光る。
【ツン田】
いつもみたいにゲームをしてて、それで呪文を唱えるんです。剣には魔法文字が刻まれていて、呪文に反応して剣から魔法を出すんですよ。自分はその時、呼び出しの魔法を使ったんです。今まで仲間にした奴を呼び出してヘルプしてもらうやつなんですけどね。
それで剣が光って。とんでもない光だったんですよ。画面からあふれるくらいで、自分は思わず目をつぶったんです。それでも光を感じたんですよ。まぶたの裏で魔法文字がチカチカしてるんです。それが真四角になって……。
うん、あれは魔法陣です。知ってます? 魔法陣って日本発祥の魔術なんですよ。陰陽道なんかもそうですけど、外の技法を取り入れて日本独自の体系に発展させたやつなんですよ。西洋で使われているのは魔法円ですからね。違い知りたいですか? ……え、ああそうですか。
それで光が消えたんで、目を開けたんです。そしたら女の子がテレビにもたれかかっていたんです。
……そりゃあパニックになっちゃいましたよ。ならない方がおかしいと思うんですけど。
◇電源が切れたテレビから少女へとフレームが移動。少女の全身から顔へとズーム。
【ツン田】
寝ている、というか気絶してるみたいでした。どんな女の子だったというと、ウーン……。少なくとも日本人っていう外見じゃあなかった。人形みたいだったよ。髪は長くて、顎は小さいし、目は大きいって閉じてる状態でもわかったぐらいだし。本当、キャストドールみたいな感じ。
全体的に白くてね。でもアルビノとは違うみたいだった。見る角度によって色の濃さが変わるんだ。陶器みたいにてかったり、表面がガラスみたいに、何か、そう、ラムネのビンみたいに透けて青白い血管とか眼球がぼんやり浮いてるように見えるんだよ。それとも、アルビノって実際そんなもんなの? 爪なんかそれこそガラスみたいで、花の模様が細かく削られてたよ。身長は一五〇もなかったんじゃないかなあ。歳は一二、三歳くらいだと思う。たぶんだけど。オッパイ小さかったし。白いキャミソールを着てたよ。
……ずっと観察してたんですよ。パニックって一旦突き抜けちゃうと妙に冷静になっちゃうもんなんですかね。これは夢だって。だってそうじゃないですか。まるでゲームから出てきたみたいだったんですもん。ただのコスプレイヤーだったら尚更笑えたかも。白昼夢ってやつだって自分なりに納得してみたというか感心してみたというか。
◇少女が目を覚ます。
【ツン田】
あの子の目は銀色で、自分と目が合った瞬間ぎろって光ったと思ったら、ぐるりと眼球が回ったんです。ここはどこなのか把握しようとしてたんですね。こっちを気にしながらゆっくりと立ち上がったんです。
少女「(怯えた様子で)ヘィ……」
ツン田「え?」
少女「(腕で防御の姿勢)〈翻訳不可〉」
ツン田「え?」
少女「(見渡しながら)サラントゥパ……」
【ツン田】
まずい状況だってお互いに理解してきた感じでした。日本語じゃないのはすぐわかったし。まあ当たり前。でもどうにかコミュニケーションを取らなきゃ思って、とっさにケータイの翻訳機能を使おうって思いついたんだ。
ツン田「あなたは誰ですか?」
【ツン田】
まずは英語を使ってみた。英語だったらまだ何とかやれたかもしんない。でも明らか英語じゃなかったし、フランス語でもないって発音の雰囲気でわかった。でも一通り試してみようって思った。
少女「(怯えながら)アリャンヘルンパンゾェ」
ツン田「ダメかあ……」
【ツン田】
あの子も待ってくれてるみたいだった。自分が会話を試みようとしているのが伝わったんだと思う。急いで架空言語の翻訳アプリを起動したよ。そのアプリはファンによる非公式のやつなんだけど、いろんなゲームの言語が登録されてるんだ。それで世界中の奴らと協力プレイする時とかさ、グループ内で秘密のチャットができるってわけ。とにかく自分のいる世界の言語じゃないならあるいは……って可能性にかけたかったんだよね。
ツン田「しゃべってみて」
【ツン田】
腕を伸ばして、ケータイのマイクに向かって何かしゃべるように促してみた。このアプリは声に反応して自動的に該当する言語に翻訳してくれる機能がついてるんだ。あの子は戸惑ってるみたいだったけど、状況判断できたんだね。そっとケータイに顔を近づけてきた。
少女「キコエル?/私の言葉が通じますか?」
ツン田「やった! 聞こえる聞こえる!」
【ツン田】
ちょうど自分がやってたゲームの世界の言語に翻訳されたんで、自分でもびっくりしちゃった。「人間が想像できることは必ず実現する」なんて名言、誰でしたっけ? ……そうそうそれ、ジュールベヌル。ホント全くその通り。想像上の言語が実際に使われてたってすごいでしょ。歴史的大発見っていうか。
……そうですね、あの子も自分の反応を見てホッとしてました。緊張が解けてへたりこんじゃって、泣き出しちゃったんですよね。涙を出すってどの世界でも共通の生理現象なんだなあって思っちゃったりなんかして。ちゃっかり隣に座って肩なんか抱いてみたり……いや嘘です。さすがにそれはやばいんで、紳士として。そのまま距離置いた状態で様子見ね。
しばらく経って泣き止んだから、まずは名前を聞いてみたんだよ。
ツン田「名前を教えて/ダレダ」
◇ツン田は携帯電話を近づけない。
少女「(マイクに近づかないまま)ブヴェシューヌ、アルミンダ」
ツン田「ブベシューヌ?」
◇小さく首をかしげながら、うなずく少女。
【ツン田】
変な名前だよ。もっとマシな名前、他につけられなかったの? って感じ。
ツン田「何でここに来たの?/ナゼアラワレタ?」
少女「ワカラナイ。トテモコマッタ。フウインサレテイタ/なぜこんなことになったのか、混乱しています。今までずっと閉じ込められていました」
ツン田「何で封印されてたの?/ナゼトジコモッテイタ?」
少女「オキテニソムイタ/ルールを破ったからです」
ツン田「何の掟?/ナニヲマモル?」
少女「(涙目で)ショジョワタシタ。ムネイタカッタ/立ち入ってはいけない領域に入ってしまいました。後悔しています」
ツン田「あ、あー。そういうことね、はいはい……」
少女「ショウカンヲマッタ。ショウカンサレ、アルジノタメニタタカウ/外に出られる時を待ちました。外に出て、神に償いたかった」
【ツン田】
結局よくわからないんですよね。中古だってこと以外は。……え? 処女じゃなきゃ中古でしょ?
少なくともあの子のようなキャラクターはあのゲームに存在してないし、他のゲームでも見たことなかったし……。かといって全くゲームに関係なかったのかというと微妙なところなんですよね。たまたま呼び出しの魔法があの子のいた世界にとってすごく意味のあるもので、それで化学反応を起こして引き寄せられたんじゃないかって思うんですよ。だってあの子の言葉はあのゲーム世界の言語に近いんだし。たまたま強制的に呼ばれてしまったのか、それとも本来は別の場所に召喚されるはずが、日本魔術の方のマジックエネルギーが勝って軌道がずれちゃったとか……。想像でしかないんですけどね。
少女「ハラヘッタ/食べられるものはありませんか?」
【ツン田】
冷凍のハンバーグとポテトがあったんで、それをあげました。それなのにあの子、すんごい怪しそうにしてさ……。
◇座卓に置かれたハンバーグとポテト。少女は顔を近づけながら目を細め、臭いを嗅ぐ。顔をしかめる。
少女「ナイゾウ?/これは何の肉ですか?」
ツン田「内臓じゃないよ/ニクデハナイ」
少女「(申し訳なさそうに)ウソダ。ナマグサイ、ナイゾウ。ハラヘッタ/本当ですか? 私にとって肉は毒で食べられません」
ツン田「(苛立った声で)は?」
◇少女は上目遣いで肩を竦める。
【ツン田】
わざわざ用意してあげたのに文句言うとか。でもよくよく考えてみたらね、この世界と異世界では環境か違うだろうだからさ。当然、食文化とかね。宇宙人みたいなもんなんだから、体の仕組みだって違うよね。現にあの子の外見は自分と違うんだし。臭い的に肉は無理だったんだろうね。ここは冷静になって、他の食べ物をあげることにしたよ。
ツン田「何だったら食べれるの?/ナゼハラヘッタ」
少女「フウインサレ、イブクロ、ウゴカナイ。キノミホシイ/閉じ込められていたので十分な食事を取れていません。果物はありませんか?」
ツン田「はあ、木の実ね……?」
【ツン田】
胃袋を封印ってどういうことなんだろうね? 食べられるものを限定させるってことなのかな? とりあえず台所のワゴンのとこにナッツの缶があるの思い出したからさ。それをやったんだよね。
◇座卓に器を置きナッツを流し入れる。少女はクルミを摘まみ臭いを嗅ぐ。
少女「ヘッズォパ……」
ツン田「(ピーナッツを食べる)食べられるよ」
◇少女はクルミを食べる。
ツン田「どう?」
◇少女は首を傾げ、頷く。どんどんナッツ類に手を伸ばし頬張る。ほどなくして手を止め、咳き込む。
ツン田「おいおい、大丈夫か?」
【ツン田】
そりゃああんだけモリモリ食べてたらむせるわな。しょうがないから背中をさすってやったんだけど、口の中のピーナッツとかこぼすわ、きったねえの。それでもって咳は段々酷くなってさ、ひとまず水を飲ましたの。
少女「アリャヘッズォ……」
ツン田「え? 何?」
【ツン田】
水を飲んだあとぐったりしちゃって。それで白かった体の色が茶色に変色しちゃったんだよ。牛乳にコーヒーの粉を入れたみたいに。それからブツブツができてガマガエルの皮膚みたいになってキモイ状態になったんだよ。あの子にとってナッツは毒だったんだろうね。毒っていうか、アレルギーかな? うん、ピーナッツアレルギーだったんだよ、きっと。
しばらく寝かせておいたら、元の白色に戻ったよ。でもしんどそうだったなあ。……病院? ああ、病院ね。特にそういうのは考えなかったな。……何でって、パニックだったからとしか言いようがないんだけど。それになんて医者に言えばいいのかわかんないじゃん。
ウーン、まあ、丸投げしてもよかったんだけどね。でも「主のために戦う」って言ってたしさ、つまり俺が主な訳じゃん? 召喚したの自分だし。ならここは主らしくしもべの世話をしてあげなきゃだと思って。
◇布団に寝かされていた少女が上体を起こす。
少女「ペェイ」
ツン田「ん?」
少女「(腕をさすりながら)カユイ/かゆい」
ツン田「かゆい?」
【ツン田】
ダニに食われたんだと思う。だから虫刺されの薬を塗ってあげようって。
少女「(怪しむ素振りを見せながら)ソレハナンダ?/それは何?」
ツン田「かゆみ止め/カユイトメル」
少女「ウソダ/本当?」
ツン田「嘘じゃない/ウソデハナイ」
◇差し出された腕に薬を塗る。腕から湯気が出る。
少女「(腕を振り上げながら)〈翻訳不可〉!」
◇少女は勢いよく立ち上がり、棚側へ倒れ込む。背中がぶつかってフィギュアが数体倒れる。
ツン田「ちょっと!」
少女「(泣きながら)ギユリュントゥマイッズォ! ハエロォ!」
ツン田「待って! 待ってって! 何? 何が駄目なの!」
少女「ハエロォ!」
ツン田「もう訳がわかんねえ!」
【ツン田】
成分がやばかったんだろうね。あの子にとっては有害で、皮膚を焼いてしまうものだったんだね。ひとまずここは冷静になってさ、氷で腕を冷やすことにしたんだよ。水は飲めた訳だし、氷だって大丈夫だろうって。ポリ袋にね、氷を入れて持ってったんだよ。そしたら部屋にいなかったんだよ。ドア開けっぱにしちゃってたからさ。
◇ダイニングルームに移動。カーテンが閉め切られているが、日中だということがわかる。
【ツン田】
家ん中探し回ったら、ダイニングのところでミカン食い散らかしてやんの。人んちなのに、イラっときたわ。でも俺は主だから寛容的にならないといけないなって。何もわかってないんだから。少しずつ教育しないとなって。
◇少女は怯えている。
ツン田「(テーブルに置きながら)氷持ってきたよ/コオリハコンダ」
◇少女は恐る恐る手を伸ばし、素早くポリ袋を取り寄せる。安全かどうか確認する仕草をし、火傷している方の腕に当てる。
ツン田「軽率だったよ。次はお互いに慎重になろう/コレハツミダ。コレヨリワレラセイチョウスベキ」
◇少女は茫然としている。
ツン田「わかる? これからはもっと意思疎通を大事にしよう。俺たちはパートナーだからね/リカイシタカ。ユウセンスベキ、ミライノテレパシー。ワレワレハパートナー」
◇少女は茫然としている。
ツン田「きっと聖戦が始まると思うんだよ。俺と一緒に戦うためにキミは呼ばれたんだ/シンセイナセンソウ、ヨチシタ。タタカウタメ、オマエヲショウカンシタ」
少女「(茫然としたまま)ワィ」
【ツン田】
……え? だって、あのゲームをプレイしてる奴らはまだたくさんいるし、それが条件ならあの子以外にもこの世界に召喚された奴らがいると思って。異世界の掟に背いた罪人たちが裁きを免れるために選ばれしプレイヤーに尽くす的な。……は? いやだから、他に召喚された奴らと戦うわけ。バトルロワイアルってやつだよ。あのゲームもね、そうなんだよ。ネット接続すればマルチプレイができてね、襲撃するんだよ。生き残った奴が神の寵愛を受けるんだよ。それとおんなじように、自分のもとに二人一組のチームが次々とやってきて戦いを挑んでくる訳。
……うん。全部想像だよ。それくらい自由にさせてよ。せっかく異世界から来てくれたんだもん。シュチュエーションを楽しみたいじゃん。でもジュールベヌルも言ってるように、想像したことは真になるんだよ。つまり聖戦はリアルに起こる訳。
◇突然、少女はハッとしたように目を見開き、ひざまずきながら合掌する。
少女「カリソメノスガタヲシタカミヨ。ココハカミノセカイ?/もしや、あなたは仮の姿をした神ですか? ここは神の世界ですか?」
ツン田「その通り。キミの力を借りたい/ソウダ。オマエノチカラホシイ」
少女「ヨロシイ/わかりました」
【ツン田】
両手の平をさ、こう、前に突き出して、両人差し指と両親指をくっつけて三角を作ってさ、そしたらその三角の中にね、小さな光の三角錐が発生したんだよ。それがぐるぐるぐるぅ! ……って回りながら俺の額にボーンって。入ってきたんだよ。
ツン田「今、何したの?/ナンノマネダ」
少女「(微妙に困惑)チヲススリシモノ、ケイヤク、ジュモンノウツシ。カンチガイ?/てっきり〈翻訳不可〉のことだと思って。違いました?」
ツン田「へえ。それって強いの?/ソレハツヨイカ」
少女「ハイ! タダノニンゲンハツカエナイ。コワレル。カミヨ、チヲススリシモノノマホウタズサエ、セカイノセイアツタヤスイ/もちろん! 並大抵の精神力では扱え切れず、狂ってしまいます。しかしあなたは神です。〈翻訳不可〉を操ることは簡単です」
ツン田「(満足気に)俺はやっぱり選ばれし者な訳ね」
【ツン田】
あの子の世界から見て俺の世界は神の世界なんだよ。だからプレイヤー同士の戦いは神々の戦いと呼べる訳だな。で、勝ち残ったプレイヤーが唯一神と呼べるんだよ。だいたい日本に八百万の神がいるってやたら多すぎると思うんだよね。何でもかんでも神様にしちゃってさ、信仰するって良くないと思うよ。この前なんかね、宅配便が来たと思ったら知らないおばちゃんの二人組が来ててさ、居留守使ったら勧誘のチラシやら冊子やら突っ込まれててさ、いい迷惑だったよ。やっぱ神様もある程度淘汰されるべきなんだよ。あんな世間知らずなババアがいる宗教なんてさ、それを許してる神様もたかが知れてるよね。そういうレベルの低い神様を消してやるのが今回の聖戦の目的の一つでもあったんだよね。
◇ツン田の部屋。ノートパソコンの画面には英語の掲示板。翻訳機能で日本語にする。
【ツン田】
で、ひとまず外の様子を見ないとなって。ネットの掲示板を見て回ったらね、俺と同じ状況になってるプレイヤーが何人か。……そうそう。ゲームしてたら異世界の住人が。……ううん、外見はそれぞれ違うっぽい。あの子のいた世界の違う種族なのか、また違う世界なのかわかんないけど。
で、みんなやっぱり翻訳アプリ使ってやり取りしてるみたいだったね。俺の予想通り、みんなこれから始まる戦いに準備を始めててさ、これからもっとプレイヤーが増えるだろうからね、敵の動きを把握してなきゃいけないんだよ。俺もね、ちょっと外の様子見ておこうかなって。それでカーテンを開けて……。
◇ツン田の部屋に日光が差し込む。
少女「ルパ……」
◇少女は茫然と窓の外を見る。少女の青白い血管が膨張、収縮し血管の色が黒くなる。少女は呻き声を発し倒れる。大きく痙攣したのち、動かなくなった。
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その五日後、少女の遺体を発見したのはトバト急便のドライバーである。荷物の受け取りをする際、玄関に置かれた三つのゴミ袋から発する強烈な異臭に「まさか」と思い通報したとのこと。当時、父親は海外主張。母親は旅行中で不在であった。逮捕直前までツン田は美少女ゲームをしていて、終始「セーブさせて」と暴れた。コントローラーで一人の刑事の顔に軽傷を負わせ、公務執行妨害として取り押さえられた。ちなみに受け取っていた荷物の中身は消臭剤である。
取り調べでは落ち着きがなかったのだが、それは人を死なせてしまったという罪の意識でも、それがばれてしまったという焦りでもなく、なぜ捕まってしまったのかわからないという戸惑いからであった。というのも、少女はこの世界の人間ではないので法律に適応されないというのがツン田の言い分だからだ。
少女の身元は判明されなかったが、解剖の結果、死因はアナフィラキシーショックで、人間であることは間違いなく、彼の言うガラスのように透けたとかいう特質な体ではない、というのが担当者の報告である。ゴミ袋に入っている間に変化したのだ、死んだせいでこっちの世界のものとして扱われ、物質が変換されてしまったのだとツン田は反論したが、それを証明できるものはない。それでも彼は罪を認めず、「ブベシューヌ」が異世界人だとはっきりさせるためにも記憶のダビングにも応じた。彼女が異世界人だと認められさえすればどんな罪の対象にもならないと最後まで信じていたのである。
ツン田が恐れていた裁判は行われることはなかった。彼は拘置所で忽然と姿を消したのである。防犯カメラに映る、光に包まれていく様子……。事実をそのままマスメディアに明かす訳にはいかず、脱走したと伝える訳にもいかない。病死したことにしても葬式は挙げられない。幸いにもツン田の両親はもはや息子を見限っているといってもよい。あとは祖父母に存在しない裁判の経過をそれらしく伝え、面会は謝絶。二人が息を引き取るまでごまかし続けている状況である。
ツン田の記憶は現実だったのか現実逃避の妄想だったのか、今となってはどちらでもいいだろう。少女の遺体を遺棄した事実は変わらず、当人も行方知れずとなりこれ以上真実を追求する理由は私にはない。次から次へと鑑定依頼は舞い込んでくるのだ。いつまでも一つの〈物語〉にこだわる必要はない。
ツン田はどこかへ飛ばされた。「ブベシューヌ」と同様なことが彼の身に起きたのかもしれない。誰に呼ばれたのか、「獄島」のような恐ろしいところなのかわからない。結果的にこれがツン田の責任の取り方となってしまったのだ。戻ってくることはおそらくないだろう。
聖戦が始まるというのが本当だとして、そこに何らかの厳正なルールはあるだろう。例えばそう「召喚されたパートナーを死なせてはならない」……。ツン田は戦わずして負けたがゆえに罰せられるのだ。ただ、少なくとも我々の調査ではインターネット上に「ブベシューヌ」以外の異世界人が現れたという話は発見できなかった。第三者が事実を隠蔽しようとしているのか、憶測の域を出ないのだが。
果たして「ブベシューヌ」は死の直前に何を与えたのか。それは彼にとって役立つ力なのか、そうであるとしても、正確な説明を受けられなかった彼が使いこなせるのか。何はともあれ、彼を呼んだ相手が話の通じる奴であることを祈ろうと思う。
〈了〉