種族間の葛藤
「……ニルヴァ市、だと……?」
サクヤはそこで初めて目を見開いた。
「……まさかあんた、ニルヴァ市の住人なのかよ」
「僕じゃないさ。こっちのコトネがそう」
名前を呼ばれ、コトネがぺこりと頭を下げる。いつも通りというべきか、かなり恐縮しているようだ。
対するサクヤもいくらかテンションが落ちたようだ。姿勢を正し、どこか遠い目をする。
「……そうだな。あれも国からの依頼だったが……おかしかった。ギルドに回ってくる仕事にしちゃ、規模がでかすぎる」
そう。
さっきサクヤは、余り物の仕事をギルドが請け負うと言っていた。
だが――
ニルヴァ市を殲滅するという依頼は、余り物にしては大きい。
小さな集落ならともかく、ニルヴァ市は地方都市と言ってもいいくらいの規模はあった。それを滅ぼすのはかなりの大仕事のはずだ。
なのにその依頼はギルドに押しつけられた――
サクヤは沈鬱な空気を払うかのように首を振った。
「いま、人間界じゃある都市伝説が出回っててな。国王と魔王ワイズが密約を結んでたっていう噂さ」
「…………」
「くだらねえ与太話だと思ってたが、たしかに辻褄が合う。密約を結んでいる以上、ニルヴァ市を滅ぼそうがどうしようが、どうでもいいからな。国王は大事な兵士を失わないために、わざわざ俺たちに依頼を押しつけて、戦争してますよっていう体裁だけ保っていたわけだ……」
まあ、そういうことだろう。
そしてその陰謀のために、多くのギルドメンバーが死んだ。いくらサクヤが奔放な性格であろうが、これを笑い飛ばせるほど無神経ではあるまい。実際、あの襲撃で二百人もの人間が死んだ。
見れば、周囲の男たちも沈鬱な表情を浮かべていた。死んだ二百人のなかには、当然、彼らと親しかった者もいるのだろう。それがナイゼルの策略により殺されたのだ。
――いや。
策略がどうこう以前に、その二百人を殺したのは……
「正直に言おう」
僕は真っ直ぐにサクヤを見据えた。
「その人間たちを皆殺しにしたのは……僕だ」
「な、なんだと……!?」
サクヤがまたも目を見開いた、その瞬間。
ガタン!
乾いた音が響き渡った。
椅子から立ち上がった男たちが、再びそれぞれの武器を手に持ち、僕に向けて構えてくる。
今度はみな無言だ。すべての者が厳しい視線を向けてくる。
「待て待て。落ち着けおまえら」
サクヤは立ち上がり、男たちを宥めていく。
数秒後、彼女は目線だけを僕に向けた。
「エル。おまえ一人で殺したってのか?」
「そう。ま、正確にはもう一匹いたけどね」
「に、二百人の戦士だぞ? たしかに大して強くもねえ奴もいたが……それでも、一人で殺すのは不可能なはずだ」
「それが……エル君はとっても強いから……信じられないと思いますけど、本当なんです……」
と言ったのはコトネだった。
「でも私、エル君が間違ったことをしたとは思ってません。だって……あなたたちは、私の街を滅ぼそうとしたんですよ? エル君がいなかっったら、私も、お父さんもお母さんも、みんな死んでた……。それだけじゃない。あなたたち人間に、私は……」
そこまで言い掛けて、コトネはぐっと言葉を飲み込んだ。




